21 作戦は成功のはずだが
今日はマリスによる武術指南の日だ。
セオドアはマリスの待つ応接間に向かう。
公務が立て込んでしまい、週に三回のはずのマリスとの鍛錬が、今は週一回に減らされてしまった。
武術の鍛錬は、そのもの自体が、セオドアにとっての欠かせないものになりつつある。
当初の護身術向上という目的以外に、健全な精神は健全な肉体に宿る的な、精神修行としてもずっと続けたいという思いが湧いてきている。
それに、鍛錬によって筋肉が刺激され、気持ちが整えられるので執務の効率も上がるのだ。
逆にやらないと気分が滅入るぐらいだ。
なので、鍛錬の時間が減るのはセオドアとしては身を切られる思いだが、今は確かに忙しい。
一日という時間は皆に平等に与えられているのだ。
眠らないわけにもいかない。
側近二人からも強く言われて、渋々、指南を受ける時間を減らすことに同意した。
その大変貴重な、週に一度の時間が、これからなのだ。
セオドアは急ぐ。
今日の武術指南、何かの都合で、側近二人はセオドアより少しだけ先に応接間で待機することになっていた。
セオドアは応接間へ向かう途中に寄り道もしてしまった。
早く行かねば。
ようやく、ようやく……マリスに会える。
応接間の前で、セオドアは扉にタタッと速いノックを打つ。
逸る気持ちが急いて、心臓の動きがいつにも増して大きい。
中からフェリクスが扉を開けた。
フェリクスの息が少し上がっている。
室内にはフェリクスとジャスティンと、そしてマリスの三人が居た。
なんだろう。
セオドアの背中にヒヤッとした嫌な感じが走った。
ジャスティンは床に脚を投げ出していて、そのままの姿勢で、
「セオドア、お疲れ様、もう始めてるよ」
と言い放った。
セオドアは動けない。
なぜなら、少し汗をかいていたジャスティンの両肩に後方からマリスの両手が置かれていたのを見たからだ。
多分二人は柔軟体操をしていて、マリスはジャスティンの上半身を押していたのだ。
「マリス、次は僕をさっきみたいに押してください」
今度はフェリクスがマリスのすぐ側に寄って、背中を差し出した。
フェリクスは「さっき」と言ったから、すでにマリスはフェリクスの背中にも触れている。
そしていつもフェリクスはマリスを「マリス先生」と呼んでいたのに、でも今日はジャスティンみたいに「マリス」と呼び捨てにした。
鍛錬で、体への接触は不可避だ。
マリスがフェリクスたちの体に触れることは、これまでも何度もあった。
でも違う。
今日のは、今のは、違う。
さっき背中を走った悪寒は違和感だ。
なんだか、セオドアの与り知らぬところで、フェリクスとジャスティンがマリスとの心の距離を縮めている……
「フェリクスちょっと待っててね。
王太子殿下、王太子殿下にお目にかかる栄誉に……」
なぜ! マリスは自分じゃなくてフェリクスに、先に一声掛けたんだ!
そう思った瞬間、セオドアの中で長く眠っていた何かが、バチンと跳ねた。
そして、セオドアは右手で握っていたものを、乱暴に床に投げつけた。
ペシャっとそれが潰れて落ちた。
「「「 ! 」」」
……落ちたのは王城の庭に咲いていた白い花の花束だ。
王城にあるにしては素朴な、それでもとても可愛らしい花を何本かまとめただけの花束だ。
ここに来る途中に見つけたので、セオドアは庭師に言って切ってもらったのだ。
急いでいたけど、……どうしても……マリスにあげたくなった。
セオドアはただ花を床に投げただけだ。
でも、あの完全無欠の王太子殿下が、マリスに気絶させられても怒らなかったあのセオドアが、無垢な花を無下に投げ捨てた。
しばし皆が沈黙した。
脈が八回打ったあと、セオドアは回れ右し、入ってきた扉から、逃げるように出て行った。
全行程無言だった。
「……えーとー」
まだ目を見開いたままのマリスとフェリクスに対して、ジャスティンが言った。
「……ガーくんの作戦、成功じゃないか?」




