ミルク多めの恋、始めます
日比谷公会堂。
春の午後、柔らかな光がステンドグラスを通して差し込み、会場全体が淡い色に染まっていた。
壇上に立つ炉門澄玲は、まるで光に包まれているようだった。
白いワンピースに身を包み、肩上の黒髪を丁寧にまとめたその姿は、まさに“原子炉のプリンセス”。
澄んだ瞳が、会場の隅々まで届くように輝いていて
――俺は、思わず息を呑んだ。
「……あれが、広報の理想像か」
隣でぼそりと呟いたのは、白電悠翔。
腕を組みながら、冷めた目で壇上を見つめている。
「彼女、すごいな。あんなに堂々と話せるなんて」
俺は素直に感心していた。
緊張で手汗が止まらない俺とは、まるで別世界の人みたいだった。
「まあ、見た目も演出も完璧だしな。広報部のスターだよ」
「スターか……なんか、眩しすぎて目が焼けそうだ」
「お前、完全に惚れてるな」
「違うって。まだ審議中だ」
イベント後、控室で澄玲と再会した。
彼女は資料を抱えていて、俺を見るとぱっと笑顔を見せた。
「蒼核さん、見てくれてましたか?」
「もちろん。すごく堂々としてた。俺なんか、壇上に立ったら足震えるよ」
「えへへ、緊張しましたけど、祖父に教わった通りに話したんです。“国民は安心を求めてる。だから、笑顔で伝えることが大事”って」
「笑顔か……それ、すごく説得力あるな。俺も、報道部で笑顔の練習しようかな」
「えっ、報道部って笑うんですか?」
「たまにね。主に、コーヒーがブラックすぎたときとか」
彼女はくすっと笑った。
その笑顔が、壇上で見たものよりもずっと柔らかくて
――俺の胸が、少しだけ高鳴った。
「蒼核さんって、真面目そうなのに、意外と面白いですね」
「意外と、って言うなよ。俺、笑いのセンスには定評あるんだぞ。主に自分の中で」
「ふふっ、じゃあ今度、笑わせてもらいますね」
「……あの、蒼核さん」
「ん?」
「次の取材、もしよかったら……一緒にコーヒーでもどうですか? 報道部の人って、いつもブラック飲んでるイメージで……ちょっと気になって」
「俺は、ミルク多め派だ」
「えっ、意外です! なんか、可愛いですね」
「それは褒めてるのか?」
「もちろんです。じゃあ、次はミルク多めのカフェで、取材の打ち合わせしましょうね」
彼女は、そう言って笑った。
その笑顔は、まるで春の風のように、俺の心を優しく撫でていった。
――この日、俺は“報道”と“恋”の距離が、コーヒー一杯分くらい近づいた気がした。