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悪夢




「うっ!」


気が着くとギネスは、薄汚い路地裏で目を覚ました。


さっきまで話していたヴェロニカの姿は、どこにもない。

辺りは、民家の物音と住民の話し声が聞こえる。


「ヴェロニカ!?

 いないの!?」


ギネスは、大声をあげてヴェロニカを呼ぶ。

しかし期待も虚しく返事はない。


(誰かの狩りに―――()()に引き込まれた。)


どうやら不用心に謎を探り過ぎたらしい。


不意に銃声が響き、ギネスの脚を狙った。

だが()()()()()()に弾丸は、背後の石畳で跳ねた。


「はあ…。」


ギネスは、ワザとらしく溜め息を吐く。

両手に自分の仕掛け武器を構え、敵を迎える。


「人違いってことはない?」


「馬鹿だけがする質問ひつもんだぞ。」


脂ぎった顏の中年男が答えた。

”ベーコンヅラ”ルイだ。


彼は、確かに糞虫スカラベの狩人だが暗殺部の所属ではない。


(といっても暗殺部の連中は、表向きの所属ってものがあるからねェ。

 まあ、コイツの性格から言って巣穴デンに隠れて何かやってた方が濃厚さね。)


敵との距離があるうちにギネスは、指笛を吹く。

すると夜霧の闇を切り裂いて一頭の黒い馬が駆けて来た。

ギネスは、あやまたず走り続ける馬の背に飛び乗る。


「逃がすな!」


馬で逃げようとするギネスを2頭の馬が追う。

その背には、狩人が騎乗していた。


一人は、真っ赤な狩り装束に身を包んでいる。

赤頭巾レッドフード”ルビーだ。


もう一人は、巨大な仕掛け武器を引っ提げていた。

あまりにも大き過ぎるため、街路みちの上を引き摺って火花をあげている。


あれが屠殺者スラットラー

なら彼女が”負け犬(ショートエンダー)”エリスだろう。


「来いよ、あばずれ!」


ギネスは、馬首を返すと追手に向き直る。

馬速の早い赤頭巾のうま負け犬(エリス)の駒を追い越した。


「ふあーッ!」


赤頭巾の騎士槍ランスが白い蒸気を吹き、火花を散らす。

内部に矛を押し出す杭打機パイルバンカーを備えた仕掛け武器だ。


だがギネスの双剣は、赤頭巾の槍を容易く撃ち落とした。

そのまま素早く双剣を反転させる。


一瞬、双剣に月の光が反射した。

銀の光は、女狩人の細く白い首にり込む。

そして第二撃の刃は、赤頭巾の首を刎ねた。


赤頭巾の首が石畳に落ちる。

すぐにその隣を負け犬が駆け抜けた。


負け犬の屠殺者が真っ赤な火を噴く。

地獄の悪魔の舌に似た厭らしい炎がギネスに振り下ろされた。


しかしギネスは、難なくこれをかわす。


「毒蜘蛛。

 ―――毒蜘蛛か。」


得心したように負け犬が呟く。


(なるほど動きが素早いのが毒蜘蛛と呼ばれる理由か。)


負け犬(エンダー)

 挑発に乗るなッ!!」


かなり遅れてベーコン顏が追い付いた。

―――もちろん狩人は、並みの馬よりもずっと速い


馬上で独り、ギネスは、苦笑いした。

流石にまともに正面から二対一は、苦しい。


だが相手は、待ってなどくれない。

ベーコン顔と負け犬が連携を取って迫って来る。


「くそッ!」


ギネスは、馬から滑り降りた。

走って来る裸馬の体当たりを避ける為、負け犬の馬速が落ちる。

ベーコン顏と負け犬の距離が離れた。


ギネスは、素早くベーコン顔に襲い掛かる。

一瞬の判断の遅れが相手に付け入る隙を作るからだ。


だが今回は、焦り過ぎた。

ベーコン顔は、逆に後退り、ギネスの攻撃を躱した。


「ふふっ!

