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16 虎のはずだが

「うーん、やっぱり、相談してみるか……」


 マリスは筋肉との対話(???)を始めることにしたが、最近ケビンが、真の幸福とは何かみたいな話をしだすので混乱中だ。

 ケビンは昔から吟遊詩人のような話しぶりをすることがたまにあるのだ。

 見返りを求めない崇高な愛がうんちゃらくんちゃら。

 マリスには……荷が、重過ぎます。


 それで、マリスは頭を整理するために、どうしても客観的な判断が欲しくなった。

 なので、意を決して、王太子のこともよく知るというある人物に面会を申し込むことにした。



 王国の頂には、もちろん国王陛下が座っておられるが、王立騎士団団長といえば、軍務に携わる中で実務上一番偉い方である。

 お名前はティーガー様。侯爵様だ。

 ひたすら強そう。実際いかつい。

 厳しくも人格者だと言われるが、当代きっての剛の者だと言うことは纏う空気感にも溢れている。


「マーリスちゃーん! やっと来てくれた! 心配してたよー、ずっと待ってたー!」


 ……ティーガー・ブリッツオーフェン王立騎士団団長にして、『戦場の虎』が、大変な歓迎ぶりでマリスを迎えてくれた。


 団長の部屋内には、団長付きの補佐官や護衛の騎士も常駐している。

 しまった。団長とは外で会うべきだったか。

 マリスは騎士団に入ってから、威厳に満ちたティーガー団長を遠目に見てきた。

 いつもの団長とは、あんまりにも異なる人となりに、その場に居た者たちは動揺を通り越して我を忘れているようだ。

 ティーガーのスイッチがどこにあるかマリスには分からないが、これはまずい状況ではないのだろうか?

 マリスは心の内で自分の失敗を悟ったが、とき既に遅し。

 人払いするぐらいの猶予は欲しかったのだが。


「ぐっほん。えーとですね」


 王太子の側近フェリクスが目線で人払いをした。

 さすがフェリクスは心得ている。

 マリスがティーガーに会いに来たその席にフェリクスとジャスティンもいたのだ。

 ティーガーが呼んでいた。


 慌てて補佐官たちが退室し、部屋の中には、マリスとティーガー、フェリクスとジャスティンの四人が残る。

 ニコニコしながらマリスを見ているティーガーに向けてマリスが口を開く。


「ブリッツオーフェン団長閣下、お目にかかる光栄に……」

「もー、辞めて辞めて。

 あの膝蹴りかましてたマリスちゃんにかしこまられると蕁麻疹でちゃいそう」


 そうなのだ。

 当時五歳の可愛い盛りの少女マリスはティーガーの脇腹に膝蹴りを入れたことがある。

 その頃マリスは「かっこいい膝蹴りとは、いかなるものか」と言うことに執心していた。

 理由は……特に無い。

 そして油断していたのかティーガーのあばら骨はミシリと音を立ててしばらく使い物にならなくなった。

 ティーガーはマリスの叔父シャールの剣友で、マリスにとっても、幼少のみぎりより共に鍛えてきた仲間でもあるのだ。


「……マリスにこんな人脈があったなんてね」


 ティーガー団長は、戦法においては豪胆、団内の統率においては剛健、忠義の心が厚く不正を嫌うが、話の分かる包容力も持つ人でもある。

 そのティーガー団長と旧知の仲であるならばマリスの評価もうなぎ登りなのだ。

 しかもこんなに強いカードをマリスはひけらかさずに隠していた。


「ジャスティン、私自身の人脈ではなく、私の叔父の人脈なのです。

 私個人にガー……ティーガー団長に会って頂けるような力は本当は無いのですよ」


 マリスは心からそう言った。

 それに、やらかしたマリスには、ティーガー団長に面会を許されるような資格があるのかも分からなくなっていた。

 しかし、ジャスティンは素直にマリスへの評価を上げた。


「もー、なんで昔みたいに『ガーくん』って呼んでくれないかなー

 だからー、痒くなって……」


 ティーガー団長がイチイチ昔なじみの空気を出してくるのが、フェリクスには耐え切れなくなってきた。

 フェリクスの知る団長とあまりに違うのだ。

 尊敬していた人物に勝手に裏切られた気がして、フェリクスは戸惑いと言うより……若干、ほんの若干だが、いらっとした。

 なので、さっさと話を進めることにした。


「ぐっほん。えー。失礼します。

 時間も無いことですし、本題に入りたいと思います。

 マリス先生、団長閣下から王太子殿下のことでお聞きになられたいことがあると伺っております。

 閣下もそのために、私とジャスティンの同席を要望されました」


 マリスも、どの温度帯で接していいか分からず、ちょっと応対に困っていたのでフェリクスの仕切りに安堵する。

 マリスは素直にフェリクスへの評価を上げた。

 マリスは思い切って言った。


「はい、その。

 その通り、王太子殿下のことなんですが、そもそも、なぜ私は武術指南役を仰せつかったのでしょうか?」


 不思議そうにジャスティンが応える。


「なぜって……

 マリスがセオドアより強いから、じゃ、理由にならない?

 マリス、セオドアにアレやったでしょ」


 アレ、とはアレだ。剣術大会のアレだ。


「…………だからです。

 強いかどうかは別として、私、実は……王太子殿下だと知らなくて……王立騎士団の騎士が王太子殿下を存じ上げないなんて、恐ろしく不敬なことですよね。

 それに勝負がついた相手に更に一撃入れるなんて失態を犯したのですよ。

 そんなの、指南が務まるような器とはとても言えない気がします。

 なので、私が指南役というのは、よほどのわけがないとおかしいかなと……

 ずっと色々考えていたのですが、やっぱり分からなくて……」


 ジャスティンがマリスに問い掛ける。


「じゃあ、その『よほどのわけ』について、今までマリスはなんだと考えてたの?」


「…………い、嫌がらせ……かと」


 マリスの答えに、フェリクスとジャスティンは目を丸くして見合わせた。


「え? マリスってバカなの……『嫌がらせ』は無いでしょ……」


 ジャスティンは腕を組んで考え出した。

 マリスは即座にジャスティンへの評価を下げた。


「なるほどねー、なんか騒ぎになってるのは知ってたけど、おもしろ……とりあえずマリスちゃんから話聞くまでは、と思って待ってたんだよー」


 ティーガーが言った。

 一方でフェリクスも言った。


「マリス先生、

 ……『嫌がらせ』に関しては、私も実は思うところはありますが……

 やっぱり『嫌がらせ』とは違うと思います。

 ともかく、殿下は、セオドアは、マリス先生を心から尊敬しています。

 それに、いずれにせよマリス先生がセオドアの指南役に最も適した人材なのは間違いないのですよ」

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