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40 強いはずだが

 ―― 襲撃事件のあとの王城、セオドア王太子 ――


 セオドアと、タチアーナ王女の城下散策班一行は王城へ戻った。

 重傷を負った者はいない。

 訓練された賊に襲撃されたが、セオドアも騎士たちも、日ごろから鍛錬を積んでいる使い手だ。

 王城からも援軍が直ぐに駆け付けてあっという間に捕縛された。


 只者では無い賊の様子に悪い予感を覚えたセオドアは、マリスとシレーヌが無事だと確認するため、騎士を急ぎ走らせた。

 しかしその騎士が見つけたのは、公園の前で倒れていた王太子の護衛騎士と公爵家の護衛騎士だった。

 御者も近くの木の陰で意識を無くしていた。

 公爵家の馬車も、シレーヌと侍女も、そしてマリスも……姿が見えなかった。


 血を流していた公爵家の騎士も意識の無かった御者も生きていた。

 王太子の騎士は骨をやられたらしく動けない状態だった。

 騎士は二人共、大怪我を負っていた。

 そして、シレーヌと侍女が馬車ごと攫われたことと、マリスが一人、馬車を追って行ったことを口々に話した。


 その報告を聞いたセオドアは、目の前が真っ暗になった。




 一方、タチアーナはまったくの無傷。

 寝ぼけていて、騒ぎ自体も半分夢の中の出来事だったようだ。

 タチアーナに不審な動きは見られなかったが、与えられた客間から出られないように、王女には見張りが付けられた。

 タチアーナを警護するための見張りではなく、タチアーナを見張るための見張りだ。

 タチアーナの侍女たちもそれぞれ個室にいて、監視付きで待機の状態だ。

 先ほど、王女も含めて一行の持ち物検査も行われた。


 タチアーナを見張っている一人は、馬車でタチアーナを守ったあとも任務を継続している女騎士サーラ副隊長だ。

 本来なら、サーラが警護担当を交替する時刻は過ぎている。

 しかし、女騎士の現場責任者でもある彼女は進んでこの役を引き受けた。

 そしてサーラは監視役だが、侍女のようにタチアーナに付き添ってもいる。

 セオドアもそれは許した。


 タチアーナ自身は状況に付いていけないが、事件が有ったようだと言うことは分かっているらしい。

 誰もタチアーナに説明してはくれない。

 西の隣国から付いて来た侍女は一人も侍っていない。

 サーラも首を振るだけで事件のことには答えない。

 そんなおかしな状況下なのだが、自分が疑われている側の人間だとはあまり分かっていないようだ。


 でもしかし、周囲の予想に反して、タチアーナは騒いだりはしなかった。

 セオドアの表情が、見たことが無いほど険しいものだとタチアーナにも分かったからだ。

 それはもしかしたら、今日、タチアーナと一緒にカフェで過ごした誰かが事件に巻き込まれて、それがまだ解決していない、と言うことではないのか?

 まさか、マリス? まさか、シレーヌ?


 タチアーナは、カフェで一緒に同世代の女の子たちと飲み物を飲んだ。

 大して話をしていないが、カフェに飾ってあった抽象的な置物を見ながら、


「これ馬の鼻の穴に見えません?」

「えー、見える!」


 というような他愛無い、それでもタチアーナには初めて経験する楽しい時間が過ごせたのだ。

 これも初めてのことだが、タチアーナは心配で胸が痛む。

 時間だけがどんどん過ぎてゆく。




 公爵家の長女であるシレーヌが行方不明だとの知らせを携えた使者が、王城からエゼルセフ公爵家へ送られた。

 連絡を受けた父の公爵が慌てて登城したとき、いつもは太陽のごとく輝くあのセオドア王太子が厳しい顔貌で待っていた。



「こんなことなら、さっさとシレーヌを王太子妃として迎えて頂き、王族として保護して頂けば良かった!

 私が悪いのだ。シレーヌを出し惜しみして、タイミングを見計らうようなことをした私が悪いのだ!」


 応接間にいる公爵が頭を抱えたままで絞り出すように声を出した。

 今、向かいの椅子にセオドアも座っているが、公爵にはそれに配慮する余裕はなかった。

 何も進捗がない時間が経過して気が狂いそうになっている。


「お父様、お姉様はしっかりした御方です。

 希望を捨ててはいけませんわ。あのすごい騎士様が追って下さっているのでしょう?

