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12月32日

作者: 藤夏燦

一年のなかで一番特別な日は、12月31日だと思う。

年が変わる。カレンダーも手帳も新しくなる。

たったそれだけのことなのに、世界はお祭り騒ぎになる。

だけど僕はその12月31日よりも、もっと特別な一日を知っている。「12月32日」を……。



僕が12月32日を迎えたのは、中学2年生のころだった。

まだスマートフォンなんてなくて、携帯電話の時代だ。例年よりも雪が多く降り、大みそかも雪が白い膜のように町を包んでいた。

「……いつの間にか寝てたな」

眠い体をベッドから起こして、僕は目をこすった。

大みそかの歌番組の途中で眠くなり、布団に入ってそのまま寝てしまったらしい。

せめて新年に変わる瞬間くらいは起きていたかったが、無理だった。

最近よく眠れていなかったから、疲れがたまっていたのだろう。



お正月の朝はお雑煮を食べないと始まらない。

そう思ってリビングに行くと、なぜか誰もいない。

「お母さん? お父さん?」

返事はなかった。

「あれ? おかしいな」

仕方なくテレビをつけようとするが、なぜか映らない。

「ん? 壊れたのかな」

新年早々テレビが壊れるなんて、縁起がわるいなあ。

僕はなんか、まだ夢を見ているような気がしてきた。

とりあえず部屋に戻って、窓の外を眺める。

やっぱりお正月の朝にしては静かすぎる気がする。もう朝日も出て、空も青くなっているのに誰も声もしない。

「変だな……。あ、そうだ。カレンダーを変えないと」

今年は受験生になる。気合を入れてカレンダーを選んだ。予定がたくさん書き込めるやつだ。

すると見慣れた去年のカレンダーの様子がおかしいことに気づいた。

「なんだこれ?」

12月のカレンダーのバランスが何かおかしい。12月31日の横に、32日が追加されているのだ。昨日まではこんなではなかった。

「やっぱりまだ夢の中なのかな」

僕がそう思っていると、32日の枠に小さい字でこう書かれているのを見つけた。


『12月32日はボーナスデーです。今年、一年やり残したことがありますね。そんなあなたの強い思いが、32日を生んだのです。

12月32日はやり残したことのある人しか目覚めません。それ以外の人はみんな眠っています。

安心してください、今日が終われば無事に来年がやってきます。今日をどう過ごすかは、あなた次第です』


「やり残したこと……」

カレンダーの言葉を簡単には信じられなかったが、僕にはやり残したことに心当たりがあった。



「ことね……」

となりの家の幼馴染、犀川ことね。

小学生になってこの町に引っ越してきた女の子。僕と同い年で、男まさりで溌剌とした少女だった。

「ゆうき! 遊ぼう!」

ことねとは隣同士で小学校も一緒だったので、よく家のインターフォンをならして僕を遊びに誘った。

公園だったり、お互いの家だったり、高速道路の橋脚の下に作った秘密基地だったり、いろんな場所で僕らは遊んだ。

そんな僕らの関係がいつの間にか男女何人かのグループになって、やがて男女に分かれていって、ことねとも挨拶くらいしか話さない日々が続いた。

「ことねちゃんってさ、ゆうきくんと家が隣同士なんでしょ?」

「あ、うん。そうだよ」

「どうなの?」

「えー! なにもないって!」

女子のグループがことねを囲んで、そんな話をしているのを聞いた。僕は恥ずかしくも、鬱陶しくもなり、ことねも避けるようになった。

ことねも同じように僕のことをさけていたのかもしれない。

一緒に登校することをやめ、挨拶すらも

「あ、おはよう」

「うん、おはよう」

とそっけないものになっていった。

そして小学校を卒業して、中学になって僕らの距離はもっと離れた。

「よう、ことね」

「なに?」

「いや、なんでも」

そんな感じで、出会っても声をかけることさえためらうようになった。



12月32日の空をみて、僕はことねのことを思い出していた。

一度だけ、高速道路の下の秘密基地に閉じ込められてしまったことがある。

夏休みの終盤、夕立がきて雷がなり、僕は家に帰れなくなっていた。

『ゴロゴロ……ドーン!』

雷の音が爆弾のように響いた。

僕らは膝を抱えて、できるだけ小さくなった。

ことねは昔、自分のまえに雷が落ちたことがトラウマになって、この状況に震えていた。

「きゃっ」

「大丈夫か、ことね」

ことねは首を横にふる。

「こわい。はやくおうちにかえりたい」

それは僕も同じだった。でもことねの前で、かっこつけてしまう。

「おれがそばにいる」

「ほんと?」

「うん。だから心配するな」

「わかった」

『ドーン! ドドーン!』

二発落ちた。

「きゃー」「うわっ」

僕も驚いてことねにくっついた。

僕らは肩を寄せ合う格好になる。そのままことねは僕の手を握った。

「ゆうきも怖いんじゃん」

「そんなことねーし」