 そう上手くいくと思うな。」


「あうッ!」


ベーコン顔の斧がギネスの腕を捉えた。

骨まで達する斬撃が毒蜘蛛の肉を断つ。


そのまま斧は、毒蜘蛛を無慈悲に襲い続ける。

街路に血だまりが出来、毒蜘蛛の悲鳴が夜の街に反響した。


「ひああーッ!

 ひッ…いあ……ああッ!!」


「死ね、売女ァッ!!」


ベーコン顔が得意げに斧を振り上げる。

瀕死のギネスに死の一撃が見舞われようとしていた。


だがベーコン顔が暴力に酔っている間に負け犬は、物言わぬ死体になっていた。


負け犬を仕留めた黒い影は、続けてベーコン顔を背後から襲う。

白銀の刺突剣がベーコン顔(ベーコンフェイス)を貫通して姿を見せた。


「あ、あう……。

 お………あッ。」


ベーコン顔がたおれるとギネスは、輸血液を自分に注射する。

特殊な精製によって造られたこの血液製剤は、あらゆる傷を速やかに塞ぐ。


「御姫様を助ける騎士にしては、来るのが遅かったよ。」


ギネスは、そう言って血だらけの顏で笑った。

彼女が見上げる先に若い狩人が立っている。


「かなり悪夢の辺境に飛ばされたので。

 貴方を見つけられないと焦った時は、僕もヒヤリとしましたよ。」


「よくできました、レイニー。」






ギネスが敵襲を受けている間、ヴェロニカも別の場所に呼び出されていた。


血狂ちたぶれた狩人の悪夢に入り込んだか?)


ヴェロニカは、周囲を注意深く観察する。


迂闊に動かない方が良い。

それは、おおよそ間違っていないだろう。

だが今回は、相手が悪かった。


「うおおおっ!!」


襲って来たのは、”駄犬のキンタマ(マッツナッツ)”ロッツだ。

向こう見ず、考えなしで暴れ回る怪力男だ。


不意を打たれてヴェロニカは、頭を殴打される。

しかし二撃目を受ける前に素早く逃れた。


「う…ッ!

 …”優れもの(マッツナッツ)”ロッツか…!」


ヴェロニカも仕掛け武器と獣狩りの銃を構える。

猪突してくるロッツに水銀弾を打ち込んだ。


「ぐお!?」


体勢を崩して倒れかかったロッツにヴェロニカは、武器を振り下ろす。

不気味なノコギリとも斧とも言えない異形の武器がロッツを叩き潰した。


大小さまざまな刃が、ねっとりと血を引いてロッツから離れる。

しかしヴェロニカは、第二撃を加えず、ロッツから距離を取った。


「ぐうう……!

 ヴェロニカ……!!」


「いい加減に諦めてくれないか。

 もう何度も私は、お前を殺してるだろう?」


ヴェロニカは、そう言ってウンザリしたように眉を寄せる。

だがロッツの目には、激しい怒りの炎が燃え続けていた。

決して諦めない強い殺意が見える。


「正直、お前を殺して―――目を覚ますころには、お前なんか忘れてる。

 私、いつお前を殺したんだっけ?」


「畜生ォ!」


ロッツは、棍棒を変形させた。

長柄を両手持ちに変え、血走った目で突進してくる。


しかしヴェロニカは、冷静に怪力男を始末した。

悍ましい刃が胸をえぐり、真っ赤に染まったロッツは、事切れる。


だが倒れたはずのロッツの姿は、瞬きする間に消えた。

そして何事もなかったようにロッツが再び襲ってくる。


「ヴェロニカッ!

