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ボカルメ病




カーナヴォンの屋敷は、ガンフォール州ブレーホにある。

新興の金持ち居住区でこじゃれた屋敷が並んでいる。


ピーター・カーナヴォンは、石鹸会社の3代目。

叔父から経営を引き継ぎ、順風満帆の様子だ。


「確かにピーターの細君を見たことはないね。」


ピーターの友人で若い経営者仲間の一人がそう話す。


「5年前に結婚してから…すぐだな。

 ずっと病気で社交界にも顔を出してない。

 …正直、おかけで付き合い難いっていう奴もいるかな。」


ヴィクトリアが病がちなのは、財界では、それなりに知られた話のようだった。

しかしボカルメ病の話は、出て来なかった。


「医者に診せずに自宅療養してるみたいだけど?」


裸のギネスが青年に訊ねる。

二人は、ベッドの中だ。


糞虫の狩人は、こういう調()()も特技だ。

猟犬よろしく地面を睨んで獣の痕跡を探す狩人では、こうはいかない。

特にギネスは、正真正銘の娼婦でもある。


ギネスは、カーナヴォン家を探るため、首尾よく青年実業家のベッドに潜り込んだ。

鮮やかなものである。


豪華な食事にオペラまで堪能させて貰い。

ベッドでも随分と楽しませて貰ったようだ。

その上、望みの情報まで引き出すのは、恐るべき狩人の業よ。


「いや、それは違うよ。

 カーナヴォン家の主治医がいるんだったかな。」


「へえ。」


ギネスは、猫のようにしなやかに青年実業家の上に跨った。

左右の乳首にピアスが開けられ、黄金の鎖が繋げられている。


青年は、豊満な美女の肉体を満足げに見上げた。


「ふふっ。

 で、俺から話を聞き出して次は、ピーターと寝る算段なのか?」


男の眼は、虚ろに濁っている。

単に女の身体に魅せられている訳ではない。

情欲を切っ掛けにギネスの術に堕ち、彼女の意のままになっていた。


「何?

 …嫌なの?」


「はははは…。

 ピーターは、5年も細君とは、お預けだけど。

 一向に浮気する素振りがないんだぜ?」


「商売女とも?」


「ああ…。

 もちろん仲間内の話によるとだけどね。」


「彼女の出生は?」


「ああ…?

 うーん…。

 別にそんな金持ちって訳でもなかったと思うな。」


「普通の恋愛感情ってこと?」


「聞いたことないな、そこは。

 でもヴィクトリアの家族や会社を紹介されたこともないし。」


会社の経営者が取引先の会社や銀行の家族と結婚する。

いわゆる政略結婚ではないという。

ヴィクトリアは、普通の家庭で育った女らしい。


「……そう。」


ギネスは、座った目でそう呟いた。


普通の家庭。

騎士団が調査してもその回答が返って来た。


しかしいくら資産家でもカーナヴォン家もヴィクトリアの実家も普通の家庭。

そんなところに急に南洋の風土病が関わって来るとは、考え難い。


「二人とも変な宗教にハマってるとか聞いたことは?」


ギネスは、青年に質問する。

男は、彼女の乳房に夢中になっている。


「ええ?

 いや、聞いたことはないな。」


「南洋の文化に関心があったり?

 旅行やアカデミックな趣味があって歴史や民俗学に詳しいとか。」


「ははは…。

 あー…そんなことを言ってたかな?」


「あっ。」


有意義な会話は、ここまでだった。

これ以降は、再び情欲に身を任せた荒遊が夜明けまで続いた。




「…寝る必要があったか?」


ヴェロニカは、不満そうだ。

それなりに時間をかけて新しい情報はない。


「何?」


文句あるのかとギネスは、振り返る。

ヴェロニカは、腕を組んだ。


「カーナヴォン家について色々、知ることが出来たじゃない。

 ホーガンとセスが嗅ぎ回った後だし。

 今回の獣がどの程度の知能であれ、いきなり屋敷を調べたらバレちゃうわ。」


だから間接的に情報を集める必要があった。

しかし分かったことは、殆どない。


改めて分かったことは、カーナヴォン家がごく普通の成金ということだけだ。


まず父ピーターが小さな石鹸会社を起こした。

この時の金の流れを調べても不審な動きはない。

彼の両親、その故郷まで調べても南洋の風土病にまつわる話など欠片もない。


次に叔父のハワードが中継ぎを務め、ピーターが3代目、現社長に就いた。

学生時代も不可解な点は、少しも見つからない。


では、ヴィクトリアか?


