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05 隊長のはずだが


「胃が、胃が、俺の胃が……痛い」


 王立騎士団の第四隊長を務めるケビンはここのところ胃薬が手放せない。


 上背もあるケビンは、剣の名手にして上司からの信頼も厚いと言う、大変優秀な騎士だ。

 二十代で隊長職を務めるのも伊達ではない。

 その柔らかそうな飴色の髪も瞳も彼の温厚な性格そのものを表すようだが、整った顔立ちにはどこか雰囲気もあって、近年、彼に憧れて騎士を目指す若者も増えたそうだ。

 そんな順風満帆に見えたケビンの日々に、今、重たい雲がかかっている。


 第四隊隊員にして部下であるマリス騎士が先日の剣術大会で、競技場にいた全ての人から、いや話を伝え聞いた全王国民から、いや噂を聞いた諸外国の人々を含めて、上下左右東西南北裏表の全方位から睨まれるという失態を犯してしまったのだ。


 剣術大会の直後から騎士団に向けてマリスを非難する投書が殺到した。

 しかし今思えばあんなのはまだ良かったのだ。

 そのあとの対処を間違えなければ時間の経過とともに投書も減っていっただろう。


 だが今は……王太子の『嫌がらせ』が始まって以降は、根拠の無い中傷も続々寄せられている。

 騎士団本部にあるケビン隊長の執務室は、今では苦情文や中傷文のための入れ物と化している。

 ケビンはその苦情処理に追われる毎日だ。


 セオドア王太子殿下は立派な方だと聞いていた。

 それでもマリスへの『嫌がらせ』のような対応を続けるのはよっぽどアレが腹に据えかねたのだろう。

 王太子個人の心情というより王国の長たる王族としての沽券に関わる問題なのかもしれない。

 もちろんアレとは、優勝候補だった王太子が一回戦でマリスに敗退した上に一撃くらって意識を無くし、そして担架で運ばれたことだ。


 皆同様にあの事件以降あの事件のことは「アレ」で通じる。

 内容を語るのも恐ろしい事件だったからだ。

 いや? 事件か? 事故じゃないかな?

 もちろんマリスに悪意など存在しなかったことは冷静に見れば分かることなのだ。


 ……いや違うな。

 うっかりでも、がっつり十分罪深い。

 マリスのうっかりはあのとき度を超していたのだ。

 ケビンは両手で顔を覆う。


「マリス……アレは無いだろう」


 マリスの実力なら接戦で王太子を勝たせるぐらいの演出はちゃんとできたはずだ。

 そのあとに敗者復活戦で頑張ればそれなりの成果も得られただろう。

 百億歩譲って試合に勝ってしまったとしても王太子に一撃入れるような暴挙は無くて良かったはずだ。


 一回戦で勝利してしまったマリスはこのケビンに会場から連れ出されて、次の二回戦は不戦敗だった。

 マリスも事情を知ってさすがに青くなった。

 剣術大会の直後マリスもケビンも懲罰的な左遷や実働部隊からの異動、最悪の場合は投獄なども覚悟していた。

 あの数日でケビンは随分痩せた。


 しかし奇跡的にマリスとケビンは剣術大会の後も職務が変わることは無かった。

 考えてみるとあからさまにマリスが罰せられたとなれば王太子としても外聞が悪いことだろう。

 そのときは助かった! と一瞬思った。神に感謝した。

 でも違った。神には見放されていた。


 そしてしばらくしてからマリスは王太子から新たな役割を申し付けられることになる。

 表向きは大変名誉な役割だ。


「胃が、胃が、俺の胃が……痛い」


 ケビン隊長の最近吐き出す言葉の二回に一回は彼の胃に関することだ。




 ケビンはマリスの故郷で育ったためマリスを小さな頃から知っている。

 歳はケビンの方が七つも上だがケビンはマリスの叔父シャールから剣術を習い始めたこともあり赤子の頃からマリスを知っているのだ。


 マリスはうっかり者だが無神経でもないし心根の悪い人間では決して無い。

 伝説の剣士と言われる叔父のシャールを目標にして女だてらに剣を振るうと言っても武に酔った乱暴者ではないのだ。


 マリスの叔父シャールはマリスの父ソードと双子の兄弟だ。

 シャールとソードは輪郭を切り取った顔の内側だけはそっくりだが、武術の達人で快活なシャールに対し、ソードは思慮深い物静かな男性だったそうだ。

 もともとソードが病気がちだったこともその理由だろう。

 マリスの母はシャールとソードの幼馴染で、マリスの誕生を前にソードを病で失った後も女手一つでマリスを育てた。

 シャールは一所に留まるのが苦手なのか、ふらっとすぐにいなくなったりまた現れたりして、それでもマリスの家で農作業を手伝ったり、マリスのことも可愛がってくれた。


 そしてもちろんマリスの剣を始めとした武術の師匠はシャールだ。

 マリスはシャールの不在時もケビンと共に鍛錬しメキメキと力を付けて行った。

 天才肌のシャールとシャールの指導をかみ砕いてくれる理論派のケビンの元で武芸を磨けたことがマリスには幸運なことだった。

 そうして、対戦相手が見つからないくらいの実力を故郷で付けたマリスは王都に上り、王都に到着した翌日の騎士採用試験に合格。

 晴れてマリスは王立騎士団の騎士隊員になったのだ。


 マリスは王都に到着してすぐに採用試験を受けたが、このとき、ちょうどケビンは王都を離れて遠征中だった。

 王都に戻ったケビンは既にマリスが一般枠での採用試験に合格していて驚いたが、考えてみればマリスには女騎士枠よりもその方が合っているように思われた。




 ケビンにとってマリスは可愛い妹みたいな存在だ。

 自慢の妹だ。自慢の妹だった。

 あの日までは。あのとき、あの瞬間までは。


「王太子殿下、何も、マリスを召さなくても……、胃が、胃が、俺の胃が……」


 ケビン隊長の吐き出す言葉の三回に二回は、やっぱり彼の胃に関することだ。

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