629話 値段
「しょ、少々お待ちくださいませ!!」
そう言って彼は店の奥へと向かっていった。
おそらく厨房の責任者にでも話をつけに行ったのだろう。
しばらくすると、慌てた様子で一人の男がやってきた。
年齢は五十代半ばといったところだろうか。
中肉中背のその男は額に汗をかきつつ、こちらにやってきた。
男は開口一番こう言った。
「ほ、本日は当店にお越しいただき誠にありがとうございます!」
営業スマイルとともに深々とお辞儀をする男。
なんだか少しわざとらしい気もするが、きっと気のせいだろう。
俺は男に告げる。
「うむ。ここは良いステーキを出す店と聞いたのだが、間違いないか?」
「はい! お褒めに預かり光栄でございます!」
再び頭を下げる男。
彼はそのまま言葉を続けた。
「非常に名のある方と存じますが、もしや貴族様でしょうか……?」
「ああ、その通り。俺はコウタ・エウロス男爵だ。同時にAランク冒険者でもある」
俺がそう答えると、男の顔色が目に見えて変わった。
先ほどまでの営業スマイルとは打って変わり、真剣な眼差しを向けてくる。
「これは失礼いたしました! そのような高貴なお方だとは知らず……!」
「気にすることはない。それよりも、しっかりと美味い料理を食わせてくれよ? 酒にも期待しているからな?」
俺がそう言うと、男はホッとしたような表情を浮かべた後、すぐに満面の笑みを浮かべて言った。
「かしこまりました! 最高の料理と酒をお持ちいたします!」
「うむ」
俺が鷹揚に頷くと、彼とウェイターは足早に奥へと引っ込んで行った。
さて、これで準備完了だ。
料理が運ばれてくるまでの間、タニアとの会話を楽しむことにしよう。
俺は彼女に視線を向ける。
すると、なぜか彼女は怯えたような表情を見せていた。
まるで何か恐ろしいモノでも見ているかのような目だ。
(む……?)
彼女の視線を辿るように周囲を見渡す。
特に不審な点は見受けられないが……。
「あ、あの……」
彼女が話しかけてきた。
心なしか顔色が悪いように見えるが……。
「ん? どうした?」
「SSSSSランクのステーキって……いくらするんですか……?」
ああ、なるほどな。
確かに気になるのも無理はないか。
Sランクのステーキでさえ結構な値段がするのだから、それ以上の価格となれば想像もできないに違いない。
「タニアちゃんが気にすることではないさ。ここは俺の奢りなんだからな」
「そ、そういうわけには……」
「おいおい、男が奢ると言っているんだ。それ以上は野暮ってもんだぜ? 俺に恥をかかせる気か?」
俺の言葉に黙り込んでしまうタニア。
これ以上追及しても無駄だと悟ったのだろうか。
よしよし、いい子じゃないか。
こうして俺たちは、最高の料理と酒が運ばれてくるまでの時間を潰すのだった。




