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目覚め




富裕層向けの高級住宅街であるブレーホに墓場などない。

だが今、ブレーホ全体が巨大な墓場になっている。


道には、棺と墓石が並び、建ち並ぶ美麗な邸には、死臭が漂っている。

そこかしこに墓穴が穿たれ、土の中に納まるべき死体を待っている。


「けっほ、けほ…っ。

 かなり悪夢の深層に落ちて来たねェ。」


ギネスは、思わず咳込んだ。

獣の棲み処となったブレーホは、耐え難い悪臭に包まれている。


風光明媚なブレーホが現実か。

この悍ましい街が現実なのか。


どちらが現実で、他方が夢のできごとかは誰にも分からない。

ただ獣を狩ることで、この悪夢のような世界はなかったことになる。


「こっちだ。」


疲れ切った目をした少女がギネスに声をかける。

かなり背が縮んだがヴェロニカである。


いや、ヴェロニカは、最初から子供だった。

背の高い女だったのは、思い違いだろう。

ギネスは、それを思い出していた。


「キヒヒヒッ。

 子供なのにそんなに張り切っちゃってさ。」


ギネスが揶揄からかってもヴェロニカは、無視して夜道を歩いて行く。

二人のすぐ後ろにレイニーも着いて来ていた。


「お二人の狩りに参加できて光栄です。」


「嘘吐け。

 あんたは、ルーフレッドの崇拝者ファンだろ?」


ヴェロニカは、そう言いながら自分の耳を触った。

こうしている間にも獣の気配を感じ取っているらしい。


「……獣は、苛立ってる。

 ここまで入って来られたのは、私たちが初めてらしい。」


「私が役に立って良かった。」


レイニーがそういって含羞はにかんだ。


時空連続体は、彼の専門分野である。

といっても異端の物理学者フォルカー・デマラの愛人として彼のベッドの中で悪夢や超次元、星界の歴史について講義を受けただけなのだが…。


やがて3人は、アロー病院という建物に辿り着いた。




最初に言い出したのは、誰だったか。

―――恐らく、そいつが()

ブレーホの女たちは、この会に集まり始めた。


ある女は、夫の気を引くために。

ある女は、政略結婚した薄汚い老人に犯されるのを厭がって。

ある女は、不幸な自分を演出するために。


ボカルメ病、デリック糸状虫フィラリア症、ピアポイント出血熱、ヨーゼフ・クライン病…。


どれも人間の身体から出るとすぐに死滅する病原体。

セックスか輸血以外では感染者は、広がらない。

直接感染しかしないこれらの病気は、コントロールが容易かった。


何も知らない庶民に病気を移し、服を変えるような感覚で罹患を繰り返していたのだ。


「御機嫌よう!」


ギネスは、病院に踏み込むとご婦人たちに挨拶した。

皆、新しい病気に罹るためにこの病院に集まっているのだ。


「か、狩人!?」

「いやあッ!!」

「きゃあああ!!」


「どうして…!

