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恋するカフェの物語

作者: 平地よしえ

ここは可愛い人形の街。生きた人形達の住む街です。店の連なる一本道を黄色いワンピースをふわふわなびかせながら歩く女の子がいました。彼女の名はマチル。今日は、友達のルノと、あるカフェでモーニングを一緒にする約束をしているようです。それは梅雨時の6月、珍しく晴れた朝のことでした。

「今日は、久しぶりの良いお天気。空気が気持ちいいわ。」

マチルはいっぱいに息を吸い込みます。

「今日は、楽しみね。」

長いスカートをふわりと浮かばせて、くるりと回るとマチルはお店の看板を探し始めました。

「えーと、あ、あったわ。あのお店ね。」

店の看板にはサンサカフェと書かれていて、飴色の壁と緑の屋根のある建物が見えてきました。窓の縁には植物を象った装飾が施されています。それは、マチルもルノも初めて入るお店でした。

「どんな所なのかしら。」

お店の前まで来たマチルは、そおっと窓を覗きます。中は子供連れの家族からお年寄りの夫婦、若者のグループやカップルなど、様々な人形達が楽しそうに食事やお茶を飲んでいるのがみえました。シックな色合いの落ち着いた空間です。

「まあっ、お洒落ね。」

マチルは目をぱちぱちさせながら、ぐるりと辺りをみわたすと、一人の男性に目がとまりました。スノーホワイトのジャケットを、カジュアルに着ている彼は、なかなかの美しい人形です。マチルは、ぽおっと見とれていると男性客は気づいたのか、ふとマチルの方を向きました。思わず目が合ってしまったマチルはドキッとして慌てて顔を引っ込めます。

「わぁ、びっくりした。」

マチルは、胸に手を当てて落ち着きを取り戻すと、扉を開けました。カランカランと、天井に付けられたベルが鳴ります。窓際の奥から二番目の席にルノは待っていて、マチルを見つけると小さく手を振りました。茶目っ気のあるルノは長いポニーテールをピンクのリボンで結んでご機嫌そうです。マチルもそっと手を振るといそいそと席に着きました。

「ご注文は、お決まりでしょうか。」

ウェイターがやって来て、テーブルの上に水を置きます。

「モーニングを2つお願いします。」

「お飲み物は何にされますか?」

「あたたかい紅茶で。」

「かしこまりました。」

ウェイターが去ると、さっそく二人の会話が弾みます。

「ねぇ、知ってる?ここのお店、ちょっと変わってるらしいわよ。」

「変わってる?そんな風には見えないけど。」

「ほら、このメニューのここ見てみてよ。 当店のモーニングは恋の始まりのお味ですって。」

ルノはメニュー表の飲み物が書かれた文字をたどった下に赤く書かれた文字を指します。面白そうに、にんまりとみせる笑顔のルノは、どこか愛嬌があります。

「恋のお味ねぇ…どんな味なのかしら。」

マチルも目をぱちぱちさせながら、不思議そうに読みました。そして、二人がそんなやりとりをしている頃、ウェイターがスープを持ってやって来ました。

「コーンスープでございます。」

ウェイターは二人の前にそれぞれ丁寧に置くとまた去っていきます。

「うーん、いい香り。」

スープから、トウモロコシの香ばしいかおりが湯気に乗って伝わってくるようです。マチルは一口、スープを飲みました。すると…..どうしたことでしょう。マチルは、体中がむずむずとし始めてどこかへ動きたくなる衝動に駆られました。足が自分の意志とは反対に、あっちへ行こうとしたり、こっちへ行こうとしたり勝手に動いてしまって仕方ありません。

「何か入ってるのかしら。」

マチルがもう一度スープカップを持ち上げると、カップのおもてに何やら文字が浮かび上がってきました。そこには

『今から貴方は主人公です。馬に乗って行きつく場所まで委ねましょう。』

と、書かれています。

主人公….?馬…. ?何のこと?

