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22 王女のはずだが 1

 友好国である西の隣国の王女が、国賓としてゼントラン王国に到着した。

 西の隣国は、セオドアの母君である王妃の故国であり、つい最近までセオドア自身が留学先として滞在していた王国でもある。


 やって来た王女タチアーナは十八歳。

 緑色をした瞳に目を引く顔立ち、更に西の隣国の王族に多い輝くような金髪を持っている。

 青き大輪の薔薇君ならゼントラン王国には有名な方がおられて、そちらは、知性溢れる美貌に周りが憧れを持って見上げる存在だが、こちらの王女様は、なんというか、可憐…な少女のごとき繊細…な美しさを持っている。


 ゼントランの現王妃の故国ということもあり、この「西の隣国とゼントラン王国」の関係がこのところ良好であるということは、あまり良好でない「東の隣国とゼントラン王国」との関係性にも影響を及ぼしている。

 外交上の駆け引きは近年緊張感を増している。

 ゼントランと東の隣国間では、最近も、東の隣国側から仕掛けてきた小競り合いが起こっている。

 一応、国同士の諍いではなく末端の軍人が独断で騒ぎを起こしたことになっているが、実は東の隣国の狡猾な老王が裏で糸を引いていたことは明らかなのだ。


 そして、東の隣国では最近、いった何人いるんだか分からんぐらい、たくさんいる兄弟の中から、今年十四だか十五歳だかになる末の王子が立太子の儀を行った。

 ただ、東の隣国の政権は、長年その座に座り続ける老国王が変わらず握ったままだ。

 今この時期に西の隣国から王女が訪れる意味は大きい。



「あー、もー、つーかれた! もう休む! 誰か部屋に案内しなさい!」


 西の隣国から到着早々、国王への挨拶もまだだというのに、タチアーナに緊張の色は見えない。


「王女殿下、これから着替えてこの国の国王陛下と王妃殿下に謁見する予定になっています。

 ですので、どうか……」


「えー、ナターリエ様に言って明日にしてもらってよ。疲れたからもう無理っ」


 随行してきた三十代であろう濃淡のある茶色い髪の侍女の言葉にも耳を貸す気のないタチアーナだ。

 ナターリエというのは、そう、この国の王妃の名前だ。

 セオドア王太子の母君だ。

 タチアーナにとっては血の繋がった叔母に当たる人でもある。

 それにしても甘え過ぎだ。

 タチアーナは西の隣国を背負って、この難しい時期にゼントラン王国へ入ったのだ。


「王女殿下! どうか、王妃殿下のことは王妃殿下とお呼びください。

 ここは王女殿下の母国ではございません。

 そしてここはゼントラン王国の王城で王女殿下は国賓として招かれています。

 お立場にあった言葉使いをどうか……」

「めーんどくさっ」

「なぁっっ!」


 タチアーナの侍女はその場で崩れ落ちそうになった。


 タチアーナは長旅で疲れてしまっていつになく我儘を言っている、わけではない。

 これがタチアーナの「普通」なのだ。

 確かに、入国するときの手荷物検査がやけに念入りで時間がかかった。

 とは言え、タチアーナ以外は粛々と対応しており、それが原因で疲れ果てると言うほどのことでもないはずだ。


 タチアーナの見た目からこの王女のことを可憐、とか繊細、とかで表現してしまうと、後から悔やむことになる。

 美貌の持ち主だが、繊細で儚げなのではなくて、単に薄いのだ。薄っぺらいだけなのだ。

 タチアーナ王女とはそういう人だ。



 タチアーナの生母は父王の側妃であったが、王女を産んですぐに身罷(みまか)った。

 そのため、別の側妃が母替わりとなってこの王女を育てることになった。

 この育ての母である側妃はタチアーナの生母と従妹同士だったのだ。

 親戚同士でピッタリの人選だとタチアーナの父王は思っていた。

 いや、ちょうど忙しくてあまり考えずに決めてしまった。


 タチアーナの育ての母は、自分と境遇が近い、しかし自分より先に子をなしたタチアーナの生母を実は妬んでいた。

 それに、子を産んだことも無いのに、いきなり母親にされたことにも納得がいかなかった。

 父王は選択を大きく間違っていたのだ。


 そして、育ての母は胸の内に在った暗い感情をタチアーナにぶつけた。

 暴力で虐げるようなことはしなかった。

