潰されそうになったら、守るから
報道部の資料室。
蛍光灯の下、白電悠翔が静かにファイルを広げた。
「これ……本物か?」
俺――蒼核誠一は、資料に目を落としながら息を呑んだ。
原子力関連団体から自民党への巨額献金の記録。
企業名、金額、時期――すべてが詳細に記されていた。
「日立、東芝、八幡製鉄……年間で6億円以上。選挙前に集中してる」
悠翔の声は冷静だったが、目は怒りに燃えていた。
「これ、政策買ってるようなもんだろ」
「……国民の命より、企業の利益か」
俺は、資料の中の一文に目を留めた。
“報道への影響力確保のため、読売グループとの連携を強化。報道内容の調整を依頼。”
「報道を止めろってことか……」
その時、報野華奈先輩が部屋に入ってきた。
手には、読売社内のメモが握られていた。
「自民党の議員から、報道部に圧力がかかってる。“原発関連のネガティブ報道は控えろ”って」
「……やっぱり、繋がってるんだな」
「でも、これを報道したら、私たち潰されるかもしれない」
華奈先輩の声には、覚悟と恐れが混ざっていた。
けれど、その目は俺をまっすぐに見ていた。
「それでも、伝えるべきだ。国民は知らされていない。選択する権利すら奪われてる」
俺の言葉に、華奈先輩は少しだけ目を伏せた。
そして、静かに言った。
「……あなたって、ほんと、危なっかしいくらい真っ直ぐよね」
「え?」
「でも、そういうところ……嫌いじゃない」
俺は、言葉に詰まった。
華奈先輩がそんなことを言うなんて、初めてだった。
「私、報道部でずっとあなたを見てきた。最初はただの新人だと思ってた。でも、気づいたら……目で追ってた」
彼女は、少しだけ笑った。
その笑顔は、いつもの鋭さとは違って、どこか柔らかかった。
「……私、バカよね。こんな時に、こんなこと言うなんて」
「華奈さん……」
「いいの。どうせ、あなたは気づかないんだから」
彼女は、そう言って背を向けた。
けれど、去り際にふと立ち止まり、振り返らずに呟いた。
「でも、もし誰かに潰されそうになったら……私が守るから」
その言葉が、妙に胸に残った。
その夜、俺は炉門澄玲にも資料を見せた。
彼女は、祖父・正門力太郎の名が記された献金リストを見て、言葉を失った。
「……祖父が、こんなことを……」
「君の祖父は、原子力を信じていた。でも、その信念が、誰かに利用されていた可能性がある」
「私は……何を信じればいいんですか?」
「君自身の目で、見て、考えて、選べばいい。俺は、その手助けをしたい」
澄玲は、涙をこらえながら頷いた。
けれど、そのあと、彼女はふと俺の手元に視線を落とした。
そして、少しだけ微笑んで言った。
「……蒼核さんって、ほんとに不思議な人です」
「え?」
「私のこと、誰よりもちゃんと見てくれるのに……押しつけがましくない。優しい目で、そっと見守ってくれる」
彼女は、俺の手にそっと触れた。
指先が重なるだけの、静かな接触。
それなのに、心臓の音が急に大きくなった気がした。
「蒼核さんと話してると……自分の名前が、誰かに届いてる気がするんです」
「君の声は、ちゃんと届いてる。俺には、はっきりと」
彼女は目を伏せて、静かに微笑んだ。
そして、俺の手を包むように握り返した。
「……その言葉、ずっと欲しかったのかもしれません」
俺は、そっと彼女の手に触れ返した。
その手は少し冷たかったけれど――確かに、俺を求めていた。
「大丈夫。俺がいる」
彼女は、涙に濡れた笑顔で頷いた。
その夜、俺は初めて、彼女の手のぬくもりを守りたいと思った。