「たぶんもう、恋だけど」
誰かの「嬉しい顔」を思い浮かべながら、計画するサプライズは、ちょっと照れくさくて、でもなんだかあたたかい。
夏弥が受け取った“想い”を、今度は彼女自身が返す番。
何気ない一言を覚えていたり、そっと寄り添ったり。
言葉にしなくても、手をつなぐだけで伝わる気持ちが、たしかにここにある──
【第1章 ep.8】
煌の誕生日を目前に控えた放課後。
まだ少し蝉の声が残る校庭を背に、夏弥は真斗と羽玖に声をかけた。
「実はね……次、煌の誕生日なんだ」
「うん、9月29日。知ってるよ」と羽玖が微笑む。
「そっかー、そりゃもうやるしかないでしょサプラーイズ!」
真斗は満面の笑みで、夏弥の肩をぽんっと叩いた。
「私も協力するよ。夏弥の気持ち、きっと嬉しいと思う」
「ありがとう…!」
あの日、自分のために計画してくれた煌のサプライズパーティー。
その嬉しさが、今も胸の奥に灯っている。
だから今度は、私から“ありがとう”を返したい──そんな思いが、自然と湧き上がっていた。
「どんな感じにしよっか?」
羽玖がノートを取り出しながら事情聴取を始めると
夏弥は小さく笑って、目を輝かせた。
「プレゼントも用意したいし、できればみんなで集まって…
でも、びっくりさせたいから、当日まで内緒にしたくて……」
「任せろ!」と真斗が自信満々に胸を張る。
「俺がうまいこと誘導して連れてくるから。煌が『なんでお前がこんなに必死なんだよ』って思うくらい完璧にやってやる!」
「ふふ、ほんと頼りになるなぁ」
羽玖の笑い声が、柔らかく風に乗った。
こうして作戦会議はスタートした。
教室の窓から差し込む陽が、少しずつ傾いていく中、
3人の“煌のための時間”が始まっていく──。
ー
教室の隅、夏弥・真斗・羽玖の3人は、昼休みに集まって作戦会議の続き。
「プレゼント、何にするか決めた?」
羽玖の問いに、夏弥は少し照れながら頷いた。
「うん……。前に話してた“黒の万年筆”、ずっと気になってたって言ってて。
音楽の歌詞を書くときに“手で書く時間が好き”って言ってたから、それがいいかなって」
「おぉ、めっちゃいいじゃん!」
真斗が満足げに頷く。
「ってか、そんな細かいとこまで覚えてるとか、もうそれ恋じゃん」
「ち、ちがっ……!」
夏弥が真っ赤になると、羽玖が優しく笑った。
「そういうのって、ちゃんと伝わると思うよ。心がこもってるし、きっと大事にしてくれる」
そして次は場所の相談。
「パーティーの場所は、うちにしようか?」
羽玖が提案した。
「家族は出かけてるし、リビング使っていいって言われてるから」
「助かる……! 飾り付けとかもしたいから、早めに集合しよう」
「了解! あ、俺は当日、煌をうまーく羽玖んちまで誘導する係ね!任せて!」
真斗は自信満々に親指を立てて、2人を笑わせた。
──そして迎えた、9月29日。
「え、なんで瀬南んちなんだよ」
「いーからいーから!いいもん見せてやるって!」
真斗は強引に煌の背を押して羽玖の家へと導く。
「……? なんか様子が……」
煌がドアを開けた瞬間──
クラッカーの音とともに、色とりどりのガーランドに囲まれた部屋から声が響いた。
「お誕生日おめでとう、煌!!」
ぱっと目を見開いた煌。
目の前には、笑顔で立つ夏弥、羽玖、そしてクラッカーを構える真斗。
「……マジかよ……」
戸惑うように視線を巡らせながらも、頬が少しずつ緩んでいく。
「びっくりした?」
夏弥が、少し緊張した声で聞くと──
「……うん。めっちゃ」
その一言に、夏弥の表情もふっとほころんだ。
煌のために、煌を想って、みんなが集まった夜。
静かに、でも確かに、胸の奥に温かい灯りがともった。
ー
クラッカーの音も落ち着き、手作りの飾りとテーブルに並んだ軽食に囲まれて、サプライズパーティーは笑いとともにゆっくり始まった。
羽玖が作ったサンドイッチやクッキー、真斗が買ってきたフライドポテトとジュース、そして——
