23 王女のはずだが 2
ノックのあと開いた扉のすぐ側に居た人物に、タチアーナは飛び付いた。
勢い余って二人で倒れこむ。
「うっ、いっ……たくないです!」
「……受け身がとれてないぞフェリクス、王女殿下大丈夫ですか?」
タチアーナが確認もせずに飛び付いたのは、扉を開けたフェリクスだった。
横にいたジャスティンがタチアーナに手を差し出す。
タチアーナはそれを無視して、少し後ろに立っていたセオドアの方を見て、そちらに手を伸ばした。
セオドアはにっこり微笑んで、タチアーナから伸ばされた手をとり、タチアーナの背を支えて立ち上がらせた。
タチアーナはなんだかゾクゾクしてしまう。
久しぶりに会うセオドアは一層魅力的になっていたのだ。
端正な顔立ちが造る明るい太陽の光のような笑顔に、魅入らせるような影も加わった気がする。
身体付きも更に精悍さが増したようだ。
「はるばるのご訪問、誠に痛み入ります。
タチアーナ王女殿下、お疲れになったでしょう。
体調が優れないとお聞きしました。
王女殿下を歓迎したく挨拶に伺ってしまいましたが、我が王陛下には私から伝えておきましょう。
謁見は延期にして、今日はこのあとゆっくりお休みになってください」
そう言ってセオドアは、立ったままで挨拶だけをして退室しようとした。
扉を開けようとフェリクスが先に行った。
「待って! セオドア、お茶ぐらいいいでしょ? 話がしたいの!」
一瞬セオドアがジャスティンを見た。
ジャスティンは頷いている。
「分かりました。
お邪魔とは思いますが、お言葉に甘えて少し」
セオドアは、一人掛けの椅子に腰かけ、その背後というかほぼ左右に側近が立った。
タチアーナは長椅子にセオドアと並んで腰掛けたかったので当てが外れたが、侍女がお茶を持ってきたので、仕方なく座ることにした。
とにかくセオドアに会えて機嫌が良いので騒がないでおこう。
タチアーナは、いまだ挨拶すら述べていないのだが、それには気が付いていない。
ハラハラしながら、茶色い髪を結い上げた侍女が、タチアーナの代わりに言った。
「セオドア王太子殿下にお目通りが叶う栄誉に感謝いたします。
お国にお戻りになってから益々ご活躍と……」
「ねえ! セオドア、前に、国に戻ったら剣術大会に出るって言ってたでしょ! 私ちゃんと覚えてるのよ。勝ったのよね? 話聞かせてよ」
なぜ、今、その話題を選んだんだ!
よりによって!
フェリクスの眉間に大きな動きがあった。
さすがのジャスティンもあっけに取られて目を見開いた。
侍女は自分の口上が中断されたことよりも、側近二人の顔があからさまに良くない反応をしたのに気が付いた。
しかしセオドアはいつもの笑顔を崩さず言った。
「残念ながら負けました。今は……その負けた相手から指導を受けて武術を鍛え直しています」
セオドアの胸に茶色がかかった黒い輝きが浮かんでチクリと刺したが、表情は崩さなかった。
「へー」
どうでもいいような返事でタチアーナは返した。
西の隣国留学中もセオドアの武術の腕前は評判だった。
タチアーナはてっきりそういう話が聞けると思って話を振ったのだ。
まあ試合で戦っているセオドアがカッコ良いというだけで、武術には詳しくない。
汗臭い感じも嫌いだ。
そもそも興味が無い。
「ねーねー、じゃあ舞踏会。舞踏会があるでしょ? そのドレスをセオドアの衣装と合わせたいの。いいでしょ?」
それはちょっと大変に繊細な話だと、侍女は分かっているようだ。
顔色が変わった。
「タチアーナ王女殿下、本日中に王陛下に、報告のための手紙を書かねばなりません。
今回のゼントラン訪問に際して、王陛下に毎日書くと約束されましたでしょ?
お書き頂けないなら、すぐにでも国に帰らねばならなくなります。
無事に着いたことを、今、書きましょう」
「王太子殿下、我々も次の予定がございます。
そろそろ失礼いたしましょう」
フェリクスが言ったので、セオドアは立ち上がった。
「待って、セオドア。 手紙なんて、もう、グ、グレア? グレタ? あなたが書いてよ!」
「王女殿下、王女殿下ご本人が毎日手紙を書くというのが、今回の訪問の条件だったこと、お忘れではないですね?
わたくしグレタは、王陛下からこれを必ず守らせるように言われております」
「むんっ!」
タチアーナは侍女に手紙を書かせようとしたが、侍女に父王との約束のことを持ち出されて何も言えなくなった。
それにしても、この王女は一番世話を焼いてくれている侍女の名前も覚えていない。
「タチアーナ殿下、こちらにはまだしばらく滞在されるのですから、お話はまた今度ゆっくりと。
今はゆっくり体を休められるが良いでしょう」
セオドアはまた微笑んでタチアーナを残し部屋を出て行った。
扉が閉まるタイミングで室内で陶器が割れる音がした。




