5 シュウマイ
「お前何言ってんだ。今、高宮が嘘だって言ったばかりじゃねえか。アホか。」
「えっとね。さっきまでは付き合ってなかったんだ。詩織が嘘ついてたの。嘘をついてまで僕の彼女になりたかったんだね。だから、僕がOKして付き合う事になったんだよ。詩織には僕が必要だったんだ。アイコンタクトって言うのかな、そんな感じでね。たった今だよ。君も見てたじゃないか、黒木君。だよね、詩織?」
「へっ?は?はああ?」
詩織は、脳の情報処理が上手く行ってない様で、かろうじてうめき声の様な音を出している。途中から傍聴を始めたクラスメイト達は、全く意味がわかっていない様で、無表情でじっと成り行きを見守っている。
「ほらね。詩織は照れていて何を言っているか良くわからなかったけど、愛してるって伝えて来たよ、アイコンタクトで。」
森沢君頭おかしいです。もう完全にヤバイ奴です。犯罪者の言い分を、堂々と言ってのけてる。隣の詩織は真っ白な顔で言葉にならない変なうめき声を出している。
「はあああ、はああ?」
これはこれで、近づきたくない人である。
「お前、頭大丈夫か?誰がお前の言うことなんか信じるんだよ。いいから早く病院行けよ。それと、俺は青木な。」
「あ、ごめんね青木君。詩織はこんなにも可愛いから、青木君が詩織を彼女にしたいと思う気持ちはわかるよ。でもね、詩織は僕を愛してるんだ。だから、君の想いは詩織には届かない。君が詩織に交際を迫るのは、彼女にとって凄く迷惑な事なんだ。このままだと、君は詩織に嫌われてしまうよ。僕は、青木君が他人の女に手を出すゲスな男だとは思えないんだ。だから、詩織を僕の彼女だと認めて、諦めて欲しいんだ。」
「お前ウゼェんだよ。何なんだよ今日は。いつものように、隅っこで小さくなってろよ。ベラベラベラベラとうるさく騒いで、そんなに高宮の嘘彼氏になった事が嬉しいのか。頭おかしいだろ、オメェ。あぁ?」
青木君はいつもよりも大きな声を張り上げ、森沢君を威嚇始めた。普段の教室でも、大きな体と大きな声で威圧的な言動をしている青木君に対してクラスメイト達は恐れをなし、誰も注意したり言い返したりできないでいた。しかし、今、森沢君はたじろいだ様子を少しも見せず、堂々と青木君と向き合っている。
青木君の言う通り、今のよく喋る森沢君はクラスメイト達には見た事のない森沢君である。私との会話を知らない人から見れば、なんだコイツ、となってしまうのも仕方ないと思う。
これが、森沢君の考える『ラブコメの主人公』になりきった姿なのだろうか。ただ、詩織という彼女を守らなくちゃという、意志と覚悟を感じることはできた。
詩織もそんな事を感じたのか、口から出てくる音に変化が見られた。
「はひひひふー、はわわ。」
森沢君は、さらに威圧してくる青木君に平然と言い返す。
「頭がおかしいのは君の方だよ、黒木君。………………………。ごめん、なんか冷静に考えたら、僕も相当頭のおかしい事を言ってた気がしてきたよ。その辺は君が正しかった。だから、訂正するね。
コホン
頭がおかしいのは君も一緒だよ、黒木君。
君は少しもわかってくれないから、もうはっきり言うね。君のやり方は間違っているんだよ。詩織と付き合おうと思ったら、詩織の好感度を上げるしかない。詩織とトキメキな思い出を作ろうと思っているのなら、そんな事誰でもわかっていると思っていたんだけど。僕は、詩織という名前を聞いて直ぐに気づいたよ。しかし、君は全く逆な事をして詩織困らせてる。僕という男を彼氏にしなければならないほど詩織は困っていたんだ。僕なんかを彼氏に指名した詩織もなかなかのポンコツだとは思うけど、詩織が僕に何を思って、何を期待していたのかはわからないけれど、気付いたら僕は詩織の彼氏になっていたんだ。シュウマイの上にのっているグリンピースになった気分だよ。グリンピースもきっと、気がついた時にはシュウマイの上だったんだと思うんだ。グリンピースも考えたと思うよ。どうしてシュウマイの上にのっているんだ、シュウマイの上で何ができるんだ?何をすべきなんだ?ってね。この間読んだ長すぎてとてもじゃないけど覚えられないタイトルの本の主人公が、自分も危険なのに彼女を助けるって言うシーンがあってね、凄くかっこよかったんだ。僕は彼に憧れたよ。僕も彼女ができたらそういう事ができる男になりたいなって。どんな意図でグリンピースをシュウマイの上にのせたのか本当のところは知らないけれど、僕は、詩織というシュウマイの上のグリンピースのような彼氏になったんだよ。だから僕も、グリンピースが彼女のために何ができるのかって考えたように、僕もシュウマイのために何ができるのか、何をすべきなのかを考えたんだ。そして結論が出たよ。
『詩織を最高のシュウマイにする。』って。
黒木君、僕と勝負しようよ。」