 こんなところまで狩人が入って来るハズはないのにッ。

 ルイは、何をしているんでしょう…!!」


女たちは、一斉に蜂の巣を突いた様に騒ぎ出す。

場違いな装いを見るに彼女たちには、この蜘蛛の巣だらけの薄暗い病院も壮麗な広間ホールに見えているようだ。


「キヒッ。

 ベーコン顔なら始末したよォ。」


ギネスが好戦的に微笑むと婦人たちは、逃げ出した。

別に彼女たちを狩るのが目的ではない。


「御婦人方はいますが獣は、居ないみたいですね…。」


レイニーがそう言って辺りを見渡す。


薄暗い病院は、獣の気配が充満している。

だが肝心の獣の姿は見つからない。


「……姿を探しても無駄だ。」


ヴェロニカが埃だらけの床や壁を睨みながら言った。

やはりこの獣は、実体を持たない奴のようだ。


「…霧や煙に近い奴らしい…。

 いきなり襲ってくるぜ。」


ヴェロニカがそう言うとギネスが軽口で返す。


「まあ、怖い。」


しかし実際、厄介この上ない敵だ。

ギネスは、ヴェロニカをアテにしていた。


3人は、薬品と消毒液の匂いが漂う院内を捜索した。

部屋には、不潔なビーカーやフラスコ、顕微鏡が並んでいる。


「…流石に獣の臭いぐらいは分かるね…。」


ギネスは、本棚を調べながら言った。

どういう訳か医学に関する本はない。

ギネスが子供の頃に読んだような冒険小説や詩集が並んでいる。


「子供の頃、この本、読みましたよ。」


そう言ってレイニーも微笑んだ。


ギネスが言っているのは、獣の臭いしか分からないという事。

その臭いを辿ることができないという意味だ。


ここが獣の棲み処だけに、あちこちから獣の臭いがする。

しかも薬品の刺激臭が充満し、獣の痕跡は、あちこち消毒されていた。

これだけでも狩人にとってかなり気配を辿るのに苦労する。


もちろん獣も同じはずだが獣は、通常の生物ではない。

嗅覚に頼らずとも様々な情報を掴むことができる。


ヴェロニカだけは、真剣に天井を睨んでいる。


「真面目にやれ。」


天井のあちこちにシミがある。

これは、獣の痕跡だ。


「………下だ。」


ヴェロニカは、そう言って早足で部屋を出ていく。

ギネスとレイニーも急いで彼女の後を追った。


ややあって3人は、アロー病院の地下室への入り口を見つけた。

カビと湿っぽい空気の中、糞尿の臭いがする。


「くっさ…!」


堪らずギネスは、顔をしかめる。


それもそのはずだ。

地下には、若い男女が閉じ込められていた。

排便は、檻にある木桶にさせられていたのだろう。


「…カタリナ・ベックは、ここに閉じ込められていた。」


ヴェロニカは、眉をひそめ、目を細くして呟いた。

劣悪な環境で10人ほどの人間が監禁されている。


レイニーが檻まで駆けて行って一つずつ扉を壊していった。

中にいた人々は、訳も聞かずに一目散に病院から逃げていく。


やがてヴェロニカは、地下室の床を睨んだ。


「ここだな。」


早速、ヴェロニカは、準備を始める。


水銀弾を大量にカルボイ容器の中に落し、劇薬と混ぜ合わせる。

十分に攪拌した後、そこへ自分の血液を落した。

すぐに銀灰色に鈍く光る液体が完成した。


それをヴェロニカは、乱暴に地下の床に撒いた。

液体がかかった床に黒い泡が立ち、薬品特有の刺激臭が満ちた。


しばらくの間、ヴェロニカは、腕組みしてそれを見ていた。

それもやがて終わる。


「………でるぞ。」


3人の前に獣が姿を現した。

青白い影が薄っすらと石材の隙間から立ち上る。


「■■■■■■■■ぁぁ■■■■!」


誰もが悲鳴を上げて肝を潰す光景だ。

だがヴェロニカとレイニーは、淡々と持っていた火炎放射器を放つ。


「■■■ぁぁぁ!

 ■■■■■ぁ■■ッ!!」


青白い影は、人間の声とも動物の鳴き声とも違う()特有の声をあげた。


「■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」


炎にあぶられた影は、血肉のない身体をよじって苦しんでいる。

しかしその間、獣も反撃する。


距離感の掴み難い影がギネスを襲う。

レイニーとヴェロニカも攻撃をかわしながら戦っていた。


ギネスは、花束を青白い影に押し付けた。

相手は、実体のない敵だがしかし確かに手応えがある。


「おおっ、確かにここにいるみたいだね。

 でも血がないといまいちだねェ、キヒヒヒッ。」


「油断するな。」


ヴェロニカは、そういってギネスに忠告する。

だが実際、忠告したヴェロニカの小さな身体が弾き飛ばされた。


「ぐあッ!?」


一瞬、3人の狩人が獣から距離を取る。

改めて周囲を見渡すと影の一部は、天井をすり抜けていた。


「天井をすり抜けて攻撃して来たのか!

