その手を離さない、真実のために
「お祖父様……本当に、国民のためだったんですか?」
炉門澄玲の声は、静かに震えていた。
読売グループの重役室。
重厚な木製の扉の向こうに座っていたのは、彼女の祖父・正門力太郎。
戦後日本の復興を牽引した、原子力政策の旗振り役――とされる人物だ。
「澄玲、お前はまだ若い。理想だけで世の中は動かん」
「でも……報道部の資料を見ました。原発事故の危険性を隠していたこと、アメリカからの資金が流れていたこと……全部、嘘だったんですか?」
力太郎氏は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
その目には、冷徹な光が宿っていた。
「国民は操るものだ。安心を与え、選択肢を絞り、導く。それが“統治”というものだ」
「そんな……!」
澄玲は、言葉を失っていた。
彼女が信じていた“平和の象徴”は、祖父の手によって作られた幻想だった。
「お前は、広報としての役割を果たせ。感情に流されるな。報道部の若造に惑わされるな」
「蒼核さんは、真実を見せてくれました。私は……もう、嘘を広めたくない!」
力太郎氏は、眉をひそめた。
「ならば、お前は敵だ。私の名を汚すな」
その言葉に、澄玲は震えながら部屋を飛び出していった。
夜になって、澄玲が俺のもとに現れた。
彼女の目は赤く腫れ、涙の跡が頬に残っていた。
「信じていたものが……全部、嘘だった……」
俺は、何も言わずに彼女を抱きしめた。
澄玲の体は、小さく震えていた。
「君が信じていたものは、君の中に生きてる。それが嘘だったとしても、君の想いは本物だよ」
「でも、私は……祖父の名前で、ずっと生きてきた。それが、こんなにも汚れていたなんて……」
「君は、君自身の名前で生きればいい。俺は、君の選んだ道を信じる」
澄玲は、俺の胸に顔を埋めながら、静かに涙を流した。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、部屋の扉が静かに開き、白電悠翔が顔を覗かせた。
彼は空気を読んで、声を潜めながらぽつりと呟いた。
「……女の涙は、核より強いな」
俺は、澄玲の髪をそっと撫でながら答えた。
「だから、俺はこの涙を守る。報道の力で、真実を伝える」
1955年の東京。
原子の嘘が伏され、少女の涙が真実を照らす。