607話 友情は永遠よ
セリアは、自分が序列9位であることをタニアに伝えた。
だが、それを聞いた彼女は何故か呆れたような表情を浮かべていた。
(どうしてそんな顔になるのですにゃ?)
不思議に思うものの、すぐにハッと気付く。
(そうですにゃ!)
きっと自分の説明が悪かったに違いない。
おそらく『異性関係にだらしない男』だと勘違いされたのだろうと思う。
たしかにそれは否定できない事実ではあるのだが――。
「セリアちゃん、もう一度言うわ。私がもっとマシな男を紹介してあげる」
「ええっと……」
「私の夫が大商人の息子って話はしたわよね? その下請け行商人の次男坊とかどうかしら? 9股するような男よりはいいでしょ?」
「……」
「夫同士の力関係が、私とセリアちゃんの力関係にも影響しちゃうと思うけど……。大丈夫! 私とセリアちゃんの友情は永遠よ!!」
どうやらまた誤解されてしまったらしい。
しかも今度は先ほどよりもずっと悪い方にだ。
(こ、困ったですにゃぁ……)
思わずため息を吐く。
タニアの言っていることを素直に聞くなら、セリアを心配しているのだろう。
だが、それは表面上だけの話だ。
現に、タニアの笑顔の裏には隠しきれない優越感が見え隠れしていた。
かつて、冒険者ギルド受付嬢のキャリア採用組としてしのぎを削っていたライバル同士。
それが今では、大商人に跡取り息子の妻と、9股されている未婚女という立場になっている。
さぞ気分が良いことだろう。
(ふふっ。セリアちゃん、私の見えるところで落ちぶれてちょうだいね……?)
優越感を覚えるのにも適度なラインというものがある。
例えばだが、伯爵家に生まれた貴族は、少し下の子爵家や男爵家の者に対して優越感を覚えるだろう。
だが、使用人に対して優越感を覚えるかと言われれば、そうとも限らない。
距離が遠すぎると、そもそもそういった感情の対象にならないのだ。
――現代日本においても、似たようなことは言える。
年収300万で働く社畜を考えてみよう。
彼は平均年収よりも低めの給与に不満を抱きつつ、あくせく働いている。
だが、よく考えれば3食きちんと食べられており、寝る場所もある。
病気になれば保険適用で治療費が出るし、年金保険料を支払っていれば老後についてもそこそこ安心だ。
にも関わらず、なぜ彼が不幸だと感じることがあるのか?
それは、現代日本の中で比較し、自分よりも恵まれた境遇にいる者が多いと感じるからだ。
要するに、比較の問題なのである。
比較対象が、例えば戦争に苦しんでいた時代の民だとか、あるいは独裁国家の悪政に苦しむ国民であれば、社畜の彼も十分に幸せなはずなのだが……。
実際には、それらと比較して幸福感を覚えることはない。
距離感が遠いからだ。




