2 屋上
翌朝、少し早めに登校した。青木君に絡まれる恐れがある事を、森沢君に事前に知っていてもらった方が良いと思って。森沢君はいつも私より早く登校している。だから私も早く登校した。まだ4人しか来ていない教室に、森沢君はいた。一人で席に座って窓の外を見ていた。
「おはよう森沢君。」
「あ、おはよう。あれ、今日は早いね。」
「森沢君に話したい事があったから。屋上行かない?」
私は森沢君と普通に会話をする。クラスの中で私だけが森沢君に話しかける。クラスメイトたちにとって、その事はもう日常の風景なので、特に関心も持たれない。二人で屋上まで歩いた。でも、森沢君の様子がさっきからおかしい。動きがなんかギクシャクしてて、目があっち行ったりこっち行ったりしてる。まさに挙動不審。そして、何も話さない。私から話しかければよく喋る森沢君が、なぜか今は無口。重い雰囲気のまま屋上に着いた。
「森沢君どうしたの。なんか変だよ。」
「僕、こういうの初めてなんで、どうしたら良いのかわからなくて、今凄くドキドキしてるんだ。だから、上手く答えられるかどうか心配なんだけど、でも答えは決まってるから。で、何?」
森沢君らしくない早口で、一気に話した。
「もしかして、もしかしてなんだけど、私の勘違いだったらごめんなさい。これ、告白とかじゃ無いから。」
森沢君が沈んだ。一目でわかるくらい沈んだ。ズドーンて音が聞こえそうなくらい沈んだ。
「ここって屋上だよね。だからドキドキしたんだよ、高いから。お蕎麦屋さんに行ってね、メニューに『鴨南蛮』を見つけたの。それでこれだって思って、食べた事無いからどんな味かなってドキドキして待ってたら、店員のおばちゃんがお待たせって運んできたのが、『カレー南蛮』だった。今そんな気分だよ。』
「ごめん、何言ってるのか全然わからない。」
突然森沢君の表情がパッと音が聞こえるくらい明るくなった。
「ごちそうさまでした。」
「まだ、食べてないでしょ。そんなに食べたいなら、今度一緒にお蕎麦食べに行こうか。あ、でも、デートとかじゃないから。」
その後、一通りの説明をした。
青木君が執拗に交際を迫るので、詩織が怖がっている事
諦めてもらう為についた嘘で、森沢君の名前を出した事
森沢君が青木君に絡まれる恐れがある事
など。
「可愛いって大変なんだね。僕の名前使ってもダメだって思うけど。でも、初めての彼女だし心配だよ。彼氏として、彼女を守らなくちゃならないからね。だから、今度彼女教えて?」
「だから、あんた嘘の彼氏だってわかってるよね。」
「もちろん。僕に本当に彼女なんか出来るわけ無いじゃないか。でも、ほんのわずかでも、僕の名前に何かを期待していたと思うし、だから、彼女には『鴨南蛮』食べてもらいたいと思うよ。」
「そうだね。じゃあ詩織も誘って『鴨南蛮』食べに行こうか。」
「お蕎麦屋さんが僕の初デートかぁ。嘘だとわかっていても、ドキドキするね。」
青木君も問題だが、この男にも相当問題があると思った。
「ねえ、さっき『答えは決まってる』って言ってたけど、それなんだったの?」
「ざるそば。ざるそばにしようと思ってたんだ。鴨南蛮は聞き間違いされるかもしれないからね。」