10 挨拶
「ごめん、本当にごめん。でも、僕だって話しかけようと思ったんだよ。せめて、朝の挨拶だけでもって…」
森沢君は私の質問を聞いた途端、『あっ』って顔をした後俯いて、小さく泣きそうな声でボソボソと話し出した。
「君が初めて声をかけてくれた次の日、また話をしたいなって思って、せめて朝の挨拶ぐらいしたいなって、家で練習して、君が来るのを待ってたんだ。そしたらいきなり、『寒いね。』って言われて、頭が真っ白になって、やっぱり無理だって思ったんだ。
怖いんだよ、話しかけるのが。話しかけ方がわからないんだ。僕なんかが話しかけて良いのかって、タイミングとかきっかけとか、そういうのいろいろ考えちゃって、島で誰もいなかったから、そういうの本当に経験なくて、…」
「島?今島って言ったよね。島って何?」
黙ってショートケーキをちびちび食べていた詩織が顔をぐいっと上げて、森沢君の話を遮った。
「海とかにある、浮いてないんだけど浮いてるって表現される陸地だよ。」
「島くらい知ってるよ。そうじゃなくて、誰もいない島って、無人島?森沢君無人島に住んでたの?」
「200人か300人か、それくらいはいたと思うよ。小さい島だけど。僕はそんな島に住んでいたんだ。」
「聞きたい、島の話。ねぇ、話して。島の話聞きたいの、いいでしょ、森沢君。ねぇ、恵美。」
普段は他人の話に割り込んだりしない詩織が、積極的に島の話を聞きたがっている。私と森沢君の話題を変えたかったのかもしれない。でも、私も森沢君の島での暮らしに興味があった。
「うん、私も聞きたい。」
「話すのは別に良いんだけど、たいして面白く無いと思うよ。それに、長くなるかもしれないし。」
「大丈夫、ドリンクバーだから。だから全部話して。恵美も時間大丈夫でしょ。」
「うん。私も聞きたい。けど、無理にって訳じゃないから。嫌なら話さなくていいから。」
森沢君と話すようになって、約2ヶ月。高校2年になって同じクラスになるまで知らなかった人。教室で意味不明な会話を繰り返しているだけの関係。森沢君との会話を通して、少しづつ森沢君を知っていった。クラスで一番森沢君を知っていると自負していた。別に自慢にはならないけど。でも、私達の会話には、出身とか家族とかのプライベートな事は話題にならなかったし、知ろうとも思わなかった。島の事も初めて聞いた。今私達が住んでいる都会と田舎の狭間のようなこの場所で、『島育ち』はちょっと特殊だ。私の考えの及ばない、思い出したくない事や隠したい事、話したくない事があるかもしれない。でも、森沢君は『話しかけ方がわからない』理由が島だと言っていた。知りたい。慎重に言葉を選びながら、森沢君の答えを待った。
「別に嫌じゃないよ。でも本当に面白いことなんて何にもないんだよ。普通。君たちにとっては普通じゃないかもしれないけど、僕にとっては普通。むしろ、こっちに来てからの方が普通じゃなかったし、それは今でも続いてるんだ。僕の事をわかってもらえるいい機会かもしれないね。話を聞いてもらえるって、なんか嬉しいよ。ありがとう。じゃあ、始めるね。」
森沢君は、ドリンクバーの自作森沢オリジナルを一口口に含むと、話し始めた。