 あの場にいた公爵家の護衛騎士が申しておりました。マリス騎士はまこと軍神のごとき強さであったと」


 公爵に付き添うのはシレーヌの妹だ。

 姉に似て気丈なようだが瞳は涙で濡れている。


 公爵は数年前に妻を亡くしており、公爵家は父と娘二人なのだ。

 エゼルセフ公爵は、表向きは策に長けた高位貴族の顔をしているが、公爵家の目論見など本当は二の次で良い。

 公爵にとって娘二人の幸せを願わぬ日は無いのだ。


 もう夜半を過ぎている。

 シレーヌはどこまで連れて行かれたのだろうか。

 それとももう……



 セオドアも苦しい時間を過ごしていた。


 シレーヌを乗せた馬車が急に動き出したあとも、マリスは大勢の賊に囲まれてすぐには動けなかったらしい。

 しかしマリスだ。

 マリスは賊をほとんど倒したそうだ。

 そして、マリスが特殊な塗料を走り去る馬車に投げつけていたことも報告されている。

 マリスが公爵家の馬車を追って行ったあと、王太子の騎士と公爵家の騎士は、協力して残った賊を倒して縛っていたが、そこに賊の仲間が現れて、結局、全員逃げられてしまった。


 公爵家の馬車を捜索する班が騎士団で急ぎ組まれ、やはり塗料を追って馬車はすぐに見つかった。

 運河のほとりの窪地にはまり、放置されていたのだ。


 馬車の中にはシレーヌの侍女が意識が無い状態で倒れていた。

 マリスが乗っていた馬は少し離れた所にいたのが後から発見された。


 そこから先の二人の足取りが掴めない。

 運河を行ったのか、別の馬車か馬に乗り換えたのか。

 二人は一緒にいるのか、いないのか。

 どこかに隠れているのか、……連れて行かれたのか。


 マリスは強い。

 皆が知っている。

 公爵家の馬車が襲撃された現場にいた騎士二人も、シレーヌの妹が言ったように、マリスの強さを心酔したように褒め称えていた。


 でも今回の賊は質が悪い。

 セオドアたちを襲って捕縛された賊は、隠していた毒を(あお)ってその場で自害したのだ。

 一人だけ毒を全部飲み切る前に吐かせることができたが、死ななかったとは言え意識は無く、まだ口がきける状態ではない。

 こんなのは、東の隣国の兵士のやり方だ。

 もし後ろにあの老王がいるなら、これはもう戦争だ。


 賊は王城の近くで現れたがどこから出て来たのかがまだ掴めない。

 手練れの賊が何人いるのかも分からない。

 さすがのマリスも苦戦しているのではないのか?


 そのとき廊下が急に騒がしくなった。

 セオドアが立ち上がって扉を開けた。

 公爵はその音すら聞こえないのか頭を抱えたままだ。

 しばらくあって、開けられたままの扉から入ってきたのは……


「おとうさま!」

「…………!」


 シレーヌだった。


 公爵が信じられないとシレーヌを見ている。

 シレーヌはしっかり自力で歩いている。

 無事なのは間違いない。顔色も良い。

 公爵の方がずっとやつれている。

 公爵は言葉を発することができずその場で倒れた。


「おとうさま!!」

「むむむむ!!」


 こんどは青い顔になったシレーヌが父である公爵に駆け寄った。

 公爵はもう嗚咽だけで何を言っているのか分からない。

 でもシレーヌが無事で喜んでいることだけは確かだ。


 シレーヌは、男性二人に連れられてセオドアのところへやって来た。

 一人はセオドアも知る人物、もう一人は分からない。


 そこには、騎士マリスが所属する騎士団第四隊のケビン隊長と、それからもう一人、茶色がかった黒目の、体躯の良い壮年の男性が立っていた。

 その瞳は色だけでなくマリスによく似ている。


 セオドアは言った。


「マリスはどこだ?」


 セオドアの声が震えていた。

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