 侍女に世話も言い付けた。

 しかし、愛情は一滴も注がず、笑顔は一瞬も向けず、褒めることも無く、叱ることも無く、王女のためを想った育て方は一切しなかった。


 成長に伴ってタチアーナは、芍薬(しゃくやく)の花のようだと謡われた麗しい生母にどんどん似てくる。

 育ての母はますます腹立たしい。


 年月が過ぎ、聞き分けることなど教えられたことの無いタチアーナに問題行動が現れると、育ての母はそれ見たことかと、父王に泣きついた。

 自分は努力したが、我の強いタチアーナは自分に懐いてくれないのだと。

 父王は、タチアーナが孤独ゆえに我儘を言うのだと不憫に思い、タチアーナが欲しがるものを全て与えた。

 それが更にいけなかった。


 タチアーナは増長し、彼女の我儘の質は膨れる一方だ。

 縁談をまとめたいという年頃になっても、相手の方から会うことすら断られる。

 タチアーナの性格が破綻しているとか素行が悪いという噂は、実際に有ったことと、実は育ての母によって無かったことまで加算されて広まっているのだ。


 いい加減、父王すらタチアーナを持て余している。

 いっそのこと、どこかの修道院に入れて大人しくさせることも考えていたところだった。


 しかし今回、ゼントラン王国を訪れる役目についてはタチアーナ自らが志願したのだ。

 王女としての公務について、タチアーナが言い出すことは初めてだった。



 実は、父王がタチアーナを修道院に入れる計画を立てているとタチアーナに教えてくれる人物がいたのだ。

 その人物はこうも言った。


「修道院はつまらないところです。タチアーナ殿下には似合いません。

 修道院に行かなくて良い方法がありますよ。

 ゼントラン王国のセオドア王子に嫁げばいいのです。

 セオドアは本当に多くの人から慕われていますよね。

 そのセオドアの妃になれば、タチアーナ殿下も一緒に敬われることは間違いないでしょう。

 そのためにゼントラン行きを父王陛下に申し出ると良いですよ。

 でも、誰かに反対されると面倒だから、ゼントランに入るまでは内緒にした方がいい。

 ゼントランに着いて、セオドアに頼み込めばきっと妃にしてくれますよ」


 セオドアの妃!


 なんて良い響きなのだ。

 タチアーナはその言葉にうっとりしてしまった。

 思い出すたびに嬉しさが増す。

 早くセオドアの妃になりたい!


 タチアーナは母国で嫌われているのだ。タチアーナも知っている。

 だが、従兄でもあるセオドアだけは、タチアーナを鼻つまみ者のようには扱わなかった。

 セオドアが西の隣国に滞在していたせっかくの期間も、側近二人が何かと邪魔してきて、セオドアと二人で過ごす時間は取れなかったが、セオドアはいつも太陽のように温かく微笑みかけてくれたのだ。


 タチアーナに対して、笑みを浮かべてくれるのは何もセオドアだけではない。

しかしセオドア以外の者たちは皆、何かの目的が有ってタチアーナに取り入ろうとしてくるだけだ。

 金だけ。権力だけ。体だけ。

 でもセオドアは違う。セオドアだけは違う。


 タチアーナは、父王に直談判してゼントラン行きを取り付けた。

 父王も、タチアーナが改心して国のために働くと言ったことに望みを持ったので了承した。

 そうして、王女タチアーナは国賓としてゼントラン王国を訪問したのだ。



 タチアーナが連れてきた侍女たちについては、父王が自ら人選を行った。

 タチアーナの本来の侍女は数ヶ月単位で、なんらな数日で辞めた者もいるくらい頻繁に変わってしまうのだ。

 が、今回は勉強嫌いで世情にも疎過ぎるタチアーナを補佐する役目も担っているため、付き従う侍女については、慎重に選定がなされている。

 ただ、一人だけ父王が選んだのではない侍女もいる。

 タチアーナの育ての母が、タチアーナの馴染みの侍女も一人は連れて行くべきだと言うので同行させた。

 この、チョコレートのようなこげ茶色の髪を肩までで揃えている侍女ニーナは、タチアーナの機嫌に敏感だし、タチアーナの我儘もだいたい聞いてくれる。


 そのニーナからタチアーナに嬉しい連絡が告げられた。


「タチアーナさまぁ、セオドア? 王太子殿下ぁ? が挨拶にぃ来られるそうですぅ」

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