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29 どう見てもあの方のはずだが

 タチアーナ王女は凄く機嫌がいい。

 何より隣にいるマリスという騎士が、とっても素敵だ。

 マリスの顔が、立ち姿が美しい、というのに最初タチアーナの心は掴まれたが、だんだんとマリスと居ることの心地良さの方にタチアーナはのめり込んでいった。


 マリスは、流れるような所作で、でもかと言って気取らない対応で、タチアーナをエスコートしてくれる。

 ゆっくり進む馬車から見える、タチアーナからすると異国の景色を一緒に眺めながら、マリスは丁寧にタチアーナの案内をしてくれた。

 地方出身のマリスにすれば、案内本で分かるような知識しか無いのだが、マリスは自分の生まれ育った故郷とこの王都との違いなども交えて、努めてタチアーナを持てなそうとしてくれたのだ。


 マリスは、王都で一番高くそびえ立つ尖塔の有る建物を指さしながら、いつかあの塔の外壁を上から縄で降りてくる鍛錬をやってみたいのだと、……ちょっと意味が分からない話も嬉々として教えてくれた。


 そして、マリスは警護の騎士だが、タチアーナの機嫌を取ることは、タチアーナの警護要員にだからこそ求められる行動で、一緒に馬車で移動しているサーラ副隊長もまあまあ微笑ましく二人を見ていた。


 マリスとタチアーナが本当は同性だからか、いくらベッタリくっ付いてもマリスは苦笑交じりでタチアーナから離れて行ったりしない。

 タチアーナも触られて気持ち悪い気分になったりしない。

 マリスがいい。すごい好き。


 そんな上機嫌なタチアーナは目的地であるカフェに到着した。

 もうマリスと一緒ならカフェなんかどうでもいいのだが、それでも喉も乾いていた。


 王城から急ぎの先触れは出されていたが、店としては急遽の対応に追われていた。

 そのため、店の入り口に近いホールで、少しタチアーナ一行が待たされる形になった。

 でも、そんなことぐらいで暴れたりしないのが今のタチアーナだ。



 そのタチアーナの前にタチアーナとほぼ同じ背格好で年齢も同じくらいの女が現れた。

 タチアーナは誰だか知らない。

 女は拳を握って震えながら大きな深い青い目でタチアーナを睨んでいる。


 警護の騎士たちと案内役の外交官吏は、当然、この青き大輪の薔薇君を知っている。

 だから才媛の誉れ高い高位貴族のご令嬢と警護対象者であるタチアーナとの間に、どのタイミングで割って入ってよいものか戸惑われた。


 マリスも、もちろん、知っている。

 会うのは初めてだと思うが、全然、少しも、他人の気がしない。

 絶対にこの人だ。

 ここ最近、ケビンに会うたびに、この人の話を聞かされているのだ。

 ケビンは語りたくて仕方がない性分らしい。


 髪の色や目の色、目鼻立ちから始まり、

 甘美な音を奏でる優美な唇、

 魅惑の果実を思わせる可憐な形の額、

 妖精の羽根が舞うがごとく顔の輪郭を縁どる少し癖のある産毛、

 右目の下にある魅惑的な女神のほくろ、

 華奢な顎にあるとても小さな愛くるしいほくろ、左耳の二つのほくろ……


 首より上だけでまだまだ有ったと思うが、もうーーーこれぐらいでマリスはお腹いっぱいだ。

 マリスは毎回これを延々聞かされている。


 それと、ケビンは青い薔薇柄の優雅なティーポットをマリスにはちっとも触らせてくれない。

 その理由も、今、明確に分かった。


 ケビンは片思いだと言っていた。

 本当に可愛らしくて、勉強熱心な人なのだと。

 叶わぬ恋なのだと。

 でも好きなのだと。

 ちょっと切ない。


 と浸っている場合ではない。


 マリスは警護の騎士だ。

 このシレーヌ・エゼルセフ公爵令嬢が危害を加えるために近付いてきたとは到底思えないが、様子もおかしい。

 不測の事態に備えねばならない。

 マリスはサーラ副隊長を見て頷いた。

 サーラはマリスが警護の職務を忘れていなかったことに、こっそり安堵した。


 シレーヌは明らかにタチアーナを睨んでいる。

 タチアーナは「なにこの女!」と一層マリスにしがみ付いた。

 シレーヌのこめかみが反応する。


(許せない! マリス騎士をこんなにして、面白がっているなんて、許せない!)


