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100年振りの再会

 一冊も乱れの無く大量に並ぶ本、曇りもなく銀色に輝くカップ、艶々と光沢のある白い大理石の床、表紙の文字などとうに擦り切れた本を私は読み込んでいた。そして、私の袖元にあるのは権威を示す様にきらりと輝くカフスの宝石。

妖精族の権威ある家の令嬢である私は、責務を果たす為に長い寿命を活かして、とある事についての文献をずっと読み漁っていた。175年間は目にしている光景に、普段であったら異様なものが目の前にいた。


 泥で汚れ、服もボロの布きれを纏わされたような、薄汚い様相の女が決まりを悪そうに目を逸らし、私の前に立っている。…いや、立たされていると言った方が正しいのだろうか。

彼女の顔には見覚えどころか、ずっと旅からの帰りを待っていた女性であった。身に纏うものが汚くなっても彼女の凛とした若々しい顔立ちと夜明け色のような瞳はあの時から一切たりとも変わりがない。


身分は私の方が上だ。先に彼女が話すことは許されない。正直彼女に無礼講をされても気にしたことでは無いし、寧ろ嬉しいが彼女の方はそうもいかないらしい。私が話し出すことにした。


「ご機嫌よう…それで、一体何年振りですの?」


彼女はびくりと尻尾を股の下に入れ、大きな丸い耳をぺしゃりと垂らしてしまった。

彼女を責めない訳では無いのだ、ここまで悲しげにされるとなんだか悪い事をしている気分になる。


「はぁ…私は怒っておりませんの。どうぞ、お話になって?」



「ヴィオレ…様、大体100年振りくらい...本当に大変なトラブルが起きてしまい、すごーく恐縮で、怒らずに聞いて頂きたいのですが...」


彼女は顔を青白くさせて、体躯の割には短めなしっぽをパタパタと揺らす。どうにも落ち着きが無い。

そういえばもう100年経っていたのか、私は彼女の帰りをずっと心待ちにしていたのにこの時間は彼女と私の心の距離を随分と遠ざけてしまったようで、とても寂しい。



「お話なさい?…それと、貴女無理に敬語を使わなくても大丈夫よ、私と貴女の仲でしょう?」


「は、はい……」


彼女はチラと両脇で挟まれている衛兵の様子を伺いながら恐る恐る口を開き、鋭い犬歯がちらりと覗かせる。


「実は、なんか呪いをかけられたらしくて不老不死になっちゃったんだよねえ…ヴィオレってこういうのに詳しかったりする?」


「へえ、不老不死に…」


「……不老不死になる呪いですって!?!?!?」


ヴィオレは人生、いや妖精生として一番大きな声を出した。


*


彼女曰くはこうだ。


"旅に出て3年目で記録が残らない土地に行ってみたら、悪魔?の集落に入って呪いをかけられた。しばらく監禁状態にあったが逃げ出したが100年ほど経っていて血縁について街で尋ねたら皆死んでいた"


ということらしい。


私は思わず頭を抱えた。

悪魔の話は本来人に聞かせて良いものではない検閲された内容のものだ。私は衛兵を下げさせ、この部屋には私と彼女の2人きりとなった。


そもそも、妖精族である私と違い彼女は短命種だから若い頃の容姿のままで来た時点でおかしいとヴィオレはようやく異変に気づいた。

私は帰りを心待ちにしていた女性…ミハナダの目をため息をつきながらも見つめる。

ミハナダ自身もこの事態の大きさは分かっているようだ。彼女はこの経緯の説明をした後もずっと後ろめたそうにしている。

悪魔に呪いをかけられたというとんでもない事実があるが、それ以上にそこで頼るのが自分であったということと、久しぶりに帰ってきたということは正直この事態を吹き飛ばす程には嬉しいが、それをはっきりとはその人形のような顔をぴくりとも動かさずに内心はこれまでにない位にはしゃいでいた。


「…とりあえず、身体を洗ってきたらどうです。使用人部屋にある浴室を使って頂戴。服も用意致しますわ。詳しい話はそれからにしましょう。」


ヴィオレのその言葉を聞いたミハナダはほっと胸を撫で下ろし、先程までずっと下がっていた耳と尻尾をぴこんと立たせた。


「…分かったよ!ありがと、ヴィオ嬢!」


彼女は爛々と笑う。ああ、懐かしい。彼女の陽だまりのような笑顔に私は癒されていたのだと思い出す。彼女は私にとっての唯一無二の道化師だった。

部屋の外に出ていた衛兵にその旨を伝え、彼女の事を他の使用人にも伝えた。

少しして彼女はあの時と変わらぬ鮮やかな空色の髪とサイズの窮屈そうな質素なワンピースを身に纏って私の元へ戻ってくる。


「お待たせ!わざわざアタシサイズのを用意するの、大変だったでしょ?ありがとね!」


彼女は丈の長いワンピースの下で窮屈そうにしっぽを揺らしていることが生地から分かる。それなのにこのように感謝を述べるだなんてなんで健気なのだろうか。採寸して新たに彼女の服でも用意させようか…と考えていると、彼女はついに本題へ切り出した。


「…それで、アタシの呪いのことなんだけど…」


彼女はまた神妙な様子で私に尋ねる。彼女が更に続ける前に私は食い気味に答える。


「その呪いは私が絶対に解きます。

私だって寿命の短い貴女を旅に見送るのは辛かったわ。

…それなのに、封印されていた悪魔にお手付きをされるとは、思いもよりませんでしたわ。」


「…ヴィオレ」


私だって、彼女の寿命を伸ばそうと考えたことがある。だけれどもそれは禁術であり彼女の意思を全くと言って良いほどに尊重をしていない。不老不死となった彼女の心境は察するに余りある。私は彼女の大きな手をそっと握り、続ける。


「…だから、私が封印されていた悪魔をこの機会に全て消滅させましょう。」


神の産んだ負の遺産を払う時がついに来た。

彼女をこのような傷物にするだなんて、

私は絶対に許さない。


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