15 愛妻家のはずだが 2
ある日、転機が訪れる。
その肌寒い日、約束の時刻になっても、セオドアは鍛錬をすっぽかして出て来なかった。
そして、上階の部屋に隠れて、窓から庭で待つナターリエを眺めていた。
ちょうど、フェリクスとジャスティンは、二人共熱を出して寝込んでいた。
そのためその日の鍛錬はナターリエとセオドアだけで行われる予定だった。
ナターリエはじっとセオドアを待っている。
雨が降ってきた。ナターリエは動かない。
侍女がナターリエの側に何度も駆け寄って話し掛けているが、ナターリエは頭を横に振るだけだ。
セオドアはだんだん心配になってきたものの、母上なんて病気にでもなればいいと思いなおした。
自分にはこれぐらいの嫌がらせをしても許される気がした。
ナターリエは、セオドアさえ居なければ、……もしかしたらセオドアが居たところで、……いつか、想い人のところへ去って行くのかもしれないのだから。
そう思ったそのとき、ナターリエがバタンっと倒れた。
本当に音がしたような落ちるみたいな倒れ方だった。
鉄拳王女と呼ばれ、武術の達人で、自らの鍛錬も怠らない、あの強いナターリエが……セオドアの目の前で倒れた。
侍女が悲鳴を上げてナターリエに駆け寄る。
セオドアはナターリエが立ち上がるかと見つめていたが、侍女は別の侍女に言って誰かを呼びに行かせたようだ。
ナターリエは動かない。
セオドアもその場でしばらく固まった。
ナターリエは高熱を出して寝込んだ。
医師も硬い表情を崩さない。
「危険な状態です。王妃殿下は流行り病に罹っておられます。
本来丈夫な方のはずですが、風邪も召されたために症状が重篤です」
その頃、王都でも王城内でも、高熱に罹る者がかなりいた。
フェリクスとジャスティンもそうだった。
流行り病に罹っていたのだ。
王妃も感染していた。
しかも、寒空で雨に打たれて、王妃は特に症状が重かった。
セオドアはさすがに自分の招いた罪の恐ろしさに身を強張らせた。
セオドアに感染してはいけないと、ナターリエの傍に行くことは許されなかったセオドアだが、医師団の顔つきがどんどん悲壮感を増していくことに不安を膨らませていった。
王もそうだ。見る間に本当にやつれていく。
王は元々痩身だが、更に痩せて眼鏡もずり落ちてしまうぐらいの憔悴ぶりだ。
不安に耐え切れず、セオドアは王妃の寝室に忍び込んだ。
王妃の寝室には何人もが付き添っていてナターリエには近付けない。
しかし、声が聞こえた。
「セオドア、セオドア、わたくしのセオドア、……ごめんなさい、ごめんなさい」
(どうして母上が謝るのだ!)
どう考えても、セオドアが鍛錬に行かなかったらナターリエは倒れたのだ。
「セオドア、ごめんなさい。
……わたくしが、陛下の……御子を一人しか産めなかったら、
……セオドアに無理な鍛錬を強いてしまった。
セオドアを強くしなければと……セオドアしかいないのだと……
でも、分かっていたのに、分かるはずなのに……
わたくしだって……小さい頃から……鍛錬をしてきたのだから。
わたくしの鍛錬は……鍛錬とは呼べない。
今更……今更だけど……
セオドアに……会いたい。合わせて欲しい……
あの子に……謝りたいの!
わたくしの、大切な、大切な、セオドアに会いたい……」
ナターリエは、熱に浮かされて、うなされるように言葉を紡いでいた。
セオドアは声を出すまいと必死に嗚咽を堪えた。
自分は思い違いをしていたのではないか?
母は、母も、重圧に苦しんでいたのか?
その瞬間まですっかり忘れていた、セオドアが幼い頃の、慈愛に溢れていた母の姿が胸に浮かんだ。
その後、ナターリエは奇跡的に回復した。
ナターリエは死の淵に立ったことで自分の過ちに気付き、セオドアにこれまでのことを詫びた。
一方、セオドアは自分が実は操られていたことにも気が付いた。
セオドアは自分が王国を担うべきたった一人の人間なのだと自覚し、強くなって、そのような悪意にも呑み込まれないようにならねばと思い立った。
一つの歯車が噛み合わさったことで、色んなことが上手く回るようになった。
それからあと、武術鍛錬を含めた全ての行動において、理想形の名にふさわしいセオドア王子が形作られ、そしてセオドアはセオドアになったのだ。




