43 王と王妃と、シャールなのでは? 3
幽霊みたいに父王から存在を無視されていたステファンを、今の王と言う地位に引き上げたのは他でもないナターリエだ。
西の隣国は相手がステファン王子ならと条件を付けることで、ゼントランの求めに対し、ナターリエ王女を嫁がせることに応じたのだ。
その報を聞いたとき、ゼントランの前国王は発作で倒れ、そのあと療養していたが亡くなった。
ナターリエは、幼少期より騎士団総帥を務める祖父の薫陶を受けて武術に秀でており、視察という名目で祖父に付いて、以前よりゼントランを訪れていた。
初めてゼントランに来たのはナターリエが七つにもならない頃だ。
一応王城で王女と総帥を歓迎したゼントラン前王だが、王女が喜劇役者のような奇抜な出で立ちで現れたのを見たところで、生ぬるい空気の壁を作って王女と距離を取った。
ナターリエは当時、自分が大好きなお伽話で活躍する勇敢な騎士に憧れて、その騎士に似せて作ってもらった装束を自分の衣服の最上位に置いていた。
騎士に似せた短い黒髪のカツラも被り、その上に大きなリボンも頭に付けるのがナターリエのお決まりだ。
リボンはお伽話とは関係なかったが、誕生日にもらったもので、やはりお気に入りだった。
祖父も、目に入れても痛くない孫を溺愛していたので好きにさせていた。
ナターリエの祖父がゼントラン王国を訪れていた一番の目的は剣術大会に出場することだった。
バレバレだが一応お忍びの形で、その頃何度か出場していたのだ。
そして、剣術大会を見に行くなどして過ごしていたナターリエを、ゼントラン前王は適当にしかおもてなししなかった。
ナターリエは暇だったので、王城の庭で剣の素振りをして過ごすことが多かった。
そのナターリエの前に突然、ナターリエとは挨拶すらさせてもらえなかったステファンが、泣きながら現れたのだ。
ステファンは側妃の子による暴力から逃げ出して来たところだった。
ステファンは不思議な服を着た、どうやら……女の子に、しかし、堂々と剣を振るっていた女の子に驚いて言った。
「どうしてここにいるの?」
これがちょうどお伽話の主人公が、伝説の騎士に初めて会った場面で、泣きながら言った言葉と同じだった。
そして、ナターリエは言ったのだ。
伝説の騎士になりきって、腰に手を当てて言ったのだ。
『君を助けに来たんだ!』
それから十年近く経って、ゼントラン前王は、経済的に豊かな西の隣国からの支援を受けたいがため、西の隣国から次のゼントラン王妃となる女性を迎えることを、その頃切望していた。
そこへ、鉄拳王女ナターリエがまた視察の名目でゼントランにやってきた。
ナターリエは今度は自分が身分を隠して剣術大会に出場し、天才剣士と謡われたソードと対戦した。
ソードは十代前半からこの剣術大会で素晴らしい戦績を残していて、その頃は、ゼントラン王国の内外でも名を上げていた。
そして、前にナターリエの祖父が出場をした際に、祖父はまだ少年のようなソードに負けている。
祖父は、全盛期を過ぎていたと言っても、大変な武芸者だ。
その祖父が簡単に負けたことにショックを受けたナターリエは、打倒ソードを胸に何年も鍛錬に打ち込んで来たのだった。
ナターリエは意気込んで戦いに臨んだが、しかし負けた。
完敗だった。
負けたナターリエは再び闘志を胸に母国へ戻り修行に打ち込んだ。
ナターリエは翌年も剣術大会に出た。しかしソードにまた負けてしまった。
ソードはナターリエがいくら修練を積んでも、それを遥かに超えて年々強くなっていくのだ。
二年目にソードに負けた日、ナターリエはゼントランの王城の庭で悔しさに泣いた。
そういえば十年ほど前に、ちょうどこの辺りで痩せた男の子に逢ったな、とナターリエが気が付いたとき、その男の子だろう青年が、魔法みたいにナターリエの前に現れた。
もうステファン王子は、あの女の子だった女性が、ナターリエ王女だと知っている。
そしてステファンの従者から、ナターリエが剣術大会で奮戦したものの天才剣士ソードに負けて、がっくり気落ちした様子のまま競技場から王城に戻ってきたらしい、と聞いていた。
木陰でナターリエは泣いていたのだ。
ステファンは胸が痛くなった。
でも励ましたくて、勇気を振り絞って声を掛けた。
「頑張ったんだって?」
そして、ステファンはポケットから手の平ほどのものを取り出してナターリエに渡した。
ナターリエは、やはりステファンが魔法で何かを出したような不思議な気分になって、それを受け取った。
ステファンが渡したもの。
それは木の板を彫って作ったメダルだった。
木を削っただけのものだが、その細工が素晴らしい。
真ん中には古代の戦車に乗った羽根を持つ女神が象られていた。
蔦が絡まるような縁取りも見事だ。
「宝石……とかも付けたかったんだけど、そういうのは持ってないから。
見るのに飽きたら捨てていいから、とりあえずもらってくれると嬉しい」
ナターリエとステファンはそのまま草の上に座って話をした。
ナターリエは、ステファンがあのとき会った男の子だとは気が付いたが、小さい頃にどんな話をしたかなどは覚えていなかった。
ともかく、ナターリエはステファンが実はゼントラン王国の王の長子だと聞いて驚いた。
そして、ナターリエは知っていた。
ゼントラン国王は、鉄拳王女と言われるナターリエを本心ではバカにしているくせに、西の隣国からの支援のために、ナターリエの輿入れを画策していると言うことを。
そしてゼントラン国王がナターリエを妃として添わせようとしている側妃が産んだ王子も、父王同様に、ナターリエを慎みのない無能者扱いして蔑んでいることを。
「どうしてメダルなの?」
「……何か、君を飾るものを贈りたかったんだ。細工物の材料なら手に入るから。
それに、君の頑張りにはメダルが似合うと思って。
恥ずかしいんだけど、作ってみた……」
ステファンは、手ずからメダルを製作していたのだ。
ステファンは元から木工細工が得意だったわけではない。
得意な者に聞いて、やり方をあれこれ探求して、時間がかかったが、でも自分で作った。
ナターリエの強さや気高さを称賛するのに相応しい気がしてメダルにした。
ナターリエは、すごく、嬉しかった。
暖かい気持ちとむず痒い気持ちが一気に体の中に流れて来た。
一度母国へ戻ったナターリエは、再びゼントラン王国にやって来た。
今度は花嫁としてだ。




