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18 やはり、閣下以外も気付いていいはずだが

 たまに見る夢がある。


 誰かが呼んでいる。

 振り向いたときにツヤツヤの黒い髪が頬にかかる。

 不思議な服も着ている。

 派手なダブダブの服だ。お気に入りの服だ。騎士の服だ。


 そうだ、剣術大会を…見に行くのだ。

 ソースイの応援をするのだ。楽しみだ。


 素振りをしていたら、柱の陰から、誰かが急に飛び出して来てびっくりした。

 男の子だ。

 それにしても随分細い子だ。細すぎる。

 何やら顔に黒い落書きがあって、眼鏡も汚れている。


 誰かが…泣いている? 男の子が泣いている。

 辛いのだと目に涙を浮かべている。

 居場所が無いと泣いている。


 男の子は言った。


「どうしてここにいるの?」

「……」


 夢の中で自分はなんと答えたのだろう。思い出せない。




 王太子がマリス騎士を指南役にしたいと申し出たときに、国王は複雑そうに眉間を押さえていた。

 ただ分厚い眼鏡を掛けていて下を向きがちな王の表情は、あまり見えない。


 一方、マリスを選んだ王太子の謙虚さに王妃は手放しで喜んだ。

 自分を打ち負かした相手を師と仰いで敬意を表せる精神性は、今後の糧になるだろうと。

 為政者としてはまた違った素養も必要になるが、セオドアはまだ王太子で現王の治世はこれからも続く。

 だから王妃ナターリエは、腹の探り合いや駆け引きはこれから学べば良いと考えている。

 基本は実直に。応用編で柔軟にだ。


 ところで、鉄拳王女と揶揄されていたナターリエだが、女騎士枠を設けたのは、女性の武芸者を増やして自分を嘲笑っていた者たちを見返したいと思ってのことではない。

 それよりも、武芸者や騎士に限らず、これから先の国を担う世代やその次の人々が、自分が心から求めることを諦めないで良いように、ゼントラン王国の制度から整えていきたいと考えている。

 王妃にとって騎士団の改革はその足掛かりに過ぎないのだ。


 とは言え、女騎士枠に限っても、古参の男性騎士の中には、女性の騎士が増えることに手放しで喜べない御仁も相当数いるようだ。

 声高に異を唱える者がいないだけで、新しい制度が皆に受け入れられていると見るのは甘いだろう。

 それでも国王ステファンは、ナターリエの考えに理解を示してナターリエの要望を最大限に叶えようとしてくれている。

 その甲斐あって既に女騎士の功績は随所で見られ、王国内での地位も確立してきた。


 聞けばマリスは、王妃が設立を後押しした女騎士とは異なるとは言え、女性が騎士として活躍をする上での試金石と言っても良い人材だ。

 王妃の政策にマリスの指南役としての活躍が加われば、女騎士たちにも影響するだろうし、ひいてはこの王国の騎士団組織全体にも多大な貢献をするに違いない。


 ナターリエは、マリス本人に間近で会ったことはないが、マリスが従事した、災害復旧の折の指揮官や、昨年の東の隣国との戦線で上官だった者から話を聞いたところ、目に見える実績以上に人となりに対する評価も素晴らしいものだった。



 ふと、ナターリエは王妃の執務室の窓から外を見た。

 セオドアと側近二人そしてマリス騎士らしき人物が庭に出ていた。

 どうやら、庭の木々を利用しながら体術の鍛錬をしているようだ。


 マリスはセオドアと組手を組んでいる。

 マリスの動きは大変素早く臨機応変だ。

 しかも相手をよく見ているのだろう。

 マリスはセオドアの動きに呼吸を合わせた受けで応えて、更にそれを自分の力にして返すことができている。


 武術の心得のあるナターリエだから分かる。

 マリスの力量は素晴らしい。

 そして、その動きは、ナターリエの知る……誰か?、に似ている気がした。


 それにしても、組手以外でも、なぜかセオドアはマリスばかりを見ている。

 そのあと四人は移動したのか見えなくなった。

 ナターリエは呟く。


「師の動きをしっかり観察するのは良い心掛けですね、セオドア」



 ……うーん、王妃様、そういうこと?




 女性だからとマリスを指南役の候補者リストに載せていなかった騎士団幹部は、マリスの実力を見誤っていた可能性も否めないが、それ以上に王太子の指南役に若い女性が付くことの問題にも本能的に気付いていたから最初から省いたのだ。

 国王もその感覚があったから渋い顔をしていた……のかもしれない。


 しかし、王妃は武の道をずっと歩んできた人なので気が付いていない。

 王妃から指導を受けていた王太子も全然分かっていない。

 ともかく、国王は王妃を全力応援が基本なので王妃に異を唱えることはしない。


 でも王太子の方の情緒には、そういった鈍感さとも異なる何かの事情が加わるようだ。

 どうしても……マリスがセオドア以外の者と組手をやるのは、良くないことのようにセオドアには思われるのだ。

 彼女は自分と組まねばならない。そうでなくてはいけない。


「ジャスティンは足首にねん挫癖があるから、マリスの技を受けるのは危険だ」


 ……鍛錬なので危険というほどでもないのでは?


「フェリクスは子供のときに母上に投げられて脳震盪を起こしているからな。

 受け身が苦手なんだ、危ないからダメだ。

 そうそう! 眼鏡を掛けてるからな。やっぱり危ない」


 ……苦手だからこそマリスに教えてもらえばいいのでは?

 ……フェリクスの眼鏡は花粉症対策なだけで、危ないときは外してもいいって知ってますよね?


「フェリクスやジャスティンにはマリスと組むのは荷が重い」


 とにかくセオドアはそう断じている。

 そしてそれが、理想形王太子足る人格にズレを生じさせているとは考えない。

 少なくとも蓋をして考えないようにしている。


 それからマリスが……フェリクスたちの名前を親し気に呼ぶたび、セオドアの胸の奥でズキズキした痛みが起こることも解消したい。

 敬称を付けて呼ばれるセオドアだけが疎外されているように感じられて抵抗があるのだ。

 武術を探求する者同士として身分を越えた関係性を築きたいのだ。


 それにしてもマリスのその武術に対する真面目な姿勢にはいつも感嘆させられている。

 セオドアの要望や質問にも一生懸命応えてくれる。

 武術指南がある前日の夜はいつも楽しみで仕方がない。


 そして最近眠りに付くときになぜかマリスのサラリとした黒髪が瞼の内側に現れて、なんだろう、フワフワとした幸せなような気分に浸ることが多い。


「明日は武術指南の日だな。マリスに会える」


 そう言えば……、マリスからは、柔らかくて甘さもある微かな香りがするのだ。

 そのことは、それに気が付くのは絶対に自分だけがいいとも思う。


 今しがた、疎外感を感じずに皆で同士として鍛錬に臨みたいと思ったところなのに、一方でマリスを独占したいかのような欲求が湧いてくるのは……おかしいか?

 いや、そんなことは無いはず。とにかく無いはずだ。


 マリスは会うたびに輝きを増す。

 マリスが武術者として真に素晴らしい人だからなのだろう。

 セオドアにとってマリスは本当に尊敬できる指南役なのだ。

 明日が楽しみ…だ……



 ……王太子殿下、それはやっぱり無理がありません?

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