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34 劣悪王女のはずだが

 ―― 王城に戻る途中、タチアーナ王女一行 ――


 タチアーナ王女、侍女グレタ、女騎士サーラ副隊長の三人は、先頭から二番目の馬車で仕立て屋から出発していた。

 仕立て屋のサロンでタチアーナは空色のドレスに着替えた。

 その結果、自前のブルーグレーのドレスのサーラと薄い灰色のドレスのグレタも合わせて、なんとなく似通った色味の三人で馬車に乗っている。

 疲れたのか、タチアーナは馬車の中でウトウトと居眠りをしていた。

 結局セオドアも、馬で王城に戻ることになったのでここにはいない。

 セオドアとタチアーナ、双方がめでたく合意してそうなった。


 タチアーナのための城下散策班が王城へと出立する間際、仕立て屋の女主人からだと、女性限定で可愛いい巾着袋が店員からそれぞれに渡された。

 サーラもそれを受け取っている。


 記念品だと言うので、サーラが念のためその場で中身を確認すると、絹布で作った髪飾りが入っていた。

 同じものが店でも陳列されていた。

 娘が喜びそうだと、少しだけ任務を忘れてサーラは喜んだ。


 サーラの娘はタチアーナと同い歳だ。

 サーラがタチアーナを見つめる。

 サーラは……思わず母の顔になる。


 要人警護に際して、警護対象者の経歴などを頭に入れておくことは必須だ。

 そのため、サーラもタチアーナの芳しくない行状について書かれた報告書に目を通している。

 報告書には噂も噂として含まれているが、まあ、とにかく芳しくない報告書だった。

 もちろんマリスも同じものを読んでいる。


 サーラは報告書の内容が全てだとは思っていない。

 噂は悪意ある者が捏造している場合もある。

 マリスに関する醜聞などは、実は、一部の女騎士たちが故意に流していることも知っている。

 あの中傷はやっかみから来る嘘以下だ。

 でもそれでも、火のない所に煙は立たぬのだろうと、タチアーナについては考えていた。


 サーラは、今回のタチアーナ警護にかかる騎士の中での現場責任者だ。

 だからタチアーナの警護要員の中で、サーラだけはもう一つ、西の隣国の失望に満ちた二冊目の報告書を読むことが許された。

 二冊目の報告書は記載内容が衝撃的だった。


 あろうことか、タチアーナが、違法薬物に手を染めてしまったことが書かれていたのだ。


 タチアーナの父である西の隣国の王は、タチアーナの元侍女からそのことを聞いて、あまりのことに、そのまま寝込んでしまった。

 西の隣国の法の下では、違法薬物に関わった者は極刑に処されることになっている。大罪である。

 その後しばらくして、やっと起き上がれるようになった王に、別の経路からの情報ももたらされた。

 それは、とある子爵家関係者からの密告だった。

 トドメのような内容だった。

 そして父王は、今度こそ、タチアーナを見限った。


 先に王にタチアーナの悪行を証言した元侍女は、タチアーナが恋人らしき人物と一緒に薬物を摂取している現場を目撃したそうだ。

 その人物が誰だったかまでは元侍女には分からないらしい。

 この元侍女、タチアーナから虐待されたため侍女を辞したが、現在は、タチアーナの育ての母である側妃が保護しているという。


 一方で、子爵家関係者からの情報では、違法薬物の売買を行う闇組織の存在や、タチアーナがその組織の密命を受けてゼントランを訪問しようとしていることが明らかになった。


 そしてまさに、その子爵家の放蕩息子こそが、以前よりタチアーナの恋人だと噂されていたことが調査で分かったのだ。

 この子爵令息が、元侍女の目撃証言にあった者と同一人物だと見られている。

 しかもこの子爵令息、違法薬物に手を出しただけでなく、それを扱う闇組織にも深く関係しているらしい。


 今回、ゼントラン王国訪問の担い手をタチアーナにしようと父王が決めてゼントランに打診した直後、タチアーナの愚行が発覚した。

 父王は、タチアーナを拘束することをまずは考えた。

 しかし、違法薬物売買を取り仕切る闇組織については、未だ西の隣国内でも全容把握には至っていない。

 それどころか、末端の売人だけが捕まる程度で、事態の収束にはほど遠い状況だ。

 そこで、王女をそのまま泳がせて、闇の組織の中枢を暴く作戦に出ることにしたのだ。

 それが愚かな王女のせめてもの罪滅ぼしになるだろうと、父王は考えたのだ。


 と、ここまでは西の隣国内の話なのだが、なんとゼントラン王国内にも、この闇組織の支援者がいるようなのだ。


