19 作戦は聞いたはずだが
セオドア王太子の側近二人を同席させたマリスとの面会のあと、日を改めて、ティーガーは再び側近二人だけを自分の執務室へと呼んだ。
ティーガーは王太子の為だと言って、マリス、フェリクス、ジャスティンの三人にある作戦を授けていた。
ティーガー・ブリッツオーフェン侯爵という人は、ゼントランの王であるステファンが最も信頼を置いている臣下として知られている。
その御方から、王太子の為だと言われれば、例え、王太子の側近といえども、「はい」か「かしこまりました」以外の返事は無いのだ。
そしてティーガーは、その作戦の意図も、マリスを含めた三人に話している。
が、マリスの居ないところで、側近二人だけには、この作戦の「隠された意図」についても話す必要があった。
因みに、ティーガーの作戦でマリスにも話した意図とはこうだ。
「セオドアが理想形の下に隠してしまった本当の自分を認識させる」
それが、セオドアのこれからの人生には必要なことだとティーガーは考えているのだ。
そして隠された意図とはこうだ。
「セオドアのマリスに対する駄々洩れな情緒をセオドア本人にも気付かせる」
これだ。
こっちは、マリスの方の気持ちがこれっぽっちも育ってなさそうなので、マリスにはまだ言わない。
フェリクスとジャスティンも、さすがにもう感付いていたようだ。
驚くこともなく、淡々と話を聞いていた。
……良かった。
さすが側近。閣下だけじゃ無かった。
が、それにしても。
セオドアとマリスでは身分差が有り過ぎるのではと思うと、フェリクスとジャスティンには、セオドアの想いに協力して良いものか戸惑われる面もある。
平民の妃妾は無くは無いが、マリスはそういう、寵愛だけをよすがに生きるようなタイプではない気がする。
もちろん、マリスをどこかの貴族の養女にすると言う方法も有るのだが、わざわざ、難しい相手を選ばなくても良いのでは?、と考えてしまう。
確かに、セオドアの婚約者選びは他国との情勢に絡んで難航しているので、やはり無くは無い選択だが……
初手からいきなり繰り出す技が反則ギリギリの超高難度フェイントってどうなんだ?、と二人は思うのだ。
特に、剣術大会のアレのことを、許し難く思っている高位の貴族も少なくはないのだ。
そんな中、マリスが王族ないしはそれに近い存在になるなどという事態になれば、相当な拒否反応も予想される。
国の舵取りにおいて、王族の求心力の保持は常に念頭に置かねばならないことなのだ。
無理をすると、セオドアの王太子と言う立場に影を落とすことになりかねない。
その懸念は常に付き纏う。が。
それでも、……それでももちろん、セオドアが「マリスでなければ」と言い出せば、なんとかしてやりたいとも思うのだ。
これが側近二人の正直な気持ちだ。
「身分差? あーはいはい。全然問題無いのよー、
グホンっ、失礼。全くもって問題無いのだ」
そうですか。そうなんだ。
たまに、側近二人の前でもガー君になってしまうが、百戦錬磨の戦場の虎が言うのだから大丈夫なのだろう。
フェリクスとジャスティンは、顔を見合わせてそう言う結論に達した。
ということで、本日の武術鍛錬は、いつもと異なって、マリスとフェリクスとジャスティンの三人で行っている。
セオドアには先に鍛錬を始めていることしか伝えていない。
しかし、それなりの時間を取って、先に三人でしっかり体を動かしたところに、セオドアが合流する手はずを整えてある。
全て、ティーガー騎士団団長の指図通りだ。
いつもの、室内の鍛錬で使う応接間で、三人で協力し合いながら柔軟体操をやっている。
これもティーガーの指示によるものだ。
こういう身体を丁寧に整える鍛錬を時折入れるのは意味のあることだ。
だが、ティーガーの狙いはそこではないらしい。
ただ、三人で協力し合って体操などで汗を流すことがティーガーの作戦だそうだ。
「……嫌がらせって! ああ、そうか。」
急にジャスティンが思い出したように言った。
「嫌がらせって言ったら、有ったわ。そうそう。いくつだ?