ヴィクトリア・チェイスの調査は、さしもの騎士団も難航した。

彼女の実家は、都会に出て来た出稼ぎ者だったからだ。

住む場所を転々とし、過去を遡ることが難しい。


しかし若い金持ちが妻に選ぶ程度には、美しかった。


カーナヴォン家の主治医に関しても調べさせた。

確かに父ピーターの代からカーナヴォン家と昵懇の医師がいた。

ピーターにとって子供の頃から親しい医師である。


だがこれは、ギネスが近づいた男の勘違いだ。

その主治医は、10年ぐらい前に死んでいる。

今のかかりつけ医は、それ以降の付き合いだ。


若い医者で怪しいところは何もない。

情熱もなく、ただ金持ちに気に入られることしか考えていない。

取るに足らない小物だ。


「でも、こいつがヴィクトリアの治療を指示してるんじゃないの?」


ヴェロニカは、騎士団の報告を睨みながらギネスに言った。

ギネスも困ったように頭を手で掻いている。


「いやァ…。

 それがそいつは、カーナヴォン家の信用を得てないみたいでね。

 ヴィクトリアは、病弱ぐらいにしか知らないみたいなんだ。」


「何よ、それ。」


ヴェロニカは、くだんの主治医の写真を呆れた顏で見つめる。

確かに大したことのできるツラじゃない。


「はあ。

 …調べれば調べるほど実態が掴めないな。」


「キヒヒ…。」


ギネスは、苦笑いした。

どうも思う所があるらしい。


「不自然だよ。」


「え?」


ヴェロニカは、見ていた書類の束を焚火にべる。

星空の下、火の粉が舞い上がった。


ヴェロニカの横で丸太に座っているギネスがおもむろに話し始めた。


「これだけ情報を集めてるのに肝心の部分が分かりませんなんてさ。

 騎士団は───というか糞虫の巣(デン)かな。

 カーナヴォン家のことは、何か知ってると思うんだ。」


それは、言わずもがなだろう。

ヴィクトリアの病気は、財界ではそれなりに知れ渡っている。

あの”正直者オネスト”ジョハンが知らないはずがない。

───彼は、糞虫のチャンピオンであり、大ヴィン帝国の首相なのだから


「……ここからどうする気?」


「うーん…。

 食べてから考えよう。」


ギネスがそう言って焚火にかけられている肉を見た。

ヴェロニカが獲った鴨が丁度、良い具合になっている。


二人の狩人は、鴨肉をやっつけながら会話を他に転じた。

もうカーナヴォン家のことは、現地でどうにかするしかない。


「ルーフレッドとは、どう?」


ギネスが言った。

ヴェロニカは、憮然とした顔で答える。


「…別に。」


「進展ないの?」


ギネスが面白がるとヴェロニカの返事はない。

一層、愉快そうにギネスは、独りで話した。


「そうだよねェ。

 だって10年も付き合ってるんだし。

 逆に進展っていうほどの事件もないよねェ。」


「………。」


無視してヴェロニカは、ポットを取るとカップにお湯を淹れた。


「…あんたはさ。

 狩りが仕事で良いよね。

 こうやって趣味で本物の動物を追っかけて、狩猟ゲームもできるし。」


「あんただって何やりたいことないの?」


ヴェロニカが言った。


「娼婦辞めて店でもやったら?」


「キヒヒヒ…。

 それは、馬鹿だから無理だよォ。」


ギネスは、そう話しながらポットのお湯を貰う。

夜の寂しい草原にコーヒーの香りが広がった。


「私の将来なんか心配しなくても良いよ。

 狩人で死ぬか。

 病気で死ぬかどっちかだしさ。」


「なら私も同じだ。

 狩人で死ぬか。

 狩人で死ぬかだ。」


「あんたは、ルーフレッドの所に帰らなきゃ。」


「……おしゃべりし過ぎたな。」


ヴェロニカは、そう言って立ち上がると火を始末した。


二人の狩人は、外套を身体に巻き付ける。

馬の傍へ行き、木に巻き付けてあった手綱をほどいた。


月の下、二騎が並んで走る。

夜を徹すればブレーホに着くだろう。




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