マチルがぽかんと考えていた途端、急に足が大きく上がりだし、勝手に歩きだしてしまいました。

「え?足がいうこときかない….。どこ行くの?こら!」

マチルは足をパチンパチンと叩いて叱りましたが、足はおかまいなしと、先へずんずん歩いて行きます。そして、マチルは先ほど窓から見えたあの美しい男性の所まで来てしまいました。すると足は、ぴたりと止まります。

「あの…えぇと….あの…..。」

マチルは突然ここまで来てしまい、何と言ってよいのやら分かりません。マチルが一人困っていると、

「やあ、どうしたの?」

男性客はマチルを見て話しかけてくれました。男性の向かいには小柄の短髪な中老が座っています。茶色のニットを着て、片手に持ったコーヒーを静かに飲んでいました。

「えぇと…..私….来ちゃったんだけど….何でなのか….自分でも….えぇと。」

マチルは男性への返答に、まごまごしていると、

「ゴホン、ゴホッ、ゴホン。」

男性は苦しそうに、咳き込んでしまいました。

「大丈夫ですか。」

中老は席を立ち、男性の背中をさすります。

その時、ポロロロンとピアノの音が鳴りました。すると臙脂色のカーテンが開かれ、ピアノを弾く人形と、隣でロングドレスを着た人形があらわれました。人形は客席に軽く微笑むとゆっくりとお辞儀をし、メロディーに合わせて歌い始めます。歌声は遠くの客席まで包み込むように響き、リズムに乗せて揺れる彼女のスリットは涼しそうです。

「せっかくだから参加しない?」

男性客は咳き込んだ後の口元をハンカチで軽く拭うと、マチルを誘います。ステージには、客席から3組のお客が上がり楽しそうに、ダンスをしていました。

「えっ!?…..あ、はいっ!」

マチルは、びっくりしましたが、喜んで受けました。胸はどきんどきんと鳴り、嬉しさがこみ上げてきます。

男性客は、マチルの右手をそっと取ると、二人は手を重ねてステージの方へと、進みました。柔らかいピアノの音色に合わせて艶やかな歌声がまた、広がります。

マチルと男性は、互いに向き合い、軽く会釈を済ませると手を取り合いダンスを踊り始めました。歌に合わせて揺れながら、時折、一緒に小さく回ったり、横へ進んだり、顔を合わせたり。マチルは照れながらも、呼吸を合わせて踊ります。そして、マチルの足はまるでマチルの願いを叶えてくれるかのように巧みなステップを踏んでくれるのです。自分でも信じられないくらい軽い足取りです。マチルの心はだんだんと夢見心地になりました。この時がずっと続くといいのに。マチルの気持ちは膨らみます。すると、マチルの心を受け取ったかのように急に足は右へ左へと勝手に動き出しました。せわしくカチャカチャと自分勝手なステップを踏み、最後には大きく足を上げてしまいます。

「こらっ、やめて!足、とまって!」

マチルは、また、足を叱りますが言うことをききません。

その時、曲が終わり、歌い手の人形は、客席にお辞儀をすると、奥の部屋へ入っていきました。司会がカーテンの裾から出てきて挨拶をします。

「皆様。本日は当店へお越しいただき、誠にありがとうございます。朝の歌は、これで、おしまいとさせて頂きますが、皆様は引き続き、ごゆっくりお食事をお楽しみくださいませ。」

歌がお開きになると、先ほどまでステージでダンスを踊っていたお客たちも、次々と席へ戻り始めます。男性客は、マチルを見て、そっと笑顔をみせました。

「ダンス、上手だね。」

「いえ、これは、足が勝手に…。」

「足?」

「あ…、いいえ、何でもないです。」

マチルは、また、何と会話してよいのか分からず、恥ずかしそうに頬を染めて俯いてしまいます。

「名前は、なんていうの?」

男性客は、少しマチルを覗き込むようにして優しく聞きます。

「マチル….マチルっていいます。」

「マチル。可愛い名前だね。僕はライっていうんだ。」

「あ…はい。」

マチルはやっぱり恥ずかしくて顔を伏せてしまい、何も喋れません。

「一緒に踊れて楽しかったよ。」

ライは、そうにこやかに伝えますが、

「あの、私….戻らないと。」

マチルは、慌てるように、席へと戻ってしまいました。ライもじゃあ、と手を上げると、席へと帰ります。食事は続き、二人の間には何事もなかったかのように、それぞれの時間が流れてゆきます。

「本日のモーニングでございます。」

ウェイターが大皿を持ってきました。大皿には牡丹と小鳥の美しい絵付けがされていて、その上にサンドウィッチ、サラダ、ミニグラタンに、ゼリーと、小分けしてのせられています。