 もっと周りを警戒しないとやられる!」


ギネスは、キョロキョロと壁や床、天井を見た。

どこからか敵が攻撃してくるかも知れない。


「倒し切れないな…。」


流石のヴェロニカも音を上げた。

手応えはあるが敵が大き過ぎる。


「畜生!」


苦し紛れにギネスは、クイーン・イザベル改造銃を撃つ。

一瞬、空気が振動し、獣の悲鳴が響いた。


「■ぁ■■■■■■■ッ!!」


「水銀弾は、効いてるみたいだけど…。」


「こいつがどれだけデカい獣なのか見当も着かない。

 ダメージがどれだけ蓄積してるのかも分からないぜ。」


ヴェロニカは、そう言って輸血液を自分に撃つ。

彼女の体内で折れた骨や内臓が繋ぎ合わされる。


攻撃は、敵に効いている。

だが目に見える効果がないと人間は、徒労感が勝ってしまう。

成果が分からないと気持ちは、萎えていくものだ。


「退屈な獣。」


レイニーもウンザリしている。

やはり狩人なら相手の真っ赤な血が見たい。


「そうだねェ。

 やっぱり血を見ない狩りって退屈だねェ。」


ギネスも気が緩んで来た。


しかし獣にしてみれば狩人を楽しませる義理などない。

それに確実にダメージを受けている獣は、3人から逃げ出そうとした。


「逃げる気だぞッ!」


真っ先にヴェロニカは、階段に向かう。


青白い影が天井に吸い込まれて行く。

獣は、病院から外に出るつもりだ。

レイニーとギネスも地下室から飛び出した。


外は、丁度、朝日が昇り始めていた。


「え、うっ!?」


陽光に触れたヴェロニカの身体が透けていく。

ヴェロニカは、無くなった右手を驚いた顏で見た。


「な、なんでだ!?

 まだ獣を狩ってないのに!!」


後から出て来たレイニーも朝日の中に消えていく。

というより数秒後には、彼がいた事さえ忘れてしまった。


ギネスは、最初から自分が一人だったことを思い出した。


「………。」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


青白い影は、巨大な毛虫の姿に変わっていた。

毒々しい色の細長い身体をよじっている。

すでに全身に深い傷が広がっていた。


ギネスは、持ち前の素早さで獣を圧倒する。

花束が血に染まり、銃声と共に獣の全身が激震する。


「■■■■■ぁ■!

 ■■■■■■■■■ぁ■■■ッ!」


棺と墓石を蹴散らし、ブレーホの街を血に染めていく。

巨大な毛虫から流れる血は、止め処なく街に流れていった。


「頭をぶち抜いてやるよ。

 ―――こっちを向けッ!!」


ギネスは、細長い身体の先に着いた獣の頭を狙撃する。

普段、銃など使わないギネスにしては、上出来の仕事だろう。


「■■■………ぁ■………!

 ■■ぁ………■………帽子が欲し………。」


息絶えた獣の身体は、少しずつ靄になって消えた。


「終わった…。」


ギネスは、血だらけになった鋼鉄の花束を振るうと血飛沫を飛ばした。


そんな彼女の目の前に暴徒たちが駆けてくる。


「殺せ!」


老人から子供まで様々な年齢の男女だ。

皆、怒り狂っている。


「奴らを許すなー!」

「伝染病を持ち込んだ金持ち共を血祭りにあげろー!」

「奴らに復讐するんだァッ!!」


「キヒ…ッ。」


ギネスは、何だかおかしくなった。

暴徒たちは、彼女に構わず手当たり次第に豪邸に押し入っていく。


「いやあああ!!」


カーナヴォン邸では、ヴィクトリアが群衆に引き出された。

夫のピーターは、抵抗したのか邸内で殺されている。


「お願い許して……!

 わ、私たちは、ただ……仕事で忙しい夫に……愛されたくって……!」


涙ながらにヴィクトリアは、そう訴えた。

しかし暴徒たちは、そんな言葉聞きたくもない。


「遊び半分で南洋の奇病なんか持ち込みやがって!!

 いったい何考えてるんだ、この屑女!!」


若い男がヴィクトリアの顔面を殴った。

青白いヴィクトリアの顏が跳ね上げられる。


「殺せ!」

「八つ裂きにしろ!」

「俺にやらせろ!!」


「こんなことはおかしい!」


群衆が縛り首にしようと首に荒縄をかけられた婦人が叫ぶ。


「私たちの病気は、感染しないのよ!?

 伝染病とは、何の関係もないわ!!

 非科学的よ、この無学な貧乏人共!!」


別の場所では、暴徒と警官隊が争っている。


一等人種ファーストボーンの血を流す者は、民族に対する裏切りであるぞ!!」


見事なひげを生やした警官が怒鳴る。

彼の前には、警棒を握った警官たちが並んでいた。


「黙れ、官憲野郎!!

 この街の連中が病気をバラ撒きやがったんだ!!

 それこそ民族に対する裏切りだッ!!」


この騒動を横目にギネスは、笑いが止まらなかった。


伝染病と関係ない病人をリンチにかける群衆。

病気を遊び半分の目的でコントロールしようとした金持ち。

どちらも馬鹿げている。


「キヒヒ…ッ。」


ギネスは、昨日からずっと気になっていたことを思い出した。

別にだらないことだ。


子供の頃、読んだ小説の主人公だ。

それがレイニーだった。




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