 今度こそお前が死ぬ番だァッ!!」


「深刻的にしぶといね。」


ヴェロニカは、溜め息を吐く。


ロッツは、鼻息荒く突撃して来た。

しかし狩人としてヴェロニカは、ロッツより一枚も二枚も上手だ。

何度、挑んで来ようとも敵ではない。


そもそもロッツの手の内がヴェロニカに知られている。

こうなると実力以上にロッツに勝ち目は薄い。


それでもロッツは、引っ切り無しで襲ってくる。


「おい…。

 おい、いい加減に諦めろよ。」


ヴェロニカは、疲れた様子で仕掛け武器を構え直す。

眼前には、相変わらず怒り狂ったロッツがいる。


「お前がくたばるまで諦めるかッ!」


(まずいな。)


ヴェロニカは、ロッツを相手にしながら考える。


狩人は、時に殺した相手を夢に見る。

助けられなかった人間。

目の前で死んでいった仲間という場合もある。


それが悪夢だ。


しかし本当に屈強な狩人は、悪夢に囚われず、目を覚ます。

正常な世界に帰正きせいできるのだ。


(問題は、目を覚ますと悪夢の内容を忘れちまうこと。

 私は、どうやってここから抜け出てるんだ?)


殺した覚えもない相手に抜け出す方法の分からない悪夢。

ヴェロニカは、流石に自制心が緩んで来た。


(落ち着け。

 暴力に酔うな。

 理性を疲れさせるな。


 私は、悪夢を振り払える。

 ―――ここから出るんだ。)


そうヴェロニカは、自分に念じた。


だが悪夢から戻って来ない狩人は、誰だってそう思っていた。

強く願えば抜け出せるほど悪夢の泥濘は、易しくない。


「キヒッ!

 随分と弱気になってるじゃない。」


姿を現したのは、”毒蜘蛛”ギネスだ。

悪夢の深層を抜け、助けに現れたのだ。


しかしヴェロニカは、疲れた目で彼女を睨んだ。

明らかに尋常な反応じゃない。


「……()()()私を殺しに来たのか?」


殺気立ったヴェロニカにギネスの目が点になる。

堪らず目の前の出来事を否定したいばかりに嫌な笑いが出た。


「キヒヒヒ…。

 はあ、”ソーベリックの人喰い鬼”が悪夢に囚われるとはねェ…。」


考えが甘かった。

悪夢に囚われた狩人を救い出すのは、決して甘くない。

ましてヴェロニカ・ダヴィーンは、並みの狩人じゃない。


「消えろ…ッ!」

 消し飛ぶんだ…ッ!!


ヴェロニカは、仕掛け武器を変形させる。

本性を現した幾本もの禍々しい凶刃たちが広がった。


ギネス嬢(ミラディ・ギネス)(m'lady Gwyneth)!

 危ないっ!」


ギネスとヴェロニカの間に少年狩人が飛び込む。

先刻、ギネスを助けたレイニーだ。


見た目に似合わない怪力でヴェロニカの攻撃を弾く。

そして一瞬の隙をついて刺突剣でヴェロニカを貫いた。


だがヴェロニカも凡百ではない。

正確に急所を狙った刺突を回避していた。

とはいえ刺突剣は、ヴェロニカの肩を刺し貫いている。


(そう容易くないか…!)


レイニーの刺突剣が手槍に変形する。

距離を取ってヴェロニカを迎え撃とうというのだ。


社交室の蜥蜴(ラウンジ・リザード)

 ―――くそったれの男娼野郎…!」


ヴェロニカが走る。

まばたきの内に手槍の懐に潜り込む。

目にも止まらぬ速さでレイニーに迫った。


ヴェロニカの攻撃が来る。

レイニーは、身構えた。


「―――ぐッ!?」


しかし寸でのところで邪魔が入る。

ギネスの横槍だ。


右手に”蜘蛛の爪”。

左手に”蜘蛛の牙”。

いずれも一本の柄に二振りの刃を持つ双剣の仕掛け武器だ。


これら4つの刃に毒液を塗りつけて戦う。

先刻の素早さ、しなやかな身のこなし。

”毒蜘蛛”ギネスの異名は、ここから来ている。


ヴェロニカは、一度、ギネスとレイニーから距離を取って体勢を整える。

3人は、睨み合って小康状態になった。


そんな中、


「邪魔するなッ!

