白カーディガンの魔法
1955年、東京・日比谷。
春の風がビルの隙間をすり抜け、街に新しい季節の匂いを運んでいた。
舗道の石畳には、昼下がりの陽光が柔らかく差し込み、通りを行き交う人々の足元に、淡い影を落としていた。
俺――蒼核誠一は、読売新聞報道部の新人として、広報部主催の歓迎会に参加していた。
会場は、帝国ホテルの一室。格式高い空間に、ネクタイの締め方すら怪しい俺が立っているのは、ちょっとした場違い感があった。
「新人さん、緊張してるねぇ」
「はい……すみません」
「まあまあ、最初は誰でもそうだよ。飲み物、取ってきてあげようか?」
先輩たちの優しさに救われながらも、俺の頭の中はぐるぐるしていた。
社会人一年目。報道部。憧れの職場。
だけど、何をどうすればいいのか、まだ何も分からない。
そんなときだった。
「蒼核さんですよね? 報道部の方ですか?」
その声に振り返った瞬間、俺の中の“緊張”が一瞬だけ吹き飛んだ。
白いカーディガンに淡い水色のワンピース。
肩上で揺れる黒髪と、澄んだ瞳。
まるで、春の光をそのまま人にしたような
――炉門澄玲だった。
「はい。今日からお世話になります」
「わぁ、報道部ってかっこいいですね! ニュースって、国民の未来をつくるって祖父が言ってました!」
「未来……ですか。なんだか、すごいこと言われちゃいましたね」
俺は思わず笑ってしまった。
彼女の言葉はまっすぐで、ちょっと眩しい。
その眩しさに、少しだけ目を細めたくなるほどだった。
「でも……蒼核さんの目、なんだか緊張してます?」
「えっ、そんなに分かります?」
「はいっ。私も新人なので、仲間です!」
その笑顔に、胸がドキンと鳴った。
あれ? 俺、今――恋とか、してる?
「お前、あの子に惚れたな?」
隣から茶化す声が聞こえた。白電悠翔。
大学時代からの親友で、情報分析のスペシャリスト。
皮肉屋だけど、俺のことをよく分かってる。
「違うって。まだ会ったばっかりだし」
「ふーん。でもその目、完全に恋してるぞ?」
「……やめろよ」
俺は苦笑した。
でも、確かに――澄玲の笑顔は、ちょっと反則だった。
「……あの子、カーディガンの魔法、使ってるな」
「は?」
「白カーディガンは、清楚系ヒロインの制服だ。気をつけろ、誠一。あれは“推し”を生む服だ」
「……お前、何の研究してんだよ」
「恋愛工学だよ。最近は“第一印象の支配力”について論文書いてる」
「お前、新聞社に何しに来たんだよ……」
俺は、思わず吹き出した。
――この日、俺はまだ知らなかった。
この“白カーディガンの魔法”が、俺の人生を大きく変えることになるなんて。