14 フリ
どうしてこんな冷たい言葉になったのか、自分にもわからない。誰かに言わされているとしか思えなかった。森沢君をじっと見る。森沢君は、一瞬驚いたような表情をしたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。そして、森沢君もじっと私を見ていた。視線と視線がぶつかった。
「ううん、違うよ。ただ逃げたんじゃないよ。必死で、全力で、精一杯逃げたんだ。僕には、逃げ道があったからね。シュートを打っている時は学校の事を考えなくて済んだから、夜遅くまでずっとシュートを打ってた。必死に、精一杯シュートを打って、必死に学校の事を考えないようにしてたよ。もしあの時に、何かあの状況を解決する方法に気付いていたら、誰かが教えてくれていたら、僕はそれを必死に、全力で、精一杯やったと思うんだ。それくらい辛かった。だけどその方法がわからなかったから、僕は全力で逃げた。ただ逃げたんじゃない。必死に逃げたんだよ。」
私の目を見て、何の感情も感じない無表情で森沢君は淡々と答えた。
「ごめん、軽く言い過ぎた。本当にごめん。で、バスケットは今でも続けてるの?」
「うん、今もやってるよ。一人になってからもね。いじめられている訳では無いけど、やっぱり陰口とかは聞こえてくるんだよね。
そう言う時にはシュートを打つこともあるけど、今はそれ以上に、気持ちいいからやってるって感じかな。遠くからパスッって入ると本当に気持ちいいんだよ。スマホ手に入れてからはね、スマホ駆使してフォームチェックしたり、ネットで見て体幹トレーニングとか、ランニングとかで下半身強化とかもして、より遠くから、より正確にを追求してるんだ。そんな事を一日何時間も何年もしていた訳だからさ、今日の勝負したくらいの距離だったら8割くらい入るよ。」
あの距離のシュートが8割入るくらい必死に彼は逃げていたのかと思うと、さっきの言葉の軽さに後悔しかない。どれだけシュートを打ち続ければそうなるのか、想像もできない。
「だからね、あの作戦を思い付いたんだ。高宮さんが困っているなら、助けてあげたいなって思って。君の友達だからね。でも、黒木君は僕の言う事なんて訊いてくれそうも無いし、ただ黒木君て、勝負とか好きそうでしょ。それに、男って感じがして約束とか守りそうだし。だからね、あの方法なら8割勝てるって思って。黒木君の得意なバスケで、黒木君にバスケをさせないで僕が勝つ唯一の方法に気付いたからね。これなら、勝負してもらえて、約束も守ってもらえると思ったんだよ。まともにバスケしたら、黒木君に勝てるはず無いしね。」
「だから、あんな頭おかしいフリしたの?」
「あ、良かった、やっぱりわかってくれるよね。本当に頭おかしいって思われたら、泣くに泣けなかったよ。」
「あんだけ頭おかしかったら、今までに気付いてるって。」
「うん、ありがとう。高宮さんを『彼女』って事にするのが勝負してもらいやすそうだなって思ったんだけど、それは絶望的に無理な状況だったんだけど、頭おかしいフリして強引に行っちゃえと思って、途中からは僕自身も訳わかんなくなっちゃったけど。それに、『彼女』とか『愛してる』とか『詩織』って呼び捨てにするとか、もう恥ずかしすぎて死にそうだったよ。」
「だよね。森沢君て頭おかしい訳じゃ無いよね。あの時以外は普通に話してるし、アレはフリだったんだ。ちょっと悲しいけど、良かった。本当に良かったよ。嬉しい。それと、森沢君の辛い過去が私のためにあったんだと思うと何か複雑な気持ちなんだけど、ごめんね。でも、ありがとう。」
詩織がパッと花が開いたような満面の笑顔で、森沢君にお礼を言った。『男と男の勝負』の辺から、詩織はその状況に酔っていたように思われる。自分のついた嘘のせいで巻き込んでしまった森沢君が、なぜか自分を守ろうとしてくれている。だから、森沢君の頭のおかしい話しも否定できずにいたのだろう。しかし、『彼女』『愛してる』『守る』『詩織』などと、クラスメイトの前で何度も何度も堂々と奏でられる木琴の調に、詩織の脳は少しづつ破壊されていったのかもしれない。そして、ついには、『詩織を賭けた男と男の勝負』で見せた『凄いシュート』によって、詩織の脳は完全破壊の一歩手前まで壊れた。その完全破壊を食い止めていたのが『頭がおかしい』だった。しかし今、その障害が取り払われ、さらに、『彼の暗い過去が自分を助けた』という強烈に美化され、歪曲化された事実が詩織の脳を支配している。もう、詩織のポンコツ化は避けられないように思われた。ので、ちょっと話を変えてみる。
「ねぇ、アンタずっと黒木君、黒木君って言ってたけど、黒木君って、一体何なの?」