また強がってしまった。男勝りなことねのこんな姿をみたのは初めてだったから、どうしていいか分からなかった。

「こういうときは、なんかほかの話をするんだ」

「ほかのはなし?」

「うん。例えば、すきな給食とか」

「えー……」

「おれはカレー。ことねは?」

「……ビーフシチューかな」

「バナナは?」

「あんますきじゃない」

「なんで?」

「なんでって。甘いし」

そんな話をしていたら、夕立も雷もどこかへ行ってしまっていた。

「ほら、雨やんだだろ」

「ほんとだ。いつの間に」

ことねとふたりで秘密基地から空を見上げると、高速道路の向こう側に透き通った夏の夕焼けが見えた。

白や紫やオレンジがぐちゃぐちゃに混ざりあい、それでも不思議ときれいに見える。

「ゆうき、ありがとう」

「いいよ、これくらい」

「なんか、見直した」

「うるせーよ」

僕らはさっきからずっと手を握り続けていたことに気づいた。

気まずくなって手を離そうとすると、ことねが

「今日はずっとこうしていたい」

と離すのを拒んだ。

「……仕方ねーな」

口ではそういったが、僕は少し赤くなっていた。

そのまま僕らは雨上がりのアスファルトの上を、手を握りながら歩いた。



その日からずっと、僕はことねを意識していた。ことねもそうだったらいいなと、思った。

けれども、これから先もずっと一緒にいるんだし、想いなんてまだ打ち明けなくてもいいかなとも思った。

だけどこんなにも早く、別れが来るだなんて。



「犀川さん、転校するんだって」

それは当然のことだった。

「それもうんと遠く、九州の学校なんだって」

胸にすっぽりと大きな穴が空いたような、そんな気がした。

1月の学校が始まるころには、九州の学校に引っ越してしまう。そんなことがわかっても、ことねと二人で話すこともできなくなっていた。

恥ずかしさを引きずりながら、31日まで来てしまったからだ。

来年の4日か5日に、ことねは引っ越してしまう。

やり残したことがあるとすれば、ことねのことだった。ことねへの想いが32日を生んだのだとしたら、僕は……。

「ことね!」

久しぶりにことねの家のインターフォンを押す。

これでことねは未練が眠っていたらなんて、考えてられる暇はなかった。それはそれでいいじゃないか。

しばらくするとことねが、玄関のドアをあけた。随分と長い間、顔を見ていなかった気がした。

「ゆうき……」

「ことね。ちょっと付き合ってもらってもいいかな。きっとみんな寝ちゃってるし」

ことねは僕の言葉に嬉しそうにうなずいた。

からかう友達も、近所のおばさんも今日は眠っている。僕とことねだけの、二人だけの世界だ。

「どこいくの? お店はみんな閉まっているよ」

僕はことねをつれて、高速道路の下まで歩く。

「ここって」

「秘密基地! もう壊されちゃったけどね」

僕らがいない間に、秘密基地は再開発事業によってなくなった。今は新しい公園になっている。

「でもこのあたり、少しおもかげがあるね」

二人で公園のブランコに座って、いろんな話をした。部活のこととか、クラスのこと。好きな食べ物の話もした。あの日みたいだった。

「おなかすいたな。カップラーメンでも食べるか」

「えー!」

「いいじゃん」

「まあ、嫌いじゃないけど」

お店が空いていたら、どこかへ行っただろうし、遊園地や買い物もしたかもしれない。公園で二人、デートだなんてつまらないと思う。

でも今の、12月32日の僕らにはそれで十分だった。

夕日が沈んで、あの日と同じ空になった。町の景色は変わり、僕とことねは大きくなったけど、空の色は変わらない。

「きれい」

「ああ」

「ゆうき、今日はありがとう。楽しかったよ」

「おれも」

「ねえ、どうして私たちだけ12月32日がやってきたのだろうね」

答えはわかっていた。でも恥ずかしくて、うまく言えない。

「いまのためだと思う」

「え?」

「ことねに、想いを伝えるためだって」

「ゆうき……」

「ことね、好きだ」

「うん」

「それはお前が九州へいっても、ずっとかわらない」

「ゆうき、私も好きだよ。ありがとう」

僕らは手を握った。あの時よりもずっと強く。

「大人になったら、絶対会おう」

「うん。約束だね」

「それから、早く携帯を買ってもらってメールする」

「わかった。待ってるね」

だんだんと暗くなってきた。僕はことねを抱きしめると、そのままキスをした。



それから10年近くが経って、僕は大人になった。今でもことねとは連絡を取り合っているし、数年前に会ったりもした。

でもお互い別のパートナーをみつけて、幸せに暮らしている。

あの日以来、12月32日がやってきたことはない。あれからずっと僕が後悔のないように生きられたからだろうか。

それともあの出来事は、一生に一度だけの特別な一日だったからだろうか。

答えは分からないままだけれど、年をまたぐ時期になると僕はことねと見た、あのぐちゃぐちゃの夕焼けの色を思い出す。


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