概念魔術の才能
「――意図的に、力を奪われているんだ」
ユキの言葉は、薄暗い工房の静寂に重く響いた。
虚だったカイの瞳が、その瞬間、わずかに動いた。
「……何を、言っている?」
「あんたの杖だ」
ユキは、カイが握りしめる杖を指さした。
「そいつは、あんたの魔力を増幅させるだけじゃない。同時に、あんたの魔力を『喰って』いる。強力な呪詛が仕掛けられているんだ」
「呪詛だと……?」
カイの顔が、驚愕に歪む。
「馬鹿な! この杖は、俺が魔術院に入った時、師匠から……ラングレイ先生から授かった、大切な……!」
「そのラングレイ先生とやらに、まんまと嵌められたんだ」
ユキは冷徹に事実を告げた。
「あんたが『神童』と呼ばれたのは、この呪詛がまだ軽かったからだ。あんたの才能が、呪詛の吸収量を上回っていた。だが、あんたの成長と共に呪詛も成長し、今やあんたの魔力の9割以上を喰い尽くしている」
「そん、な……」
カイは、自分の杖を、まるで汚物でも見るかのように見つめ、床に投げ捨てた。
だが、呪詛はすでに杖からカイ自身の魔力回路にまで寄生している。
杖を捨てたところで、もう手遅れだった。
「ひどいことを……」
アリアが、カイの境遇に同情し、怒りを滲ませる。
「ユキ、その呪詛を解く方法も鑑定できないのか?」
「試してみる」
ユキは、カイの許可を得て、彼の魔力回路――そのものに【概念鑑定】を集中させた。
先ほどよりも強烈なノイズが脳を焼く。
これは、他人の「魂」の領域に踏み込む行為に近い。
【 寄生型呪詛"才能喰らい" 】
・状態:活性化(対象と半永久的に癒着)
・内包概念:【魔力の吸収】【才能の隠蔽】
・情報:対象の魔術的才能を隠蔽し、発生する魔力を継続的に吸収する。
・呪詛の解除方法:【術者の死亡】または【術者による任意解除】。
・術者情報(残留思念):ラングレイ・ウォーカー
「……術者は、ラングレイ・ウォーカー。解除方法は、そいつの死亡、または任意解除だそうだ」
「ラングレイ先生が……」
カイは膝から崩れ落ちた。
信じていた師に裏切られていた。
いや、それだけではない。
「ラングレイ……」
アリアが、その名前に息を呑んだ。
「昨日、ギルドのビジョンで演説していた男……。『真の秩序』の幹部の一人だ!」
「……!」
ユキの脳内で、最悪のピースが組み合わさった。
敵組織の幹部が、カイの才能を恐れ、あるいは利用するために、意図的に呪詛をかけて無力化していたのだ。
「そんな……。じゃあ、俺は……あの人を倒さない限り、このまま……」
カイの瞳から、再び光が消えかける。
相手は、世界を混乱に陥れている強大な組織の幹部だ。
火の玉一つ撃てない今のカイが、どうやって戦えるというのか。
絶望は、先ほどよりも深くなった。
「諦めるのは早い」
ユキは、カイの目をまっすぐに見据えた。
「確かに、あんたの魔力は喰われている。だが、あんたの『才能』そのものは、消えちゃいない。ただ『隠蔽』されているだけだ」
ユキは、カイ自身への【概念鑑定】を、さらに深層へと進めた。
呪詛によって隠されていた、彼の「本質」を暴き出すために。
『深層鑑定、開始。隠蔽された概念を開示します』
【 カイ・シュトラウス(本来の姿)】
・内包概念(深層):【概念魔術の才能(未開花)】
・情報:万象が持つ「概念」に干渉し、魔術として再構築する稀有な才能。呪詛の影響により、開花が強く抑制されている。
ウィンドウに表示された文字に、ユキは確信を得た。
彼こそが、自分と同じ「概念」に干渉できる力を持つ人間なのだと。
「カイさん。呪いを解くのに、術者を殺す必要はないかもしれない」
ユキは、カイの前に鑑定結果を提示した。
「あんたの本当の才能は【概念魔術】。あんたは、火の玉を撃つのが得意だったんじゃない。炎の『燃える』という概念に干渉するのが得意だったんだ」
「概念……魔術……?」
「ああ」とユキは頷いた。
「今のあんたを縛っている、その忌まわしい呪詛。それも一つの『概念』だ」
ユキは、愕然とするカイの肩を掴んだ。
「あんたの才能が本物なら、その呪いそのものを『概念』として捉え、あんた自身の手で破壊できるかもしれない」




