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49 ……はずだが

 まだ日の出前の王都のはずれ。瀟洒な邸宅。

 邸内の主廊下は、ヴォールトと呼ばれる、アーチ状に真ん中が高くなった造りの天井になっており、そこに凝った細工も施されている。

 白い壁にも品の良い調度がさりげなく飾られていて趣味の良さが存分に感じられる。

 そんな空間だ。


 そこで今、東の隣国の王太子と、我らがゼントラン王国の王太子による緊迫した攻防戦が繰り広げられている。


 東の隣国の王太子ゴルドは、これまで表舞台に立ったことは無く、対外的には名前すらも知られていない。

 たくさんいる兄弟の中から選ばれ立太子したばかりのはずだ。

 確か十五歳ほどと伝え聞く。

 どおりで。たまに声変わり途中のような声の裏返り方をしている。

 

 対して、ゼントラン王国の王太子セオドアは二十二歳。

 言わずと知れた、際立って優れた容姿、怜悧な知性、その上大変な人格者で、誰からも好かれ誰からも期待されている、絶対最上級の完全体、生きとし生けるものの理想形、その人だ。


 しかし、今は、ゴルドの言うおかしな薬をセオドアは摂らねばならぬ苦しい状況だ。

 シャールが言うように、ゴルドに殺されるか、そうでなくても、悪辣な薬物の餌食にされようとしている可能性が高い。


 王太子という責任ある立場に、セオドア自身が辛い幼少期を過ごしてきた。

 それを乗り越えてその重責に見合う最適像を獲得し、更にマリスに出会って、本来の人間性も取り戻そうとしているセオドアに、それでも、その重い立場がたとえ揺らいでも、人質の子供を見捨てることなど出来ないのだ。


 生ける伝説、天才剣士のシャールにも打つ手が無い……

 ……………がっ、気が付いた!


「あ、あのー……」


 声の方向にゴルドが目をやる。そして叫んだ。


「なああぁぁあぁっ!!!! おまえ! 眠ってたんじゃないのか! どこから出て来た!!」


 マリスだ!


 本当にどこから出て来たのだ。

 眠らされていた、はずだが。


 マリスはその場の騎士たちの中に、まるで最初から居たかのように並んでいた。

 ただマリスは少し多めに息を吐いている。若干苦しそうだ。

 それは、薬、を飲まされたから、なのか……

 だけど、立っているくらいには元気なようだ。


 マリスは言った。


「ゴルド、大丈夫、セオドア王太子に薬を飲ませなくても良い方法があるから」

「おまえ! 何を言ってるんだ……」

「だって今、ゴルドの荷物全部燃やして来たからね。もう薬とかも、全部無くなってるよ」


 廊下の遥か後方にだが、ゴルドから邸の使用人の姿が見えた。

 恐ろしさに強張った顔をしている男性使用人だ。

 確か、この邸に住み込みで働いている男で、人質にされている子供の父親のはずだ。

 マリスにゴルドの部屋か荷物の有る場所を教えたのだろう。


「お、おまえたち! こいつを殺されてもいいのか!」


 ゴルドが掴んでいた子供の腕を捻り上げようとする。

 しかし、ゴルドのすぐ傍にいる子供を捻り上げることはゴルドの体型的に無理があった。

 なので、そこでちょっとモタモタしたが、とりあえずゴルドは、皆を脅して自分の優位性を保ちたいと再び口を開いた。


「とにかく! この子が串刺しにな……」

「ゴルドー、でもさ。

 その子を本当に串刺しにしたら、次に串刺しにされるのはゴルドじゃないの?」


 マリスが言った。

 ゴルドは目を見開いて、唇を噛む。


 でも仕方が無い。マリスの言うとおりだ。

 手に剣を持った騎士たちに囲まれているのだ。

 子供を刺した瞬間にゴルドは自らの唯一の切り札を失うのだ。

 ゴルドは歯ぎしりしてマリスを睨む。

 マリスがゴルドに言う。


「ゴルド、大丈夫。

 念のために、私がセオドア君の、腕の、骨を、折っといてあげる。

 そしたらさ。

 箔付けのお戯れで出た剣術大会で、一発で気絶させられたセオドア君なんて、ゴルドの敵じゃないよ!

 強さで言ったら、人質になってるその子供より下なの間違い無い!

 任せて! ね!」

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