喰われた才能
「我々は、偽りの世界を破壊し、真の秩序を打ち立てる!」
ギルドの大型ビジョンに映し出された男の宣言は、魔力によって増幅され、混乱の極みにある街中に響き渡った。
その言葉は、炎に油を注ぐに十分すぎた。
「な……なんだと……」
「奴らが、この混乱を……?」
ビジョンは一方的に暗転し、ギルド内は絶望的な沈黙に包まれた。
街を襲うモンスターの群れは、あの組織――自らを「真の秩序」と名乗る者たちによって、意図的に解き放たれたのだ。
「ユキ、あれが……」
アリアが息を呑む。
ユキも、こめかみを流れる冷や汗を感じていた。
世界の寿命が残り一年であること。
そして、その世界の根幹システム(ダンジョン)を掌握しようとする謎の組織。
点と点が、最悪の形で線として繋がった。
「……アリア。俺たちは、あまりにも無力だ」
ユキは拳を握りしめた。
街を守ろうと戦う衛兵たちが、次々と統率されたモンスターに蹂躙されていく。
アリアは確かに強い。だが、一人でこの物量に対応できるはずがない。
ユキに至っては、直接的な戦闘力は皆無だ。
「戦力が必要だ。あの組織に対抗し、世界の寿命の謎を解くために。信頼できる仲間が、もっと」
「同感だ」とアリアが頷く。
「だが、この混乱の中、どこで……」
「どんな場所にも、必ず『隠された価値』はある」
ユキは、ガラクタ市で黒いオーブを見つけた時のことを思い出していた。
「人々が『無価値』と見捨てたものの中にこそ、本物が隠れている。俺のスキルが、それを教えてくれた」
ユキはギルドの隅で、絶望してうずくまっている探索者たちに目を向けた。
情報収集だ。こんな時だからこそ、埋もれている「才能」があるはずだ。
彼は手当たり次第に声をかけ、情報を集め始めた。
「強い奴を知らないか? 金なら出す」
「馬鹿言え! Sランクの連中は王都に召集されてる! 俺たちじゃどうにも……」
「まともな魔術師はいないのか!?」
「魔術師……」
一人の老齢の探索者が、忌まわしそうに呟いた。
「一人だけ、いるにはいる。だが、やめておけ。あいつは『終わってる』」
ユキは、その言葉に引っかかった。
「どういう意味だ?」
「カイ、という若い魔術師だ。かつては王立魔術院の『神童』と呼ばれていたが……。ある日突然、魔力が枯渇した。今じゃ、火の玉一つまともに撃てん」
老人は「才能が枯れた」と吐き捨てた。
「魔力効率が、絶望的に悪いらしい。ギルドからも見放され、今は街外れの工房に引きこもっているはずだ」
ユキとアリアは顔を見合わせた。
(魔力効率が悪い……。設計図通りの男だ)
二人はすぐさまギルドを飛び出し、カイの工房へと急いだ。
工房は、街の混乱が嘘のように静まり返った地区にあった。
埃をかぶり、雑草が生い茂るその場所は、彼の心の荒廃ぶりを示しているようだった。
扉を叩くが、返事はない。
「失礼する!」
アリアが扉を半ば強引に押し開けると、中はカビ臭く、薄暗かった。
無数の魔術書や研究機材が、無造作に床に散らばっている。
その奥。
一人の青年が、椅子に座ったまま、虚な目で壁を見つめていた。
年の頃はユキとそう変わらない。だが、その瞳には一切の光がなかった。
「カイさんか? 俺たちはギルドの者だ。力を貸してほしい」
ユキが声をかけると、青年――カイは、ゆっくりと顔を巡らせた。
「……無駄だ」
乾いた声だった。
「見ての通り、俺は『失敗作』だ。才能は枯れた。火の玉一つ、このザマだ」
カイが弱々しく手をかざすと、彼の掌に、蝋燭の炎よりも小さな火の玉が揺らめき、すぐに消えた。
「才能がない人間に、何の用だ。帰ってくれ」
彼は再び壁に向き直り、心を閉ざした。
「……」
アリアが何か言おうとするのを、ユキは手で制した。
彼は、カイが傍らに置いていた一本の杖に目を向けた。
それは、彼が「神童」と呼ばれていた頃から使っているであろう、上質な魔力を帯びた杖だった。
(才能が、本当に枯れただけなのか?)
ユキは、その杖に【概念鑑定】を発動させた。
ウィンドウが、激しいノイズと共に展開される。
【 神童の杖(呪詛汚染)】
・状態:汚染(90%)
・内包概念:【魔力増幅(本来の力)】
・深層概念:【所有者の魔力を喰らう呪詛(寄生型)】
「……ッ!」
ユキは息を呑んだ。
「カイさん。あんたは、才能がないんじゃない」
ユキは、虚ろな目をした魔術師に振り向いた。
「――意図的に、力を奪われているんだ」