「まぁ、おいしそう。」

マチルは心半分、ライの事が気になってはいましたが、気を取り直して、きれいに組み合わされた大皿の料理を眺めます。そして、サンドウィッチを手に取ると一口、ぱくりと、口にしました。すると、どうでしょう。また、マチルの体がむずむずとし始めて、何かを掴みたくなる衝動に駆られました。手が、自分の意志とは反対にあっちへ動いたりこっちへ動いたりと、勝手に動いてしまって仕方ありません。

「どうなってるの?私?」

慌てるマチルは、ふと大皿に目をやりました。すると皿の縁に、何やら文字が浮かび上がってきます。

『主人公は今、戦士になりました。大切な人を守りに行きましょう。』

戦士?守りに行く?何のこと?

マチルがぽかんと考えていると、急に手がぴんぴんと動きだし、ライの方へとマチルを引っ張ろうとしました。

「あぁっ、もう、この手!やめて!動かないで!」

マチルは、自分の手がライの方へ行こうとするのが分かると恥ずかしくなって急いで手を止めようと叱ります。すると、その時カランカランと店の扉を開けて中に入って来る男が現れました。

「よう、よう、ようっ、探したぜ、兄ちゃん。」

男は威勢の良い声を張り上げてずんずんと中へ入り、ライの席まで来ると、ふんっと怒って立ち止まりました。恰幅の良い体つきに華やかな刺繍が施されたスーツをパリッと着こなして、長いストレートの黒髪を太い指で掻き上げています。

「忘れたとは言わせないぜ。この前、オレに水をぶっかけただろう。お陰で大事な一張羅は、びしょぬれ。おまけに人前で大恥かいたんだよ。今日は礼を言いにきたぜ。」

男はグイっとライの胸元を掴むとふんっと威圧のきいた笑みを見せます。

「あぁ、あの時の。覚えているよ。けれど君が良くないんだ。君が話をしていた女の子は嫌がっていたじゃないか。しつこく言い寄っていたから、ちょっと仲裁に入っただけだよ。」

ライは、やめてくれないか、と胸元の手を振り払います。

「なんだとっ、この野郎。よくも涼しいつらして、そんなセリフをしゃあしゃあと言えたもんだぜ。もう、堪忍ならねえ。」

男は拳を大きく振り上げました。

「一発おみまいしてやらあ。」

その時、マチルは、もう手がうずうずして止まりませんでした。突然、勢いよく動き出すとライの方へ引っ張って行きます。

「あぁっあー。」

マチルは手に引っ張られながら、男の方へ走って行き男を両手で、どんっと押してしまいました。

「おぉっと、なんだ、なんだ。」

男の体はよろっと傾きます。

わあぁぁっ、どうしよう。マチルは自分のした事に動揺してしまいます。そんなマチルに男は気付くと、がしっとマチルの片手を掴んでじーっと眺めました。

「こんなおふざけをする子は、どんな坊ちゃんかと思ったら、可愛い姉ちゃんじゃねえか。」

男はにたっとした笑顔をマチルに向けると

「オレと一緒に付き合わねえか。いい店、知ってんだよ。」

と、マチルを誘います。マチルはびっくりして、

「つ….付き合いません。離して下さい。」

と、おじおじとして、腰が抜けてしまいました。ライは、そんなマチルを見ると、立ち上がり

「君、乱暴はやめないか。」

と男に向かって止めに入ります。

「なんだとぉ。また、オレの邪魔をするつもりかよ。1度ならず、2度までも。懲りねぇ野郎だなあ。貴様ごときに割り込まれて、参るような劣った男じゃあないんだよ、オレは。」

