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38 伝説のはずだが

 ―― 賊の隠れ家、マリス騎士 ――


 マリスは、シレーヌが誘拐犯らしき者たちと一緒にいるところを窓の外から見ていたが、誘拐犯の一人が叔父のシャールだと気付き、気配を消すのを止めシャールを全力で睨んだ。

 烈火のごとき眼力で睨んだ。

 シャールは気が付いて、とりあえず赤キノコ君を拘束し、マリスに手招きの仕草を送った。


 もちろん、シャールはまずマリスに「自分は誘拐犯ではない!」と必死に説明した。

 赤キノコ君の意識は奪っていなかったので、シャールはちょっとだけ捻り上げて証言もさせた。


 マリスは一応納得した。

 それにしても、赤キノコ君は攫った相手が悪かった。

 シレーヌは、マリスとケビンの『青き薔薇……』様だ!

 この件に関しては、後日改めてきっちり落とし前を付ける所存だ。

 しかしとりあえず、まずはシレーヌを早く公爵邸へ帰したい。


 シレーヌの方は、まだ信じられないと言うようにマリスたちを見ていた。

 シレーヌは、マリスの話を度々ケビンから聞いていたので、マリスの叔父が大変な剣の使い手らしいことは知っていた。


 シレーヌは自分が、大きな不運に見舞われて誘拐されたと思っていたが、実は、恐ろしいほどの強運の持ち主なのでは? と思い直した。

 どうもマリスは、シレーヌが攫われた最初の地点から、ほぼずっとシレーヌの近くにいたのだ。

 怖い思いをしたと思っていたが、諦めないで助けようとし続けていた誰かが傍にいたなんて。

 シレーヌは感激で胸が熱くなるような心持ちになっている。


 いやいや、胸を熱くする悠長な時間は無いのだ。

 廊下をバタバタと複数の人が行き交う音がし出した。

 部屋を一応ノックしてから赤銅のような髪色の、あの人が入ってきた。


「ちょっとー! あれっ、ゴルドは? 伝説様、あの子どこにいるか知りません?

 ここの邸、もう出ないといけないのに。


 そうだ! どういうことよ、伝説様! 伝説様が指南したのに、あいつら簡単に負けちゃいましたよ!

 薔薇さんの方に最初に行った二十人、ほぼ全員やられたんだって。

 結局なんとか回収はできたらしいけどね。


 キラキラ王子の方は二軍が行ったから仕方ないけど、かすり傷一つ負わせられなかったって、どういうこと?

 とりあえず怪我ぐらいはさせときたかったのになー。

 しかもこっちの兵隊で一人だけ生きたまま捕まっちゃったから、そいつが口を割るかもだってさ!

 だから、ここからすぐに逃げないと行けないの!」


 髪色がいつものチョコレート色ではないが、入ってきたのはタチアーナの侍女のはずのニーナだ。

 カーテンの陰にマリスは隠れている。

 赤キノコ君改めどうやらゴルドは、マリスによって腕を捻り上げられ猿轡(さるぐつわ)もされている。

 もちろん、マリスと一緒にカーテンの中だ。

 シレーヌは後ろ手にして顔を伏せ、長椅子に寝そべっている。


 ニーナが言った「伝説様が指南した」というくだり、マリスは聞き逃していない。

 こちらも後日、の件に入れねばならない。

 それにしても……あの、ニーナが普通にしゃべってる!

 ちょっとびっくり。


「いやいや、ジーナ、とにかくだな、ゴルドもだけど俺を巻き込むな。

 俺は、一般の、どこにでもいる、真面目な、ただの、雇われ剣術講師だ。

 その剣術をどう使うかまでは、俺の知るところではない。そこを間違うな。

 まあ、知らなかったから関係ないは…………通用しない、かもしれないが……

 ともかく! そんなの聞いてないぞ!

 そもそも、悪い奴に狙われてるから鍛えてくれって話だっただろ?

 なのに、なんで、おまえら、悪いことばっかり考えてるんだ!

 ……って、ジーナ、何したの?」


「この国の王太子を襲った」

「なっ!!!!!」


「薔薇さんをこっそり運ぶために運河なんか使って移動したから、時間が掛かり過ぎたわ。

 ……って、ホントに時間無い。もう行くわ。

 伝説様を連れて行かないと国に帰れないけど、とにかく今は逃げないと。

 伝説様もここに居たら、騎士団に処刑されちゃいますよー。

 そのうち迎えに来るから死なないでね、またね!」


 ニーナなのかジーナなのか、とにかくバタバタと行ってしまった。


 自分も関係していたらしい悪事に絶望してシャールは力なく絨毯に膝を付いた。

 マリスはシャールの肩を軽く叩いて声を掛ける。


「大丈夫だよシャール。悪の手先に加担してても、悪者全員捕まえちゃえば、シャールは救国の英雄だ! やったね!」




 とにかく、今後どう動くかだ。


 今いる邸は王都の外れ、夜道ということもあり、王城までは馬車を普通に走らせて一刻以上はかかる。

 マリスは、こんなところまでずっと走って追いかけてきたのだ。

 しかも入り組んだ水路に沿ってだ。


 王都中心部と違って舗装もされていない暗い道だ。

 ドレス姿の令嬢シレーヌにマリスの真似をして走らせることは絶対無理だ。

 シレーヌじゃなくてもだいたい無理だけど。


 ニーナかジーナかもが行ってしまい、住み込みの使用人と思われる者たちがちらほら残った邸には、馬が一頭だけ残されていた。

 馬車も無い。船も消えていた。

 ニーナは、ゴルドが既に邸を出て逃げたあとだと思ったのだろうか。

 今、邸に残っているのは、マリスとシレーヌ、シャールとそしてゴルドで四人だ。

 ゴルドは味方では無いが、このまま放置というのも良くない。


 この辺は王都の外れな上に、今は夜だ。

 馬車をこれから用意するとなると時間がかかりそうだ。

 一頭残った馬で、この場をやりくりしたい。


 マリスは残ることに決めた。

 マリスは王立騎士団の騎士という肩書きがある。

 この場の責任者はマリスだろう。


 そして、馬には悪いがシャールとシレーヌを二人乗りでなんとか運んでもらうことにした。

 シレーヌは馬に上手には乗れないし、しかも夜道を一人では行かせられない。

 先にシャール一人が馬で人を呼びに行って、とも思ったが、シレーヌを少しでも早く緊張から解き放ちたい。


 ゴルドはとりあえず縛っておいた。

 すると、諦めたのか割りと大人しくしていたが、しばらくして……ぐうぐう眠り出した。

 いや、夜だけど! 呑気すぎないか?

 シャールとシレーヌはそれを横目で見ながら密かに出立した。

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