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調査




六都市地方(シックスバラズ)一の高級住宅を目指してブレーホは、整備された。

広大な敷地を持つ豪奢な屋敷が並び、周囲の商業施設も充実している。

道も広く、街路樹や彫刻も並べられた風光明媚な街である。


「意外に自然が残ってるじゃないか。」


街の外れまでやって来たヴェロニカは、馬上でそう言った。

隣には、ギネスがいる。


「キヒヒヒ…。

 まあ、私たちには、縁のない暮らしだよ。」


「そう決め付けることもないさ。」


「ああ…。

 …そういや、あんたは、列記とした貴族だったねェ。」


ギネスは、そう言ってニタリと笑う。

自嘲するようにヴェロニカは、肩を揺すって答えた。


「一応ね。

 でも貴族と言っても貧乏貴族さ。

 大層なもんでもないよ。」


「謙遜しない。

 立派な家系図があるんだろォ?」


二人が無駄口を叩いていると警官が近づいて来る。

腹の出た中年男で持った警棒で自分の手を打って音を鳴らしていた。

警官は、しばらく二人の狩人を黙って睨んでいた。


「…狩人様。

 申し訳ないがここは、よその街のように自由に立ち入ったりできませんぞ。」


満を持したように警官は、そう言った。

自信満々の態度である。


しかしヴェロニカもギネスも警官を無視して素通りした。

思わずギネスは、笑い出しそうになったぐらいだ。


呆気にとられた警官は、目を丸くして怒った。


「おい!

 ここには、勝手に入るなと言ってるだろ!!」


警官は、怒鳴って後を着いて来る。

しかし獣狩りの狩人がただの人間に臆する訳がない。

娼婦や物乞いを追い返す要領で狩人が引っ返すものか。


察するに蒼天院のホーガンは、社会的な常識を備えていたのだろう。

警官に対して従順な態度を取って見せたに違いない。

それは、無用な騒ぎを起こしたくないためだ。


ところがこの街の警官は、それを思い違いしたらしい。


「あーあー…。

 ヴェロニカ、追いかけてくるよ?」


ギネスがそう言うとヴェロニカは、困ったように目を閉じる。


「そうだな。」


短く答えるとヴェロニカは、馬首を返す。

その場で馬を止めると警官が追い付くのを待った。


狩人が止まったので警官は、駆け足で近づいて来る。


「よし、止まれ!

 そのまま動くんじゃない…!?」


だが追い付いた彼を待っていたのは、ヴェロニカの蹴りだった。

そのまま警官は、道路に倒れ込んで動かなくなった。


「おい。

 死んだんじゃないの?」


ギネスは、そう言って振り返る。

ヴェロニカも少しだけ振り返った。


「本当か?

