41 王と王妃と、シャールなのでは? 1
―― 公爵令嬢が無事に戻ったあとの王城 ――
ときどき見る夢がある。
袖が大きく膨らんでダブダブで派手な色の服を着ている。
黒い短髪のカツラを被っている。
物語に出てくる伝説の騎士の出で立ちだ。
それと大きなリボンも髪に付けている。私のお気に入り。
物語の勇敢な騎士は、魔法使いに閉じ込められた主人公を颯爽と助けに行くのだ。
そのお話が大好きで、もう何度も読んでいる。
ソースイが、おじい様総帥が、私を呼んでいる。
これから剣術大会に参加するおじい様を応援しに行くのだ。
……違う。
今度は私が戦うのだった。
そして、あの凄い使い手に勝っておじい様の仇を取るのだ。
なのに、私も負けてしまった。
強くなって、物語の騎士みたいに、あの子を助けたかったのに。
痩せて眼鏡をかけいてる、泣いてた男の子。
……違う。
泣いているのは、わたくし。
男の子……じゃなくて……あの人の方が、泣いているわたくしに声を掛けてくれた。
そうそう、あの人……じゃなくて……あの男の子が私に言ったのは違う言葉。
お話の主人公みたいに目に涙を浮かべながら。
そうよ、騎士に会ったときの主人公と同じ言葉を言ったのよ。
「どうしてここにいるの?」って。
私、答えたわ。
『…………』って。
ゼントラン王国の王妃ナターリエは、長椅子の肘掛けに体重を預けて、少しまどろんでいたところから目を覚ました。
夢を見ていたようだ。
夢の中で、自分は幼かったり、成長していたりした。
あの男の子も同じだ。
少年だったり、青年だったり。
王城近くで発生した襲撃事件と、続けて起きた誘拐事件。
誘拐事件は、安否の分からなかった令嬢が無事に王城へ戻ってきたことで、皆が安堵の大きなため息をついた。
まだ、首謀者や目的など、調べることは残っているが、先だってより、きな臭い情報は入っていたため、そちらの関連の線が濃厚だろう。
しかも、王と王妃が受けた報告によると、大変優秀な騎士がまだ一人、襲撃犯と思われる者たちの隠れ家に潜伏していると言うではないか。
無謀極まり無いと最初思ったが、それを凌駕するぐらいの圧倒的な強さを、昨夕からの騒ぎの最中発揮しているという。
その騎士とは、セオドア王太子の武術指南役、あのマリス騎士なのだ。
先ほど、セオドア自らも、隠れ家へ向かった。
もちろん単独ではない。
騎士団の精鋭を同行させてのことだ。
騎士団からはティーガー団長その人が騎士たちを率いているという。
もうすぐで夜が明けるという時刻になっているが、急時に際し、王と王妃は王の執務室に集まっている。
ナターリエは、長椅子に腰かけ物思いに耽っていた。
今しがたまで、うつらうつらと見ていた夢。
なぜだかその夢を、最近になって、見るようになった気がする。
夢をみたのは、先ほど入った情報のせいもあるだろう。
セオドアは、ティーガーと共にもう一人、大変な剣の使い手を連れて行ったのだ。
その人物は誘拐された令嬢を襲撃犯の隠れ家から救出し、王城へ連れ帰ってくれた。
伝説の剣士、死んだと思われていた剣の天才、ナターリエが剣術大会で完敗した不世出の使い手がこの王城に現れたのだ。
伝説の剣士、ソード。
ソードがいたから悪辣な敵から令嬢を無事救い出すこともできたのだろう。
さすがソードだ。
しかもそのソード、なんとなんと、あのマリス騎士の父親だと言うではないか!
セオドアは伝説の天才剣士の娘を自分の武術指南役に抜擢していたのだ。
セオドアはなんて幸運。なんて選択眼。
ソードは死んだと言われていた。
でもナターリエは絶対生きていると思っていた。
あの剣戟を見た者なら皆そう思うだろう。
本当にソードと言う人の戦い方は凄いのだ。
こちらの動きが全部見えていて、全て読まれてしまうのだ。
剣士ソードに死角は無い。
誰にも負けない剣士、それがソードと言う人だ。
あの頃、まだナターリエが隣国の王女だった頃、ソードに勝ちたいと鍛錬に熱を入れていた頃、ソードに見立てた人形にナターリエはソードの顔を描いて闘志を燃やしていた。
今となっては、若干……いや結構、色々恥ずかしい思い出だ。
物思いに漂う王妃の頬が上気したような、茜色に染まって来たのに気が付いて、王が自身の眼鏡を抑えながら、ゆらゆらと王妃の前にやって来た。
ナターリエが王のために少し横にずれて長椅子に座り直した。
空いた座面に王ステファンがどさっと座り込んで頭を抱えた。
ナターリエは、夜通し起きていたステファンの気分が優れないのだと、急に心配になった。
「陛下、少しお休みになられてはどうですか? お体に触ります。
ともかく、エゼルセフ公爵令嬢は無事だったのですから、一段落付いたと見て少し仮眠を取っても良いのではないでしょうか?」
「……セオドアは一睡もせずに向かったそうだな」
「そのようですね。急時に際し、仮眠を適宜取ることは大切なのに、今回はそれができないまま現場へ行ってしまいました。次への課題ですね」
「……ナターリエも行きたいか?」
「はい? ……ああ、わたくしがちゃんと仮眠を取ったからですか?
そうですね、仮眠を取っていない王太子殿下より、わたくしの方が戦えますかしら? ホホホ」
ナターリエは冗談で返した。
実際、自分が行っても戦力になんてならない。
鍛えていたのは王女の頃の話だ。
幼少期のセオドアのような子供相手ならまだしも、今現在、実戦で複数の悪漢と対峙して、皆の足を引っ張らないとはとても言えない。
「……ナターリエ……行っても……いいのだぞ……」
ステファンは言いながら手で顔を覆った。
「陛下、本当にお体が……」
心配になって王妃が王の背をさすった。
王妃が王に触れたので王が肩を揺らして……震え出した。
王妃は何事かと驚いたが、気が付いた。
王は涙を流しているのだ。
「陛下、本当に、あの、お体が……大丈夫ですか?」
「……ナターリエ……行かないでくれ」
ステファンは先ほどと逆のことを言った。
「ええ、ええ、行きませんとも。セオドアに任せます。
ティーガー団長も、それにソード剣士もいるそうですから」
また王が肩を揺らした。
また更に涙を流している。
「そうだ、ソードがいる。ソードは死んでない。
ナターリエが恋い慕うソードは死んでない。
私は、私は、知っていた。生きていると知っていた。名前のこともだ。
でも、嫌だ、ナターリエが行ってしまうのは嫌なんだ」
「………」
「ナターリエ、行かないで……欲しいんだ」
「………」
「ナターリエ、頼む! こんな情けない私だが捨てないでくれ」
「………」
「………」
「………」
「………ナターリエ?」
「鯉死…タウ?」
池の真ん中で腹を見せて浮いている鑑賞魚。
タウとは? 遠い異国の文字だったか?
「………」
「………」
「………」
「………ええと、意味が良く分からないのですが?」