男はライを睨むと、ふんっと鼻息を出して怒ります。

「僕も、君に負けるような男じゃない。」

ライも負けずと、男に立ち向かいます。

「ふんっ。威勢のいいこと言うじゃねぇか。そんなら、どうだ?どっちがいい男か勝負しようじゃないか。負けたら引き下がってもらうぜ。」

「望むところだ。」

二人は互いに火花を散らすと、

「おいっ、ここのオーナーさんよっ。ちょっと、ステージ借りるぜ。」

男は、大きな体を揺らしながら、ずんずんと歩いて、一人先にステージへと立ち上がりました。

「あら、何事かしら。」

ざわつく客席に気付いて奥から先ほどの歌い手の人形がでてきます。

「こいつと、男の勝負がしてぇんだ。ちょいとばかし、騒がしてもらうからな。」

「あら、面白いこと。結構よ。どうぞ、お使いなさい。私も拝見させてもらおうかしら。」

歌い手は、ステージの端の席に座ると、ローズレッドのしとやかなシルクのショールを羽織り直し、男を優しい眼差しで見ました。

「よおし、いくぜ。」

男は勢いづいて声を張り上げると、軽快にタップダンスを踊り始めます。

タンタカ タンタカ タン タン トン タッ トゥンタク トゥンタク チャン チャン 

男は、大きな体を左に右にと、やじろべえのように揺らしながら足を小刻みに動かすと、高く膝を曲げて足踏みを鳴らし、くるりと一回転をして、パチッとポーズを決めます。

それから腕を上下に振りながら走る様な早さで力強いリズムを鳴らしたり、トントントンと両手を広げてダイナミックにジャンプをしたり、男の気迫あふれるダンスに客席のお客達も感心してしまいます。

「次は、おたくの出番だよ。」

ふん、どうだ、見たか!というような自信満々の様子で、男はライを指します。ライは、闘志の燃えるような表情を浮かべると、

トゥン タカ トゥン トゥッ トゥッ ト と、軽いステップを鳴らしながら、すっと身軽にステージの上へ飛び乗ります。ライは、ステージに、ぴんとした姿勢で立つと、手を腰に添えて、足を鳴らし始めました。

タカ トゥタ タカ トゥタ トゥ トゥ トッ トカ タカ トゥタ タカ トゥタ トッ チャチャット

右足を前に蹴ったり、足を交互に重ね合ったり足を細かく鳴らしながら両手を広げて優雅に回ったり、ライは、素早い動きで魅了します。リズムに乗ってきたライは、次に右足を後ろに曲げたかと思うと、思いきり蹴って、次はすぐに左足を前に出します。高く膝を上げて右、左と鳴らすと、ぴたっと止めて腰を振り、とーんと端まで飛んでポーズを決めました。客席も、おぉぉと、どよめきます。なかなかうまいな。男はライを気にしながら、また、靴を鳴らしました。そして、ライも男に合わせて靴を鳴らします。二人は、まるで歌でも歌うように協和してダンスを踊り始めました。どちらも負けず劣らずです。

「どちらも上手くて、埒があかないわね。」

歌い手の人形も、二人を見て微笑みました。

しかし、この見事なダンスの裏では、男が悪い企みを考え始めていました。ライが、思っていたより、上手だったので焦り始めてきたのです。男は心の中で思いました。このままでは、負けてしまうかもしれねぇ。けどもし、ここでライの足をひっかけたら、ライは転んで大恥かくに違いねぇだろう。そしたら、オレの勝ちだ。男は、ライの足元を見ました。

ちょっと、ひっかけたって誰も気づきもしないよな。男は、自分に言い聞かせると、そおっと、少しずつライに近づいていきます。今ならいける…。男は、しゅっと足を伸ばしました。しかし、その時、またマチルの手がむずむずと、動きだしたのです。マチルは近くにいたウェイターのお盆をぱっと奪い取ると、男の足めがけて、ぴゅーんと投げ飛ばしてしまいました。お盆は、足には当たりませんでしたが、その上をすれすれで飛んで行き、男はびっくりして、伸ばした足を止めてしまいます。客席のお客達も、何事が起きたのかと、ざわつきはじめました。

「あなた、その足は…。」

歌い手の人形は男の伸びた足に、いち早く気付くと、思わず声に出してしまいます。

「違う…これは…ち…違うよ。」

男は動揺し、慌てて首を横に振りました。しかし、嘘をついてごまかした事に、不安の表情は隠せません。歌い手は、マチルの方も見ました。マチルも、自分のしてしまった事に、どうしていいのか分からず、小さくなっています。歌い手は、ゆっくり腰をあげると、マチルの方へと歩いて行きました。

「貴方、どうしてお盆を投げたのかしら。」

歌い手は、優しい大きな瞳で、マチルを見ます。

「それは…自分でも分からなくて…あの…手、手が勝手にそうしてしまったんです。」

マチルは、怖々と小さな声で返答します。

「手が?本当にそうかしら。」

歌い手は、変わらず優しい表情で、もう一度、聞き返しました。マチルは、その質問に、どう答えてよいのか分からず、ただ、黙って俯いてしまいます。歌い手は固く握りしめているマチルの手に、そっと自分の手を重ねました。