 さすがにマリスも、不穏な空気に対処せざる得ないと判断した。

 そして、本来、下位の者から上位の者へ話しかけることはマナー違反なのだが、


「ご令嬢様、どうぞお声がけする無礼をお許しください。本日は偶然お目にかかる機会に預かれたこと、とても光栄なことと存じます」


 男装マリスはシレーヌの方を向き、空いている手を胸に当ててケビン仕込みの礼を取った。

 シレーヌはその姿にケビンの面影を感じて……胸がズキンと痛んだ。

 ケビンとマリス、二人はやはり想い合っているのだと。


 はっと我に返ったシレーヌは、自分だけに分かるように微かな息を付き、仰々しくならないように軽い会釈で王女に礼を取った。

 ここは城下で、出で立ちからして「王女は公式な行事でここにいるわけでは無いだろう」という配慮でだ。

 タチアーナは全く意に介さず言った。


「なにー? マーリスの知ってる人?」


「殿下、こちらエゼルセフ公爵令嬢のシレーヌ様であらせられます」


 ホールがさほど広くなかったために少し奥で控えていたタチアーナの侍女グレタが言った。

 薄い灰色の控え目なドレスを着たグレタは、やはり控えめなそれでも聞こえる声で言った。

 本来なら耳打ちする内容だがタチアーナだからこれで正解だ。


 グレタ様、ナイスアシスト! マリスが胸の内で拍手を送る。

 マリスには許可なく令嬢のお名前を面前で呼ぶことが憚られた。

 でもこれで自然に話が繋げられる。

 マリスはタチアーナの方を向いて、すこし大きめの動きで、でも声を抑えて言った。


「ターニャ、こちらはこのゼントラン王国で知らぬ者はいない、『青き大輪の薔薇君』と呼ばれている御方なのですよ」


 マリスはちょっとタチアーナに自慢するみたいにシレーヌを紹介した。

 だって、シレーヌはケビンの想い人なのだ。

 マリスにとっては既にお身内のような方だ。

 しかも本当に大変お綺麗だ。


「えーなんで、マーリスが自慢気なわけ。意味わかんなーい」

「あっ、自慢気なの分かりました? ターニャはなかなか鋭いですね、フフフ」


 シレーヌは、再びはっとした。

 なんというか、初めてケビンに会ったときのことを思い出す。

 あのときも、シレーヌはとても憤慨していて、それをいきなり初対面のケビンにぶん投げたのだ。

 しかし、ケビンは真摯に応じてくれた。

 マリスもそうだ。

 マリスがタチアーナに遊ばれていると思ってシレーヌは頭に血を登らせたが、マリスはなんなら、楽しそうにタチアーナと話をしている。


 シレーヌが大好きなケビンの大好きな人。

 マリスはとても素直でてらいがない。

 そういう雰囲気がケビンに似ている。


 職務とか立場とか身分とか。

 そういうのもあって気遣っているのだろうが、もっと根元のところで、マリスはきっとタチアーナその人を見ている気がする。

 シレーヌみたいに色眼鏡を通したりしていない。

 マリスはニコニコとお日様のように微笑んでいる。

 やっぱりタチアーナは機嫌がいい。なので言った。


「その、エゼー……薔薇さんも、一緒に来なさい」


「殿下、お目にかかる栄誉に心より感謝いたします。ご挨拶が遅れ大変失礼いたしました。わたくし、今ご紹介頂きました通りですが、シレーヌと申します」


 タチアーナにそう挨拶したシレーヌは、敵わない、とマリスを眩しく見た。

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