634話 商売の知識
「そうだろう? そのブランドの酒は俺のお気に入りでな。料理を引き立てるために造られた最高級の酒なんだよ」
「そうなんですか……! ああ……美味しい……」
SSSSSランクのステーキに続いて最高級の酒を飲んだことで、タニアはすっかりご満悦の様子だった。
(ふふふ、チョロい女だぜ……)
俺は内心で呟く。
最高級のものを食べてテンションが上がったところに、最高級の酒を提供する。
そうすれば、人は簡単に懐柔できるものだ。
(さて、そろそろ頃合いかな……?)
俺はそう思った。
最高級ステーキと酒をたらふく堪能したタニアは完全に油断しきっている。
今なら多少の無理難題を言っても受け入れてくれることだろう。
(となれば、さっそく本題に入るとするか)
そう決めた俺は、おもむろに口を開く。
「なぁ、タニアちゃん」
「何でしょうか……?」
首を傾げるタニアに向かって、俺は言った。
「実は折り入って頼みがあるんだが……」
「私にできることでしたら何でも仰ってください」
即座に快諾する彼女。
その様子を見て、俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「タニアちゃんは、商売の知識に長けていると聞いているんだが……」
「ええっと。まぁ多少は……。私は冒険者ギルドの受付嬢ですが、夫は大手商会の跡取り息子ですので……」
事前に収集していた情報通りだ。
夫が大手商会の仕事をしているなら、妻にも多少は知識が身につくものだ。
「俺は近いうちに、商売を始めるつもりでね。そのために色々と勉強しているんだ」
「ええっ!? 男爵でありAランク冒険者でもあるのに、商売を始められるんですか!?」
目を丸くするタニア。
まぁ確かに驚くのも無理はないか。
すでに富も名声も手に入れた人間が、今さら新しいことに挑戦するなんて普通は考えないからな。
だが――
「ああ、そうだとも。俺は新しいことにチャレンジするつもりだよ」
俺の場合は、やがて来る世界滅亡の危機に立ち向かうという使命がある。
戦闘系だけでなく、『商人』などのジョブを育てておいて損はないはずだ。
それに、新たに開拓するエウロス男爵領の流通を整える必要もあるし。
「……すごいです……!」
目を輝かせながら俺のことを見つめるタニア。
よし、狙い通りの展開になってきたぞ。
「だが、なにせ俺たち『悠久の風』は冒険者パーティだからな。商売の常識とかが全く分からないんだよ」
「なるほど……。それで私に声をかけられたわけですね!」
納得した様子で大きく頷くタニア。
ここから、いい感じに話を転がしていくぜ……!




