世界の延命措置
門番のゴーレムが脇に退き、重々しい音を立てて図書館の扉が開かれた。
三人が足を踏み入れた先は、彼らが想像していた「図書館」とは似ても似つかない空間だった。
そこは、まるで宇宙空間そのものだった。
床はなく、足元には星々が輝く広大な銀河が広がっている。
見上げれば、無数の書物が、惑星のようにゆっくりと軌道を描きながら浮遊していた。
「……ここが、天空図書館……」
カイが、その圧倒的な光景に息を呑む。
『ようこそ、選ばれた者たちよ』
声は、空間そのものから響き渡った。
三人がハッと顔を上げると、空間の中央、最も明るく輝く星雲の中から、一人の老人がゆっくりと姿を現した。
その体は半ば透き通っており、肉体を持っているのかどうかすら怪しい。
『私は、この図書館の管理者。"星の賢者"と呼ばれている』
「管理者……!」アリアが聖剣を握りしめる。「あなたが、この剣を……」
『いかにも。アリア・フォン・シルバード。王家の誓いを果たそうとする、健気な娘よ』
管理者は、三人の素性も、ここへ来た目的も、すべてお見通しのようだった。
ユキは、ゴクリと喉を鳴らし、この謎多き存在に【概念鑑定】を発動させた。
【 "星の賢者"(残留思念体)】
・内包概念:【世界の管理】【知識の集積】
・情報:この世界を創造した「創造主」の残留思念。現在は、世界システム(アラヤ)の一部として、世界の延命措置を行っている。
(世界の……創造主!?)
ユキが驚愕していると、管理者は静かに語り始めた。
『君たちが知りたいのは、世界の寿命のことだろう』
老人は、空間に手をかざした。
すると、三人の目の前に、一つの惑星が浮かび上がった。
彼らがいま生きている、この世界だ。
だが、その惑星は、まるで病に侵されたかのように、黒い汚染に覆われ、今にも砕け散りそうだった。
『この世界は、本来ならば、とうの昔に寿命を迎え、消滅しているはずだった』
「……どういう、ことだ?」ユキが問う。
『この世界は、創造主――私――が作り出した、巨大な魔術装置だ。だが、そのエネルギー源であった"核"が汚染され、世界は死に向かい始めた』
『私は、世界の崩壊を防ぐため、最後の力を振り絞り、新たなシステムを構築した。それが――君たちが『ダンジョン』と呼ぶものだ』
「ダンジョンが……世界を?」
『そうだ』と管理者は頷く。
『ダンジョンは、世界に満ちる"穢れ"を吸収し、純粋な魔力に還元するための「延命装置」だ。モンスターとは、その穢れが集積した副産物に過ぎない』
衝撃の真実だった。
探索者たちが倒していたモンスターは、世界を救うためのシステムが生み出した、いわば「ゴミ」だったのだ。
『だが』と管理者の声が、一層重くなる。
『そのダンジョンの浄化能力も、すでに限界だ。穢れの蓄積速度が、浄化速度を上回ってしまった。ダンジョンの核が汚染されきった時――それが、君が鑑定した『残り365日』という世界の余命だ』
「そんな……。じゃあ、穢れをどうにかしないと……。その『本当の原因』は何なんですか!?」
管理者は、悲痛な面持ちで、惑星の映像を指さした。
『穢れの原因は――『人間』だ』
「え……」
『人間の負の感情。憎悪、嫉嫉、絶望……。それらが、この世界システムの許容量を超えるほどの穢れを生み出し、ダンジョンを汚染し続けている』
なんと皮肉なことか。
世界を維持するためのダンジョンが、その世界に住まう人間自身によって、破壊されようとしていたのだ。
『そして、"真の秩序"――ラングレイたちが、その事実に気づいてしまった』
「!」
『彼らの目的は、単なる世界の破壊ではない。彼らは、穢れを生み出し続ける現生人類を一度リセットし、ダンジョンの核――『世界の心臓』を掌握することで、彼らの手による新たな世界の創造主となろうとしている』
それは、あまりにも歪んだ、しかし、彼らなりの「救済」だった。
ユキは混乱した。何が正義で、何が悪なのか。
管理者は、絶望に顔を歪めるユキを、静かに見つめた。
そして、ゆっくりと告げた。
『世界の運命は、岐路に立たされている』
『穢れと共に滅びるか、"真の秩序"による破壊と再生か、あるいは、ダンジョンによる延命を続けるか』
管理者の視線が、真っ直ぐにユキの「目」を捉える。
『それとも――』
『君の【概念鑑定】による、全く新しい「第三の選択肢」か』




