15 ボッチ
黒木君という呼び方に、もう慣れてしまっている私がいた。たぶん詩織も。そしてクラスメイトも。もしかしたら、青木君本人も。森沢君は、最初から黒木君と呼んでいた。何度か青木だと本人から修正が入り、その時は青木君呼びになるのだが、すぐに黒木君にもどっていた。
どうせ、クラスメイトの名前を知らないから勝手に付けたあだ名で呼んでいたとかなのだろうが、なぜ黒木君なんだろうか、本当言うと、私にとってどうでもいい事なんだけど、呼んでる本人がやたらと気に入ってる風なので、聞いてやる事にした。
「僕はずっと黒木君て呼んでるから黒木君なんだけど、黒木君て黒木君って感じでしょ。」
「ごめん、何言っているのか全然わからない。」
「ありがとうございます。じゃなくて、えっとね、僕はボッチなんだよ。君達にはわからないと思うけど、ボッチにとってクラスメイトの名前を覚える事って非常に無意味な事なんだ。名前で呼ぶ事なんて無いからね。同時に、名前を知る事も非常に困難な事なんだよ。授業中はクラスメイトの背中しか見えないし、休み時間は机に突っ伏しているか、スマホ見てるでしょ。決してキョロキョロ見回したりしないの。目があったりしたら「キモッ」って言われちゃうからね。だけど声は聞こえてくるんだよ。だから、『タカシ』とか『マナミ』とか呼ばれている人がいる事はわかるんだ。だけど、どの人なのかがわからない。個人の名前を特定するには、音声から得られるデータと、時々チラッと見えた顔などの画像データをリンクさせていく作業が必要になるんだけど、使うことのない無意味な事に労力を割けるほど、ボッチは暇じゃ無いんだよ。だから名前は覚えないんだ。
だけどね、どうしても目立ってしまう人とか、個人を特定しておいた方がいい人っているんだよ。そんな人には、僕がコードネームって呼んでいる名前を付けて、個人を識別してるんだ。それでね、黒木君のコードネームが黒木君なんだよ。」
どうして黒木君なのか?と聞いたのに、全く説明もしないまま、長々と自分が名前を覚えていない事を正当化する演説をしていただけだった。凄まじくアホらしくなってきた。そんなアホな演説を詩織は目をキラキラさせて聞き入っていた。
「そうだよね、それは大変だね。でも、青木君は黒木君だって私も思うよ。私もこれから黒木君て呼ぼうかな。なんか、しっくりくるし。」
詩織とは小学校の時から友達だった。中学の時も高校生になっても、多くの時間を一緒に過ごしてきた。そして今、人生何度目かの、この女はアホだ、と思った。
「やっぱり詩織もそう思うよね。ありがとう、詩織。」
嬉しそうに詩織を見る森沢君を、キラキラした目で森沢君を見つめ返す詩織を、そんな二人を見せられて物凄く気分が悪くなってきた。さらに詩織が続ける。
「ううん、そんなことないよ。他には? 他にコードネームで呼んでいる人っているの?」
「えっとね、『委員長』、他にはね、『お医者さん』とか『お祭り男』とか『博士』とかかな。」
飯倉さん、南川さん、前田君、小野田君の事だ。すぐにわかった。本当にわかりやすかった。悔しいけど、こっちの方が名前より全然しっくりきた。
「ねぇ、私は何て呼ばれてたのかな?」
詩織が少し顔を赤らめ、上目遣いで聞いた。何かを期待しているような、プレゼントを開ける子供みたいな顔をしている。森沢君はそんな詩織の表情に気づく事もなく平然と答えた。
「詩織には、何にも無いよ。名前を覚えないように、さらに、コードネームもつけないようにしてたんだ。………」
と、そこまで言って、森沢君は一気に沈み込んだ詩織の表情の変化に気づいたのだと思う、話を続けた。
「詩織は特別なんだよ。特別可愛かったんだよ。可愛すぎて、こんな可愛い人と僕なんかに接点なんかできるはずがない、名前なんか呼ぶなんて事はあるはずがないって思ってたんだ。詩織の存在を認識してることが無駄なことだって思ってたんだよ。だからね、あえて詩織には何も付けてないんだよ。」
「そんな特別扱いはされても嬉しくないよ。これからは特別扱いなんかしないで、ちゃんと詩織って呼んで欲しいな。」
今私が見ているのは、いつの間にか『詩織』呼びに戻り、無自覚に詩織の脳に攻撃を加える森沢君と、完全に脳を破壊され、もはやポンコツと化した詩織の姿。私のイライラは臨界に達した。
「ねぇ、森沢君。私は何て呼ばれていたの?あんなに沢山話してたのに、あなたは一度も話しかけてくれなかったし、名前も呼んでくれなかった。ねぇ、どうして。どうして呼んでくれないの。詩織みたいに可愛くはないけど、私だって名前で呼んで欲しいのよ。
私は恵美。恵美って呼んでよ。」
書き上がりました。後三話で完結します。需要がなくても毎日一話供給します。タレ流しです。




