君の勇気に、僕の言葉を
読売新聞の資料室。
夜の静けさが、紙の擦れる音と蛍光灯の微かな唸りだけを響かせていた。
俺――蒼核誠一は、白電悠翔と並んで、机に広げられた文書を見つめていた。
“CIA-Japan Operation: Media Influence Strategy.
Target: Yomiuri Group.
Objective: Promote peaceful image of nuclear energy.
Suppress anti-nuclear sentiment.”
「……読売が、アメリカの影響下にあった?」
俺の声は、思わず低くなった。
悠翔は、ページをめくりながら静かに言った。
「戦後の混乱の中で、メディアは“自由”を選んだんじゃない。選ばされたんだ。金と方針で、ね」
「報道の理想が、冷戦の戦略に利用されていた……」
その瞬間、胸の奥がじんわりと痛んだ。
俺は、拳を握る代わりに、ペンを強く握りしめた。
そのとき、資料室の扉が静かに開いた。
炉門澄玲が、資料の束を抱えて入ってきた。
白いカーディガンに春色のスカート。
彼女の姿は、この重苦しい空気に差し込む光のようだった。
「蒼核さん……これ、報道部の編集会議録です」
彼女が差し出した資料には、ある一文が赤字でマークされていた。
“原子力報道は、国益と連動して扱うこと。反対意見は、過激派として分類。”
俺は、言葉を失った。
澄玲の手から資料を受け取りながら、彼女の目を見た。
「……これが、私たちの職場の“現実”なんですね」
彼女の声は震えていたが、瞳は揺らいでいなかった。
「でも、だからこそ、私たちが変えなきゃいけない。報道の力で、真実を取り戻すために」
俺は、彼女の言葉に深く頷いた。
「そうだな。俺たちは、誰かの指示じゃなく、自分の信念で書くべきだ」
悠翔が、少しだけ笑った。
「ようやく、報道部らしくなってきたな」
そのとき、ふと澄玲が言った。
「……私、まだ怖いです。でも、蒼核さんが隣にいてくれるなら、少しだけ勇気が出ます」
俺は、彼女の言葉に少しだけ照れながら答えた。
「俺も、君が隣にいてくれると、ちょっとだけ強くなれる気がする」
「えっ……それって、今の、告白ですか?」
「いや、ちょっと違うけど……でも、近いかも」
彼女は、驚いたように目を見開いたあと、ふわりと笑った。
その笑顔は、資料室の蛍光灯よりもずっとあたたかかった。
「じゃあ、私も……蒼核さんの隣にいる理由、ちゃんと見つけます」
「うん。俺も、君の勇気を守る。報道の力で、未来を変える」
1955年の東京。
真実と向き合う覚悟が、ようやく俺たちの中に芽生え始めていた。
そして、恋と報道の狭間で、俺たちは少しずつ、同じ未来を見始めていた。