十一歳とかかな? 有った有った。
あれはセオドアの嫌がらせだ!
したした、セオドアも嫌がらせしてた!
嫌がらせの嫌がらせによる嫌がせのための嫌がらせ!
有ったな!」
なんだろう。何が有ったんだろう。
ジャスティンは一人で言って一人で納得している。
ジャスティンは時々めんどくさい。
「マリス、ごめんなさい。
ジャスティン、分かるように説明してくれないと。
十一のときって、……あああー、
セオドアの叔父上の、ザルノール公の話ですか?
あの人、腰抜かして立てなくなってましたもんねー。……有ったなー」
フェリクスも今はマリスを呼び捨てにする。
これもティーガーの作戦によるものだ。
それにしても、王太子不在の気安さか、三人で協力して体を動かしているからか、マリス、フェリクス、ジャスティンが以前よりも仲良くなってきた気がマリスにもしている。
これが運命共同体と呼ばれる感覚なのか……
ちょいちょいジャスティンにめんどくささを感じるのも…そのためか……
ところで、ところで、ゼントラン王国の歴史・国政については、ケビンからや、騎士団の座学でも、一応マリスは学んでいる。
さっき話に出たザルノール公とは、前王の子であり、現在の王ステファンの弟にあたる方だ。
そして、ステファンの母君は東の隣国から嫁いできた正妃だったが、ザルノール公の母君は何人かいた側妃の一人で、しかもその側妃の実家は政治に関わるような力のある貴族ではなかった。
前王が逝去したあと、前王の側妃たちは相当の見舞金をもらって実家に帰ることになった。
これは、前王の側妃たちと王となったステファンとの間に、確執のようなものが有ったためだ。
ただ、ザルノール公の母君は既に亡くなっており、ザルノール公自身が成人していたため、公は王領の一部を貰い受けた。
とは言え、ステファンとザルノール公にも子供時代からの軋轢があり、公は国の運営からは遠いところで生きていくはずだった。
だが、ザルノール公としてはそれが気に入らなかったのだろう。
そもそも、弟で側妃の子でありながら、ザルノール公の方が兄であるステファンよりも権勢を誇っていた時期もあったのだ。
その時期には、ザルノール公と、当時、西の隣国の王女だったナターリエの婚姻も水面下で画策されていたのだ。
そして、王ステファンと王妃ナターリエがゼントラン王国を繁栄に導いていく中、セオドア王子が誕生して次の王として期待を集めていく中、ザルノール公は理由を付けて王城へやって来ては、どうでも良いような『嫌がらせ』をしていくのだ。
そう、この時点での『嫌がらせ』をする方が、弟のザルノール公。
されるのは王で兄のステファンだ。
ザルノール公の『嫌がらせ』とは主に、王城で騒がしい催しをすることだ。
音楽会だの演劇だの、奇術師に吟遊詩人に曲芸一座、砂漠の国の踊り子団などを招いてくるのだ。
一見楽しそうだが、ザルノール公は「来い」と招くだけ。
あとは王城の人間に世話をさせて、自分は楽しむだけなのだ。
かかる経費も知らん顔である。
そして、ザルノール公は「ゼントラン王国の発展を祝うため」というそれっぽい言葉で全て丸め込もうとするのだ。
ステファンは子供時代にザルノール公から虐げられており、面白くないことこの上ないが、ザルノール公自らが大きな失態を犯して自滅するのを待って、何も言わなかった。
ザルノール公が前王の実子であることから無下にもできなかったのだ。
この状況に、密かに一矢報いたのは当時十一歳のセオドアだった。
ジャスティンが「セオドアの嫌がらせの……」と言ったのはこのことだった。




