03 日々充実してたはずだが
マリスが充実した日々を送っていた最後の日まで時は遡る。
ここはゼントラン王国王都にある一番大きな競技場。
気温は高過ぎず低過ぎず、無風。
適度に雲がかかり眩しさもさほど無い。
今日は剣技を磨いてきた強者どもが集う年に一度の剣術大会の日だ。
王立騎士団で唯一、女性なのに一般の採用枠で騎士になってしまった珍種のマリス騎士も出場者の一人だ。
しかもつい最近まで優勝候補だと盛んに言われていた。
準備運動に余念が無いマリス。
彼女の一つ括りにされた真っ直ぐな黒髪が揺れている。
マリスは予想だにしなかった。
この数刻後にマリスが大きな失態を犯すことを。
マリスがやってしまった大大大失敗。
それは一回戦で勝ってしまったことだ。
王国ゼントランの現王は愛妻家だ。
王のたった一人の妃ナターリエは西の隣国の王女だった。
ゼントランの国王夫妻の仲は、そのままゼントラン王国と西の隣国の良好な関係性に繋がっている。
ナターリエの祖父君が西の隣国で騎士団総帥を務めていたこともあり、ナターリエは騎士団と言う組織に並々ならぬ思い入れがある。
そして愛妻家の王を巻き込んでゼントラン王立騎士団の更なる発展に心を配っている。
女騎士の採用枠を設けたのもその一環だ。
今年からは、女性だけの女剣術大会、通称ナターリエ菖蒲杯や、女体術大会、通称ナターリエ牡丹杯、も予定されている。
そして以前からある元祖剣術大会は、国王夫妻も決勝戦に臨席するという国を挙げての催しとしてますます活気を帯びている。
その伝統の剣術大会で、今年は『超』がいくつあっても足りないほどの特大目玉と言える出場者があった。
国王夫妻の一人息子である王太子だ。
王太子セオドアは今年二十二歳。
大変凛々しく、頑固自慢の髭老人からおしめも外れない幼子までが、頬を桃色に染めてため息を付かずにはいられないという美貌の持ち主だ。
母君と同じ太陽のような金髪に、優しくも涼し気な榛色の瞳は次世代の王としての風格を既に湛えている。
そして武術に長け、大変な人格者で勉学にも手を抜かないという絶対最上級の完璧王子様だ。
自らには厳しく公明正大の人で、周囲には温厚、下々の者にもにこやかに微笑みながら声を掛けてくれるという人物だ。
大臣や官吏、貴族たち、商工会に学術研究者、もちろん王国民全てに諸外国からも。
とにかく、老いも若きも、男も女も、誰からも好かれ誰からも期待されている。
今年になって西の隣国での留学生活を終えて帰国したばかり。
事情があってまだ婚約者は決まっていない。
そのことも妙齢の女性を中心とした王太子人気に更なる拍車をかけている。
王夫妻の愛息セオドアには王妃ナターリエ自らが武術の手ほどきにあたった。
甲斐あってか、西の隣国滞在中には当地の現騎士団総帥閣下からのお墨付きがもらえたほど素晴らしい剣の腕前を持つそうだ。
であるからして、王太子はシード権を行使して決勝戦か少なくとも準決勝辺りから出場すべきだった。
普通そう考える。
しかし王太子殿下は「一回戦から出場したい」とおっしゃられてしまった。
周囲は正直困惑したが、わけもあった。
先日、王太子の帰国を祝した凱旋パレードが催されたのだが、その際に花束を王太子に渡した小さな女の子が王太子に言ったのだ。
「わたしのおばあちゃんのこしがなおるように、けんのたいかいで、たくさんたくさん、かってください!!」
そこそこ大きな声だったのでまあまあの人数が、これをふんわり微笑しながら聞いていた。
無邪気な少女と王太子の触れ合いエピソードだ。
が、しかし。
このことで……王太子は、国民に自らが奮戦する姿をより多く見せて勇気を与えたい、とお考えになったようだ。
さすが人格者だ。
生きとし生けるものの理想形と言われているだけのことはある。
少女のお願いなど、にっこり笑ってやり過せば良かったのにそうしなかった。
とは言え……、王太子がたくさん剣を振るったからって、それでおばあちゃんの腰は治るのだろうか?
いやいや、そういう問題では無いのだ。
王族とは王国民の希望として常に輝かねばならない。
王太子殿下はそのことに改めて気付かせてくれた少女に報いたかったのだ。多分。
とにかく割と大会直前で王太子は一回戦から出ることになった。
その一回戦の相手がマリスだった。
マリスは不運だ。
いや粗忽者だ。
マリスは…………、対戦相手が王太子だと気付いていなかったのだ。