 軽く蹴っただけじゃない。」


二人は、白昼堂々、警官殺しをしでかして立ち去った。

人を殺しても冗談交じりとは、狩人の業の深いことよ。




「事情は聴いている。」


豪華な家具の並んだ客室。

そこで二人の狩人を歓待するのは、上等な背広の老人だった。

森林大臣、ロバート・クーペ男爵である。


「しかしマリア。」


老人は、ヴェロニカをその名前で呼んだ。

どうも男爵は、旧知の間柄のつもりらしい。

しかしヴェロニカは、そんな老人の態度に気持ち悪そうに眉をひそめた。


「まさかそんな恰好で獣の狩人をやっているとは、知らなかったぞ。」


「ダンスパーティに出るような恰好ドレスで獣を追いはしませんよ、クーペ卿。」


そうヴェロニカは、冷たい顏で答えた。

クーペ卿は、手を口元を抑えて暫く考えてから再び口を開く。


「正直、君は、獣を追う前にダンスパーティーで結婚相手を探す方が先だぞ。

 名誉あるルイス家の令嬢が。」


老人の説教を二人の狩人は、聞き流した。


二人の段取りは、こうだ。


先の狩人たちは、失敗し、獣もそれなりに警戒している。

そこで家事使用人サーヴァントとしてクーペ男爵邸に身を潜める訳だ。


「明日にでもカーナヴォン邸に出かけよう。

 その時に君らも着いて来給え。」


クーペ卿は、そう言って明日の予定を確認した。

男爵が席を立つと二人の狩人は、意見を交わす。

獣の目算についてだ。


「どう思う?」


「人間に変身できる程度の獣という可能性はあるが…。

 それだけでセスがやられるとは思えない。」


ヴェロニカがそう言って窓から庭を眺めた。


当然ながら獣は、猫や犬のような場所を通らない。

熟達した狩人であれば人間に姿を変えて潜む獣でも足取りを掴むことができる。

しかしヴェロニカの見立てでは、その痕跡がない。


「つまりヴェロニカ。

 君が見た感じだと、この獣は、雲か煙にでも化けられるってことかい?」


「ほぼその線だな。」


ヴェロニカの回答にギネスは、天を仰ぐ。


狩猟官ヴヌールであり獣狩りの狩人(シャサール)でも屈指の追跡者、ヴェロニカの答えだ。

覆しようもなく正解に近いと察しがつく。

仮にもしヴェロニカの目を欺く獣だとしたら他の狩人でも手が出ないだろう。


「最悪じゃん。」


「悪いが先にボカルメ病について調べさせてもらう。」


ヴェロニカがそう言って念を押す。

ギネスは、逃げるようにベッドに飛び込む。

そしてワインを開けて一気にグラス一杯飲み干した。


「約束だからね。

 それよりあんたも飲む?」


「いや、私は、飲まない。」


ヴェロニカは、ボロボロの狩り装束のまま床に腰を降ろした。

そのまま背中を壁に預けて寝入ってしまう。


「そこで寝るのか。」


ギネスは、暫くワインの相手をして、満足すると横になった。




翌日。

日没頃にクーペ卿と共に二人の狩人は、カーナヴォン邸に赴いた。


()()では、ギネスが従者。

ヴェロニカは、親戚の娘ということになった。


「やあ。」


クーペ卿は、30代半ばぐらいの青年に挨拶する。

第一印象でピーター・カーナヴォンは、かなりやつれた顔をしていた。


「男爵閣下。

 お心使い感謝します。」


「君も細君の看病で心が休まらんだろう。

 どうだ、ヴィクトリア夫人の様子は?」


「ええ。

 相変わらず吐血が酷く…。」


そう話すピーターの眼には、涙が。

しかしそれで驚く狩人ふたりではない。


「輸血液を手に入れようと思うのですが…。

 閣下のお力添えを頂ければ幸いです。」


「おいおい。

 滅多なことをいうんじゃない。」


「金なら幾らでも用意します!

 会社を手放してでもヴィクトリア(ヴィッキー)を助けたいのです!」


男爵が来て1分と経たない内にピーターは、酷く興奮していた。

堪らずクーペ卿も目を白黒させる。


「細君の病は、抗生物質で治るのだろう?

 特別な血を取り寄せる必要はないはずだ。」


「…ああ、ああ。

 そんなことを言わないで下さい。」


あまりに豹変したピーターにクーペ卿は、動揺を隠せない。

しかし今度は、言葉を荒げ始めた。


「おい、ピーター君。

 君は、私を伝手に血を手に入れる為に近づいたのかね?


 心外だな。

 私は、友情を信じてこうして君の家を訪ねたのだがね。

 それは、まったくの偽りであった訳か。」


するとピーターは、首を激しく横に振った。


「い、いいえ、閣下!

 しかし妻が病に伏して5年になります。

 …こうした考えに囚われてもおかしくはないではありませんか?」


「それは、君の気持ちが分からん訳じゃないが…。」


クーペ卿は、一先ず逃げるように客間に足を運ぶ、

いつまでも玄関で口論しているのも奇妙だ。

それに場所を移せばピーターも少しは落ち着くと考えてのことだった。


「私は、あまり輸血液を信頼しておらんよ。」


クーペ卿は、ソファに腰を降ろしてそう言った。

ピーターも対面の席に座る。


ギネスは、従者らしく男爵の後ろに着いた。

一方、ヴェロニカは、別行動に出る。


クーペ卿は、ヴェロニカが部屋を出ていくのを見計らって会話を再開する。


「輸血液は、良く効く。

 しかし他人から絞った血を使って命を長らえるというのは…。」


「忘れて下さい、閣下。

 僕も気が動転して変なことをつい…。」


ピーターは、そう話して項垂れる。

その様子をギネスは、じっと見つめていた。


(演技とは思えない。

 本当に自分の女のことを心配している。)