「お祝いといえば、やっぱりケーキだろ!」と真斗がどや顔で取り出したのは、チョコプレートに「Happy Birthday Aki」の文字がのったバースデーケーキ。
みんなで「おめでとう!」と声を重ね、煌は少し照れくさそうに、けれど確かに嬉しそうに笑った。
「……ほんと、ありがとう。俺のために、こんなにしてくれて」
「それだけ、みんな成瀬くんのこと好きってことだよ」
羽玖が微笑むと、真斗も「おう、感謝しろよな!」と軽口を叩く。
そして、夏弥が少し前に出て、両手で小さな袋を差し出した。
「えっと、これ……プレゼント。
私の誕生日、煌が色々考えてくれて……すごく嬉しかったから。
私も、何かお返しができたらって……そう思って、準備したの」
一瞬、煌の目が見開かれる。
受け取った袋の中から、丁寧に包まれた細長い箱を取り出し、ゆっくりとリボンをほどく。
中に入っていたのは、深い黒に金の装飾が美しい──上品な万年筆だった。
「……これ……」
煌の声が、少しだけ震えた。
「……これ、俺が……前に話したやつだ」
「うん。覚えてた。
“曲作りのとき、手で書くのが好き”って。
だから、これで……また素敵な言葉、紡いでくれたらいいなって」
その言葉に、煌はしばらく黙ったまま、万年筆を見つめていた。
そして──
「……すごいな、夏弥って」
「え?」
「俺、そんなにちゃんと話してたわけじゃないのに……。
覚えててくれたんだな。……めっちゃ嬉しい」
夏弥の頬がほんのり赤く染まる。
煌は万年筆を大事そうに箱へ戻しながら、少しだけ照れたように、でも確かな目で夏弥を見る。
「……大切にするよ。ありがとう」
その声に、夏弥もまた、まっすぐに笑顔で答えた。
その場には、温かい時間が流れていた。
笑い声と、胸にしまったドキドキが、静かに夜を彩っていく。
ー
サプライズパーティーの余韻を胸に、夜風が肌を撫でる帰り道。
煌と夏弥は並んで歩いていた。
「今日は……来てくれてほんとにありがとうね」
夏弥がふと、隣を歩く煌を見上げて言う。
「ん……うん。俺のほうこそ」
煌の返事は短くて不器用だけど、声はどこか穏やかで、あたたかい。
沈黙が少し続いたあと、夏弥が意を決したように口を開いた。
「……ねえ、今度……煌が作った曲、聴かせてくれない?」
煌は少しだけ驚いたように瞬きして、すぐに視線を前に戻す。
そして、少し照れたように口元を緩めた。
「……うん。今、ちょうど新曲作ってる。できたら……一番に聴かせる」
その言葉に、夏弥の胸がきゅっとなった。
嬉しくて、くすぐったくて、でもどこか切ないような──そんな気持ちが胸いっぱいに広がっていく。
そのとき、不意に煌の手がそっと夏弥の手に重なった。
指先が触れるだけの、控えめな繋ぎ方。
けれどそこには、確かに込められた想いがあった。
何も言わなくても、手のひらを通して伝わってくる。
今、この時間を共有できていること。
この想いが、ちゃんと続いていること。
夏弥は握り返すことはしなかったけれど、手を離しもしなかった。
ただ、そっとそのぬくもりを感じながら、静かに笑った。
そして──
季節はゆっくりと秋へ移り変わる。
風に金木犀の香りが混じりはじめた頃。
学校では、いよいよ文化祭の準備が始まっていた。
夏弥たちのクラス、煌が所属する軽音部、そして真斗や羽玖も巻き込んだ、賑やかで特別な時間が動き出す。
それぞれの「想い」を胸に秘めて──
高校2年の秋、忘れられない文化祭が、幕を開けようとしていた。
一緒に笑って、一緒に驚いて、一緒に手をつないだ夏。
まだ「好き」とは言っていないけれど、ふとした仕草や言葉の端々に、確かな“変化”が芽吹いている。
幼馴染という関係のままでいられた時間が、少しずつ、でも確実に塗り変わっていく──
次にやってくるのは、文化祭。
たくさんの人がいて、たくさんの音があって、たくさんの想いが交差する場所。
煌と夏弥の関係も、あの賑やかな空間で、また一歩、動き出します。
——向灯葵