 子爵家の関係者の話では、件の子爵家で密談が催されている。

 密談の参加者は、子爵家の当主以外、誰だかは分かっていない。

 ただ、密談の内容はゼントラン王国としても絶対看過出来ない内容だったし、参加者の一人がゼントランの人間だと見られるのだ。


 この密談で語られたのは、劣悪王女タチアーナだからこその計画だった。

 闇組織は、薬物で操れるタチアーナを使って、ゼントラン王国に害をもたらそうとしているのだ。

 計画では舞踏会の日に、タチアーナがセオドアに毒を盛るという凶行が行われるようだが、これはより強烈に事件を印象付けるためなのだろう。

 そして闇組織の目的は、違法薬物の販路拡大などではなく、ゼントランと西の隣国との協力関係を壊すことにあるようだ。


 タチアーナは、今回、急にやる気を見せてゼントランにやって来ている。

 よくよく調べてみると、タチアーナの世話をしていた下女に「内緒だが、ゼントラン王国の人間から、セオドアの婚約者になるよう言われてゼントランに行くのだ」と王女自ら言っていたことが判明した。


 セオドアと婚約するというタチアーナの希望は叶えられないだろう。

 その逆恨みで、評判の悪いタチアーナがセオドアに危害を加えれば、西の隣国の責任は重篤で、ゼントラン王国との良好な関係は維持できなくなるはずだ。

 腐っても、本当に腐っていても、タチアーナは王族なのだ。

 タチアーナの個人的な罪という言い逃れはできないだろう。

 同時に優秀なセオドアを害することができれば、ゼントラン王国の国力を大きく削ぐこともできる。


 また報告書は、密談の内容から東の隣国の老王の関与を疑っている。

 ゼントランと西の隣国の関係性に亀裂が入ることで、誰に利が生じるか、という観点からだ。

 東の隣国は機に乗じて、ゼントラン王国、そして西の隣国までをも統合しようという狙いを持っているのではないか。

 それが真の目論見ではないか、と。


 それに、その目論見に協力する誰かが、ゼントラン王国内にもいる。

 その者は、王女であるタチアーナの側にも行ける立場を持つようだ。

 ここに至って、西の隣国の王は自国内での解決を諦め、恥を忍んで、ゼントラン王国に協力を求めることにしたのだ。


 西の隣国で、二冊目の報告書に書かれている黒い密談の情報を流したのは、タチアーナを唆したというその子爵令息の母親だそうだ。

 この母親は、自分の夫と息子が違法薬物に手を出していることに気が付いた。

 そして、なんとか出来ないかと、密談が行われた際にこっそり話を聞いたのだ。

 ところが、そこで耳にした話は自分の想像を遥かに超えていた。

 抱え切れなくなった母親は告発を決意したのだ。


 サーラはその母親のことを思うと胸が痛む。

 タチアーナが生まれてすぐに亡くなったと言うタチアーナの生母のことも想う。


(それにしても、このとんでもない王女様、なんか……違和感が有るのよね……)


 確かに聞いていた通り我儘放題だ。

 教養の欠片も感じられない。

 でも本当に、そこまで……堕ちているか?

 それに……


 サーラの父は騎士団に所属する幹部で過去の違法薬物事件にも関わったことがある。

 そのときサーラは父から、薬物の実物も見せてもらったし、薬物で身を滅ぼした人間の様子がどうなるかを聞いていた。

 ところがタチアーナには、それに充当する様子は今のところ見られないのだ。

 サーラは警護要員としてタチアーナのかなり近くに侍っている。

 隠していても、必ず綻びが出てくるはずなのだが。


 サーラは、今、向かいに座っているタチアーナの侍女グレタを見た。

 グレタは今、タチアーナを自分にもたれ掛けさせている。

 居眠りを始めたタチアーナを見て、タチアーナがどこかをぶつけないように、グレタは席を移動してそっと支えたのだ。

 王女付きの侍女なのだから当然の行いかもしれないが、この忍耐強いグレタと言う人は、なんだかんだ、タチアーナに向ける瞳が優しい。

 今、馬車の中では、少し似通ったドレスを着たタチアーナの母親世代の二人が、王女を見つめる状況だ。

 馬車の中は温かい空気が満ちている気がする。

 グレタのような人がいればタチアーナも、日の当たる場所に戻って来られるのではないだろうか……



 サーラ女騎士が微かな希望を見出しそうになったその次の瞬間、馬の悲鳴のような(いななき)きが聞こえ、馬車が急に停まった。

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