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9 カッパ巻き

 「森沢君、今日はごめんね。迷惑掛けちゃったし、頑張ってもらっちゃったし。で、私達どうなってんの?」


 ここまでの状況整理と今後の擦り合わせという名目で、大いに森沢君に興味を持ったであろう詩織の呼びかけによって、今私達はファミリーレストランのボックス席にいた。発起人の詩織の切り出した言葉に、私がくいつく。


 「詩織は、森沢君の彼女になったんでしょ。だから、青木君は諦めた訳だし、昨日詩織が言った嘘が本当になっただけだよ。ね、森沢君。」


 今私は不機嫌だ。なんかイライラする。語気が強くなっている事を自覚しているが、それを抑えきれない。森沢君にも突っかかっていく。


 「詩織…えーと、高宮さんに迷惑かかると思って、皆んなの前で、付き合ってはいない。って言ったんだけど。」


 「あんたが意味不明なこと言い続けていたから、皆んな何が本当なのか全然わからなくなってるわよ。」


 「高宮さんが…、君の友達が困ってるって聞いて、助けたいなって、僕にできる事は無いかなって考えたらピカッて閃いたんだ。これなら僕にも出来るって。でも、もう少し考えれば良かったって今は反省してるよ。ごめんね。高宮さんも、ごめんね。」


 『詩織』から『高宮さん』へと呼び方を変え『ラノベ主人公』モードが終わったであろう森沢君は、俯いたまま弱々しい声で届いたばかりのチーズケーキに向かって謝っていた。

 さっきまで、物珍しそうに店内をキョロキョロと見回し、嬉しそうにパタパタと何度もメニューをめくり、楽しそうにキラキラした目でドリンクバーに行っていた森沢君はもうここにはいない。そうさせてしまったのは私。どうしてこうなったのか、どうして私がこんな態度をとっているのか、私にもわからない。


 「ううん、森沢君私のために頑張ってくれてありがとう。シュートが入った時、凄く嬉しかった。森沢君カッコよかったよ。」


 今度は詩織がいちごのショートケーキにお礼を言っている。こうなるともう悪者は私一人。ただ、詩織の今の一言がイライラの原因を気付かさせてくれた。

 

 『森沢君カッコよかったよ。』


 そう、森沢君はカッコ良かったんだよ。みんなの前で堂々として、青木君にも怯まず皆んなが言えないような事も堂々と言って、青木君の得意なバスケで勝負して、凄いシュートを決めて勝った。

意味不明なところを除けば、本当にカッコ良かったんだ。それが私のイライラの原因だと自覚してしまった。

 だからこそ、私は止まらない。


 「詩織のために頑張ってくれた事は、ありがとう。でも、教室で女の子達がジロジロ見てたの、森沢君も気付いてたでしょう。明日から人気者かもよ。女の子達にたくさん話しかけられるかもしれないね。森沢君どうするの?」


 「人気者になりたくて、やったんじゃ無いよ。本当に助けたいと思っただけなんだ。人気者になりたいなんて、一度も思った事ないよ。」


 「じゃあ、森沢君はどうなりたいの?」


 拗ねてる。私が拗ねてるだけ。そして、森沢君に八つ当たりしているだけ。私は理不尽に森沢君を責めてる。それはわかっている。自分で自分が嫌になる。でも止められない。でも、森沢君はそれを止めようとしてくれた。

 森沢君は、少しの間未だ手をつけていないチーズケーキを見つめていたが、意を決したように顔を上げると私の顔を見て言った。


 「僕は、カッパ巻きになりたいんだ。」


 「「はあぁ?」」


 俯いていた顔を上げて森沢君を見る詩織とハモった。森沢君らしい、森沢君にしか言わない一言だった。少し上目遣いで私の顔色を伺うように見ていた森沢君と目が合った。たぶん彼は気付いている。私が彼の意味不明を好きなのだということを。次の言葉を聞きたくて、その次の言葉を待って、それに抗えなくなることに彼は気付いている。だから今この場面で、彼はあえて意味不明な言葉を使った。私の機嫌を直すために。森沢君は勝利を確信したようににっこりと微笑んでから、話を続けた。


 「あ、ごめん。これじゃ意味不明だよね。僕は『カッパ巻き』が大好きなんだ。凄く美味しくて、考えた人は天才だと思う。だってきゅうりだよ。別にきゅうりを馬鹿にしてる訳じゃ無いけど、なんか主役って感じでは無いよね。中華サラダとか、冷やし中華とかに入ってるなぁとか思うけど、きゅうりをメインで食べるって料理、僕は思いつかないよ。生のきゅうりかじりながら、白いご飯食べるってイメージはなかなか出来ないよね。なのに、カッパ巻きは美味しいんだよ。きゅうりと、ごはんと、海苔と、それと酢。酢を使うから漬物でご飯食べてる感覚なのかもしれないけど、酢飯の力が偉大だからなのかもしれないけど、でも、美味しいんだよ。それに、ちゃんときゅうりを食べてるってわかるんだ。地味で華がなくて、鉄火巻きとかには負けるかもしれないけど、でも美味しいんだよ。僕もそんなふうになりたいなって。

 僕も地味で主役って人間じゃ無い事は自分で分かっているけど、海苔とか酢飯とかみたいな人の力を借りて、少しでも美味しくなれれば良いなぁって、最近思い始めたんだ。他力本願だけどね。」

 

 「森沢君なら『カッパ巻き』になれるよ。」


 「そう言われると、なんか複雑だなあ。」

 

 「なによ、私のこと『シュウマイ』って言ってたくせに。』


 詩織の言葉に森沢君が応じて、詩織が膨れた。場の空気が少し柔らいだ。でも、今日の私は森沢君でも止められない。


 「じゃあ、どうして誰にも話しかけないの。私にですら話しかけてこないじゃん。ねぇ、どうして。どうして話しかけてくれないの?」







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