その涙に、嘘はない
夜の報道部。
蛍光灯の光が、資料の束に静かに落ちていた。
俺――蒼核誠一は、白電悠翔から渡された内部文書を見つめていた。
「原子力の平和利用を強調せよ。事故リスクは技術的に解決済み」
読売新聞の報道方針。
しかも、CIAからの資金流入まで記されていた。
「……これ、映画の中だけの話だと思ってた」
俺は、思わず椅子にもたれた。
「誠一、お前……怒ってるか?」
悠翔は冷静だったが、目は鋭かった。
「怒ってるっていうか……混乱してる。こんなの、どう受け止めればいいんだよ」
その夜、俺は炉門澄玲に会いに行った。
広報部の資料整理をしていた彼女は、俺の顔を見るなり立ち上がった。
「蒼核さん……顔色が悪いです。何かあったんですか?」
「君に、見せたいものがある」
俺は、文書のコピーを差し出した。
彼女は戸惑いながらも、それを受け取った。
「これは……報道方針? でも、こんな……」
「君が信じていた“平和の象徴”が、誰かの都合で作られた幻想だったら、どうする?」
澄玲は、震える手で文書を読み進めた。
やがて、目に涙が浮かんだ。
「嘘……こんなの、信じたくない……!」
「俺も。でも、君が信じてきた気持ちは、本物だと思う」
俺は、そっと彼女の肩に手を置いた。
「……私、祖父の言葉を信じて生きてきたのに……」
彼女の声は震えていた。
「その信じる力が、君の強さだよ。だから、一緒に問い直そう。何が本当なのかを」
彼女は、涙を拭いながら頷いた。
「……蒼核さんとなら、ちゃんと向き合える気がします」
その言葉に、胸が熱くなった。
彼女は、ただの“原子炉のプリンセス”じゃない。
真実に向き合う、強い人だった。
沈黙の中、彼女がぽつりと呟いた。
「……蒼核さんって、いつも私のことをちゃんと見てくれますよね」
「え?」
「資料を見せてくれる時も、話す時も……私の目を見てくれる。そういうの、すごく嬉しいです」
彼女は、少しだけ俺に近づいた。
肩が触れそうな距離。
俺は、なぜか息を飲んだ。
「私、祖父の名前で生きてきたけど……蒼核さんと話すと、自分の名前で生きてみたいって思えるんです」
「それが、君の“真実”だ」
「……じゃあ、私の“真実”は、蒼核さんと一緒にいること、かもしれません」
その言葉に、俺は一瞬、言葉を失った。
彼女の瞳は、まっすぐ俺を見ていた。
編集室に戻ると、報野華奈先輩が声をかけてきた。
「……あの子、泣いてたわよ。あなたのせいで」
「俺は、嘘を見せたくなかっただけです」
「なら、守りなさい。彼女の心を」
その言葉が、妙に胸に残った。
1955年の東京。
恋と報道の狭間で、俺たちの物語は静かに動き始めていた。