12 異世界
森沢君に、大変だった話もしてもらった。こっちへ来てからの話。
「島での普通が、こっちでの普通ではなかったんだ。普通が突然通用しなくなってしまったんだよ。アニメなんかでよくある異世界転生、まさにあれだよ。」
森沢君のお父さんとお母さんは、この近くにある大きな総合病院で医師と看護士として働いていたそうだ。いわゆる職場結婚をして森沢君を授かり、その後、僻地医療として志願して島に渡ったらしい。島から戻ってきたお父さんは元の職場に入院し、お母さんも、そこで働くことになった。そして、病院の近く、大きな公園のそばに家を借りた。
「もうね、公園の中に家があるんじゃないかってくらいのとこ。玄関を出て、細い道を横切ってフェンスの切れ目を通れば5秒くらいで公園の中なんだ。皆んなも知ってるあの公園なんだけど、そこにバスケットのコートがあって、そこに出るの。家から1分もかからないところにバスケットのゴールがあったんだ。」
森沢君の家の2階からバスケットボールをしている人達が見えていた。初めて見るバスケットのゴール。森沢君も、バスケをしてみたくなったそうだ。
「母親に頼んでボールを買ってもらったんだ。何かを頼んで買ってもらったのは初めてだったと思うよ。それがバスケットボール。
誰も人がいなくなった夕方遅くにコートに行って、見よう見まねでシュートしてみたんだけど、届きもしなかったよ。ルールなんて知らなかったから、ボール持って下に行って、エィッて。なかなか入らなくて、それでも投げて投げて投げ続けて、初めて入った時は本当に嬉しかった。あんなに嬉しかったのは、初めてだったよ。」
森沢君の新しい学校は、この近辺では1番のマンモス校。島の人の何倍もの子供達が通っている。たった一人の学校からのいきなりの大人数、生活習慣の違い、新しい学校は森沢君にとって異世界だった。
「もう本当に異世界だった。何もかもが分からなかったんだ。親切な子が話しかけてくれるんだけど、言葉はわかるけど、意味がわからない。知らない単語が次から次へと出てきて全く理解できなかったよ。トイレとか、給食とか、休み時間とか、そういう勉強以外の部分の暗黙のルールみたいなものがわからなくて、もう本当に辛かったよ。」
「いろいろ聞きたいことはあったけど、自分からクラスの子とどう話せばいいのかが、わからなかったんだ。まず、話すきっかけがわからない。いつ、どこで、誰に、何を話せばいいのか、聞き耳をたてていると、僕の知らない事ばかり聞こえてきてたから、話す内容なんて全く思い付かなかった。何度か勇気を出して話しかけてみた事もあるよ。でもその度に、「えっ、そんな事も知らないのかよ。」って皆んなに笑われたんだ。」
「学校が終わるといつも走って帰ってた。玄関にランドセル投げ捨てて、ボールを持って公園に行ってシュートを打ち続けていたよ。母親は帰ってくるのが遅かったから、暗くなってもやってた。シュートを打っている時は学校の事を考えなくてすむから、もう、ずっとボールを投げ続けてたんだ。」
「本当に嫌だったんだ。全然わからなくて、笑われて、息苦しくて、うるさくて、一人になれる場所もない。今までの普通が普通じゃなくなった場所で、たった一人で僕は何をしていいのかすらわからなかったんだ。」
「学校が大嫌いだった。」