 よ、横から割り込んで俺の狩りを邪魔立てするか!?」


ロッツがそう言いながら3人の動きを見計らっている。

背中越しにレイニーが呆れたように答えた。


「…割り込む隙があれば、いつでもどうぞ。」


ここからは、完全にギネスとレイニーがヴェロニカをし始めた。

手数と速さに限って言えばギネスとレイニーは、狩人でも超一級に着ける。


刃と刃、あるいは、刃と肉が触れ合う。

血と火花が3人の間を彩った。


手槍と二振りの双剣がヴェロニカを絶えず襲い続ける。

美麗な”人喰い鬼”の全身に細かな切創が広がっていく。


(でも、これをさばくか!?)


ギネスは、焦り始めた。

すでにヴェロニカは、二人の攻撃に慣れ始めている。

それどころか手の内を読み切って反撃に転じ始めた。


「ぐっ…!」


レイニーが腕をやられた。

ギネスも額を斬られる。

真っ赤な血が鼻の先から垂れた。


「…嘘ッ!

 ……こ、こんなことって…!」


対するヴェロニカは、冷ややかだった。


(どんどん雑になるな。)


ギネスとレイニーの自慢の速さは、単に粗雑なだけ。

相手が獣なら通じても狩人には歯が立たない。


「がは……!?」


だがヴェロニカが突如、吐血する。

顔色が青くなり、歯の根が合わず、カチカチと鳴り始めた。

ギネスの仕込んだ毒だ。


一瞬、ギネスの表情が明るくなった。

しかし複雑な気分だった。


(毒が良い具合に回って来て助かった…。

 でも、私たちは、いったい何やってるんだ?

 ヴェロニカを悪夢から目覚めさせようっていうのに。)


「……そうか。」


ギネスは、後ろにいる”駄犬のキンタマ”ロッツを見た。

さっきからずっと戦いに入り込めず、遠巻きに様子を伺っている。


「レイニー、そのお調子者を殺して。」


ギネスがヴェロニカを引き受けながらそう言った。

レイニーは、注意深く戦いから抜ける。


「分かりました、女主人(ミレディ)。」


そしてレイニーがロッツの方に襲い掛かった。

ロッツにとって何が何だか分からない。


「うお…おおっ!?

 な、なんで今度は、俺を殺しに来やがるんだ!?」


急に標的にされたロッツは、今度は打って変わって逃げ回るようになった。


「小僧ッ!

 お前らは、ヴェロニカを狩りに出たんじゃないのか!?」


「いいや。

 よく考えると最初からあんたを狩るべきだった。」


そう言って美しい男娼は、刺突剣でロッツの喉を掻き切った。

彼の端麗な顏に返り血が飛び、ロッツの瞳が瞼に裏返った。


「があ………っ。」


斬られた喉を抑えながらロッツは、膝から倒れる。

そして二度と起き上がることはなかった。


すると同じ頃、ヴェロニカにも異変が現れていた。


「うう…っ。

 ふう………あ。」


両手で顔を抑えたヴェロニカは、眠気を堪えるように低い声で唸っている。

やがて彼女の身体は、霧のように消えていった。


「キヒヒヒ…。

 なるほどね。」


ギネスは、血だらけの顔を腕でぬぐった。

彼女にレイニーは、訊ねる。


「ギネス嬢。

 なぜ、ロッツを殺すことが悪夢を終わらせるカギなのですか?」


にぶいね、お前。」


ギネスは、少し気の毒そうに答えた。


「次に悪夢でロッツに付きまとわれるのは、お前さね。

 どういう仕組みでそうなったのか分からないけど。

 そりゃ、悪夢で殺した相手ならヴェロニカも覚えてないのは、道理じゃないか。」


そう話している間に朝日が登って来る。

薄暗い路地裏に光が差し込む。


やがてギネスとレイニーの姿も陽光の中に消えていった。




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