とはいえ、それでは、説明が着かないことばかりだ。

ボカルメ病は、普通に生活していて感染するものじゃない。

計画的にヴィクトリアに感染させ続けているのは、疑いようがない真実だ。


(じゃあ、こいつ以外の誰かか?)


カーナヴォン邸には、妻と彼しかいない。

それは、調査報告通りだ。


5年間、夫婦に仕える執事だとか召使がいる訳でもない。

この数年で使用人は、全員、入れ替わっている。

継続してヴィクトリアにボカルメ病を感染させられる人間はいない。




ヴェロニカは、狩人の秘儀で気配をくらまして邸内を調べた。

召使たちは、ヴェロニカの姿を見ても記憶に残らない。

そこに居ても一切、まるで気に留めることがないのだ。


(ここがヴィクトリアの部屋だな。)


血の臭いを頼りにヴェロニカは、病室に辿り着く。


部屋の中では、夫人が一人で過ごしていた。

ヴェロニカに気付かず、夫人は、そのまま読書を続ける。

病人にとっては、他に出来る事もない数少ない暇潰しだ。


床には、血だらけの洗面器がある。

夫人の顏は青白い。


(まあ、ここに来ただけじゃ何も分らないよな。)


ヴェロニカは、しばらく部屋を調べる。

もちろん何か見つかるとは、思っていなかったが。


しばらくするとクーペ卿とピーターたちが病室に入って来た。

男爵は、ヴィクトリアに挨拶する。


「今晩は。

 ヴィクトリア、加減はどうだね?」


「今晩は、閣下。

 ……ええ、普段通りです。」


ヴェロニカは、クーペ卿と夫人、ピーターの型通りの詰まらない会話を眺めていた。


「…仕事にも限界を感じています。

 妻のもとで1時間でも良い。

 長く過ごしたい。」


「弱気になっちゃいかんよ、ピーター。」


クーペ卿は、ピーターを励ました。

その様子を心配そうに夫人も見守っている。


(これじゃヴィクトリアを見舞いに来たのかピーターを見舞いに来たのか分からないな。)


ヴェロニカは、そう考えながら溜め息を吐く。




「獣も見つからず…。

 …何やってるんだかな。」


カーナヴォン邸から帰ったギネスは、ベッドに飛び込む。

クーペ卿から拝借したスコッチを開け、早くも一杯飲み干した。


「いや…。

 こっちは、面白いことが分かった。」


そう言ってヴェロニカは、腕を組む。


丁度、騎士団オーダーの少年従僕が手紙を持って来た。

ヴェロニカは、それに目を通すと不敵に微笑んだ。


「この辺りは、富豪ばかりが住んでるが珍しい病気の住人も多いぞ。」


「へえ?」


生返事を返したギネスは、生ハムを原木から雑に切り取るとオリーブ油と塩を着けてパンに乗せてやっつけた。


「デリック糸状虫フィラリア症。

 ピアポイント出血熱。

 ヨーゼフ・クライン病なんてのもあるぜ?」


ヴェロニカは、嬉しそうに病名を読み上げる。


「すごいね。

 明日までその病名覚えてたら1000ポンドあげるよ。」


そうギネスは、呆れたように答えた。


「どういうこと?

 ここは、奇病の集まる街ってことかい?」


「ホーガンは、獣を探すうち、この街に珍しい病人がいることに気付いた。

 これは、お前の狩りには関係ないけどね。」


「で、シカの手がかりは、あったかい?」


「ない。

 ないと分かったから帰るのさ。」


そう言ってヴェロニカは、意地悪そうに笑った。

堪らずギネスは、グラスをテーブルに置く。


「おい、ちょっと…!

 手を貸してくれよ!!」


「」




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