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27 差し障りは無いはずだが

 セオドア王太子の側近の一人、フェリクスは、タチアーナ王女の城下散策班のあとに王城を出ようと、散策班が馬車に乗り込むすぐ後ろで、隠れて待機していた。


 セオドアは王都近郊での所用のため、かなり前に王城を離れている。

 ジャスティンがセオドアに同行している。


 フェリクスの方はセオドアから言われて、タチアーナたちに気付かれぬよう同行することになっていた。

 散策班の警護の方は手厚くしてある。

 案内係で外交官吏も付けた。

 それよりタチアーナ自身が起こす問題の方が問題だ。

 城下で、タチアーナが何かしでかしたときに対処できる人間が必要だ。

 そのための保険がフェリクスだった。


 別の懸念もある。いや、そちらの方が主たる目的だ。

 フェリクスはそちらの事情もあって散策班自体には参加しない。

 あくまで隠密で同行するだけだ。

 ところが………フェリクスはえらいものを見てしまった。


 フェリクスがまず目にしたのは、城下へ出かけようとする薄桃色のドレスを着たタチアーナだった。

 タチアーナは、若い少年にも見える絶世の美男子に、しな垂れかかるみたいにして腕を絡ませていた。

 なんかまた変なのを見つけて遊んでいるのか、ぐらいに思ったフェリクスだが、その直後、高速で二度見した。


「なっ! なっ! なっ! マリグウゥゥ!!」


 マリスだ! 

 男の恰好をしている。

 違う。させられているのか。

 マリスは……今日の警護要員では無かったはずだが……


 いや見落としがあったかもしれない。

 そもそも今日の担当でなくても、あのタチアーナが変な我儘を言い付けた可能性だってあるのだ。

 油断した。


 いやまて。

 そんなに問題か?

 びっくりしたけど。驚いたけど。

 マリスは警護要員の一人なのだ。

 仕事だ。仕事でタチアーナに付き従っているのだ。

 職務を全うしているに過ぎない。

 マリスからは悲壮感漂う雰囲気も感じない。

 にっこにこでもないが、別に普通にしている。

 えらい美少年なのは普通ではないが、普通にすごい美少年なだけだ。


 いやしかし。

 まさかタチアーナが、セオドアとマリスの関係に感付いて何かを仕掛けてるのか?

 違うな。関係なんて呼べるものはまだ存在していない。

 武術を指南する方とされる方という関係はあるが、それ以上のものは見えるところには存在しない。

 多分セオドアの心の底にしか存在しない。

 あの作戦だって、フェリクスとしては、功を奏したとはまだ言えないと考えている。


(いやでも……)


 フェリクスが忙しく考えを巡らせている間に、タチアーナたちの一行は出立してしまった。


(んー??? どうするべきでしょう?)


 とにかくセオドアに伝えておこうとフェリクスは部下を呼びつけた。

 王女御一行が出立した直後、フェリクスは急ぎの伝言をセオドアに伝えるよう指示を出した。




 要人警護に際しては、警護の騎士は要人の馬車に馬で並走をするのがゼントラン王国でも一般的だ。

 しかし、対象者も警護の騎士もどちらもが女性ならば、馬車に同乗することもままある。

 なので特段珍しいことでもないが、本日のタチアーナ王女の警護についた騎士はタチアーナから求められて馬車に同乗するだけでなく、すぐ隣に座らされることになった。

 一応、タチアーナの向かい側にも女騎士のサーラ副隊長が座っている。

 せっかくの案内役は、タチアーナの希望で別の馬車に乗ることになった。


 そして、タチアーナとサーラは、貴族令嬢と侍女其の一という設定なのだ。

 其の二と其の三の、ニーナとグレタは別の馬車に乗っている。

 マリスは……貴族令嬢の若い恋人ということになった。

 令嬢と恋人は愛し合う二人なので馬車内でも隣同士だ。

 全てタチアーナが決めた。

 ……特段意味は無い。


 それから、恋人は令嬢のことをターニャと呼ばねばならない。

 これもタチアーナが決めた。

 このことは、セオドアを呼び捨てにする話とは違って、お忍びと言う性質上必要だという理由に納得できたので、マリスは即従うことにした。


 それにしても、マリスの完成度がすごい。

 とにかく、タチアーナは大満足だ。


 マリスの癖の無い黒髪は細い革ひもで一つ括りにして肩から前へ垂らしている。

 少しだけ眉を描き足して鼻筋に印影を入れたらびっくりするぐらい麗しい少年が出てきた。

 それにしても……結構蠱惑的だ。

 もともと女性としては上背もあるし、鍛えているからマリスは細くとも筋肉質だ。

 服の上からでも分かる背筋がなんとも艶っぽく見える。

 男性用のキャップもまた良く似合う。

 鍛えているマリスだから成立するのだろう。

 タチアーナにいたっては、あれほどセオドアの名前を連呼していたのに、彼のことなどすっかり忘れたかのようにマリスを見つめている。


 マリスもまたこの状況が結構楽しい。

 自分は変装して男になっているし、隣に居るのは隣国のお姫様なのだ。

 非現実的なこと、この上ない。

 王太子とのやり取りのお陰で、高貴な方々とも緊張せずに関わることが出来るようになった気がする。


 しかもだ、最近出歩くことを控えていたマリスは、「そうか! この手があったのか!」と閃いた。

 男のフリをしていれば、泥玉を投げられることも避けられるはず。

 帽子やスカーフで顔を隠すより、よっぽど動きやすいし、気持ちも楽だ。


 そうなのだ。

 マリスは、城下を歩くだけで、王都の民から石を投げられる状況下にいたのだ。

 予想外のところから解決策が見つかって、とにかくマリスは楽しくなってきた。


 しかし、同乗のサーラは……若干呆れている。

 サーラは若手の女騎士に見えるのだが、隊の副隊長を務めるだけあって、実年齢は四十歳を超えているとかいないとか……

 こちらも中々の御仁なのだ。

 なんと今回の警護を務める女騎士の中での最年長だ。

 女騎士枠での第一期で採用されている。

 夫も子供もいて、娘に至ってはタチアーナと同い歳だ。


 そして、父も兄も弟も夫も、王立騎士団の騎士を務めていることもあって、サーラも剣が使える。

 だからこそ実はマリスのことを密かに尊敬していた。

 剣が使えるからこそ分かる。

 マリスの剣術は快活で上手い。

 サーラも使い手だ。だから分かる。

 マリスはもっと使い手だ。


 王太子とのあれこれはもちろん知っている。

 でもマリスに悪意が無かったことも、言われているような媚た性格でないこともサーラには分かっている。

 伊達に副隊長はやっていない。


 なので、今回の警備要員の中にマリスを入れて欲しいと、サーラから隊長経由で騎士団幹部に頼んだのだ。

 要警護者が難しい人物なので、通常より多めの人員配置が必要だった。

 しかも、難しいのは人物だけでなく、背後関係も重量級だ。


 __ しかしなんだ。

 マリスという人は実直な娘さんだとは思うが、素直が過ぎないか? __


「ターニャ、もうすぐ着きますからね!」

「あら残念だわ、マーリス。私、もっと一緒に馬車に乗っていたかったわ」


 ___ この状況を楽しんですらいるようだ。

 実力は折り紙付きだが、いざというときに油断していては警護に差し障るのだが __


 サーラとしては一声マリスに活を入れたいのだが、タチアーナがベッタリでその隙が無くて困る。

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