39 神なんていないはずでは
―― 襲撃事件のあとの王城、ケビン隊長 ――
ケビンは先ほど神から与えられた人生最大の責め苦に腹部を押さえて耐えていた。
このところ苦境に立たされるような出来事がケビンをしばしば訪れた。
一方で人生最高の喜び、最愛の人に出会えた。
片思いだけど。
なんだろう教会には時々祈りに行っているのだが足りていないのだろうか。
そうかもしれない。
でも祈っても神様はいつでも助けてくれるほど、お人良しで無いことも十分知っている。
―― 神様なんていないんだ!
母が不誠実な父に騙されてケビンを産んだのも、ケビンの存在が母の足枷になったのも、父の正妻から虐げられたのも、マリスの父ソードがマリスの顔を見る前に亡くなってしまったのも、マリスが他の騎士から根拠の無い中傷に晒されているのも、そして今……
もし神がいるなら、これだけの苦しみを巻き散らかすことなど、あり得ないはずだ! ――
ケビンは胃を押さえて執務机を拳で叩いた。
昨夕、セオドア王太子が賊の襲撃を受けるという事態に騎士団にも衝撃が走った。
王城に近かったこともあり、騎士団から多くの者が駆け付けた。
セオドアも、同行していた国賓のタチアーナ王女も、怪我などもなく無事だった。
セオドアは自ら剣を振るって敵を多数倒したらしい。
その襲撃自体はすぐに終息した。
だが少し離れたところで同時にもう一つの襲撃もあって、令嬢が誘拐されるという事件がおきた。
そしてのその被害者が……
公爵令嬢シレーヌだというのだ!!!
その上なんと、そのとき護衛としてマリスも同行していて、今現在二人の行方が分からない……
ケビンの大切な人達が、二人共。
一人は妹のようなマリス。もう一人は、ケビンの最愛、愛しいシレーヌ。
なぜだ! 自分は神から罰を受けるようなことをしたのか!
女性が誘拐された事案のため騒ぎにしてはいけないと通達が出た。
ケビンが闇雲に捜索に出るようなことは有ってはならない。
そもそも当てもない。
ケビンは今度こそ、自分の胃が破裂するかもしれないと思うぐらいの苦しみに悶えながら、執務室で待機していた。
もし何かの出動要請があったらすぐに対処するためだ。
その執務室のドアを誰かがコンコンと丁寧にノックした。
叩き方がシレーヌに似ている。
そんなことはあり得ないのだが、とうとう自分の耳までおかしくなってきたのか。
はい、と低い声で答えたケビンが見つめる先で、少し間があってゆっくりドアが開いた。
そしてドアの隙間から、小さな耳だけが見えた。
耳には、いつも数えてしまう、ほくろが……
ガターーーン!
ケビンは椅子が倒れるのもそのままに、飛び上がるように立ち上がってドアの方に走って行った。
シレーヌがまさか?
そんなまさか、………シレーヌが?
…………シレーヌだ。
顔が赤くて、なんだかもじもじしているが、いた。
これは無事ということではないか?
どういう状況なのだろう?
もしかして誘拐されたというのは何かの間違いで、うっかりどこかで居眠りなんかしている間におおごとになったとかで、出てきにくくなって、どうしたらいいものか悩んで、お腹が空いて、それでそれで……
ケビンは考える限界を超えてわけが分からなくなった。
とにかく目の前にシレーヌがいる。
ケビンはもう何も考えられなくなった。
ケビンはシレーヌの手を取って、引き寄せ、そして抱きしめた。
「!!!!」
シレーヌもわけが分からなくなった。
ケビンのところへ行こうと言ったのは自分ではないのだ。
でも、公爵邸に戻る前に王城には行った方が良いと思った。
王太子とは半分同行するかたちで動いていたところへの襲撃と誘拐だ。
すぐに報告しておいた方がいいだろう。
自分が戻ったこともだが、それから何より、マリスも無事だと伝えないといけない。
だから、騎士団にとりあえず身を寄せることは正しい判断だと思われた。
騎士団に出向くなら、マリスの所属する第四隊の、シレーヌと親交のある第四隊の、その隊長を訪れることもおかしくないはずだ。
怖い思いをしたから、だから、ケビンにすごく会いたくなったなんてこととは……違う。
……っ違わない!
シレーヌもケビンにしがみ付く。
シレーヌの青の瞳から大粒の涙が流れ出てきた。
込み上げたものが嗚咽になって溢れる。
もう、すごくすごく会いたかった。
怖かった。
誰よりも、ケビンに会って慰めて欲しかった。
抱きしめて欲しかったのだ。
ケビンじゃないと嫌なのだ。
ケビンじゃないと嫌なのだ。
「えーえーえー、俺は今、空気になるべきなのか? なのかー」
シレーヌの後ろでは、ケビンの剣の師匠でマリスの叔父でもある、伝説の天才剣士シャールが顔を掻いていた。
ケビンの神様はちゃんとケビンを見ていたようだ。