「本当は、自分の心がそうしたかったのではないかしら?自分の気持ちが手を動かすのよ。」

歌い手は、マチルの顔を少し覗き込みます。

「好きなのかしら?」

歌い手の言葉にマチルの心がどきんと、弾けました。じわじわと体中がしびれて、顔が熱くなるのが分かります。私、きっと今、顔が真っ赤だわ。マチルは、そう思うと、いてもたってもいられない気持ちになり、歌い手から顔をそむけようとしました。

「どうして、そんなに怖がるのかしら。誰かを好きになる気持ちは、自然な事よ。朝、目が覚めて素敵な男性と出会うでしょ、それから、そのまま恋におちても、おかしな事ではないわ。」

歌い手は、既に頬が赤く染まっているマチルに、笑顔で話しかけました。それから、ステージに立ち尽くしている二人を見て、言います。

「お二人とも、素晴らしい、ダンスだわ。どちらが勝れているか、決められない程よ。どうかしら。この勝負、引き分けという事で。どちらも魅力的ないい男よ。」

すると、歌い手の優しい言葉に、男の張りつめた表情が緩みました。男は、シャキッと立つと、ライの方に歩み寄ります。

「引き分けね。まぁ、いいさ。おたくのダンスもなかなかのもんだったぜ。オレとここまで踊れるんだ。大したもんだよ。」

男は陽気に、しかし、どことなくきまりが悪そうにしながら、ライに手を差し出しました。すると、ライはにこやかに男の手を取って握手を交わします。

「君の腕前はとてもすごいよ。その迫力ある踊りには、僕は勝てないかもしれない。見事だったよ。あの時、水をかけたのは、悪かった。すまない。」

「あぁ、まぁ、いいさ。服の事は、もういい。こっちもさっきは、足出して悪かったな。そこまで悪気があった訳じゃないんだ。」

男がそう言って、まだ気まずそうにしていると、

「いいんだ。気にするなよ。」

ライは、固く握手をします。男も、同じように固く握手を交わすと、二人には笑顔が戻りました。そして、その様子を見ていたマチルは、ますますライの事が気になってしまいます。かっこいい人だわ。そう、素直に思える自分の胸に手をあてると、なんとなしに、しょげてしまう気持ちにマチルは、思わず目を伏せてしまいます。ライと男は、別れを告げて、ライは席の方へと向かい、男は気分よさそうに店を出て行きました。マチルは、こちらの方へライが来るのが分かると恥ずかしくなって逃げるように自分の席へと戻ります。

ライは席に着くと、ゴホンゴホンと苦しそうに咳き込んでいました。マチルは気になってライの方を見ると、同席している中老に、背中をさすられているライの姿がありました。

「お病気を煩っていらっしゃるのですから、あまりご無理をなさらずに。」

中老は心配そうにライに注意をしています。

「大丈夫だよ、ドルト。これくらい平気だ。」

ライはそう言って、気情に振舞っています。

「食後の紅茶でございます。」

マチルが、そうライを気にしている間にも、ウェイターが来て、二人の紅茶を運んで来てくれました。

「ご注文は、以上でございます。ごゆっくりお過ごしくださいませ。」

ウェイターは、去ってゆきます。次は、何が起こるのかしら。ライが気になるマチルは、何か願いでも託すような気持ちでカップを手に取ると、そおっと一口飲んでみます。マチルは、何か異変は起きないかと、じっと待ってみました。しかし、いくら待っても、さっきのように体がむずむずともしなければ、どこか動きたくなる様子もありません。あれれ?おかしいな。マチルは、もう一口飲んでみました。しかし、何も起きません。

「ねぇ、聞いてる?マチル。」

ふと、気付くと目の前でふくれているルノが、マチルを何度も呼んでいました。ルノは、先ほどからライの事で頭がいっぱいの上の空でいるマチルにじれったそうにしています。

「話、聞いてた?」

「あっ…ごめん。何だったかしら。」

ルノは、やれやれとした表情で、ふぅーっと大きく息を吐くと

「行かなくていいの?」

と、小さく指でライの方をさしました。

「えっ…行くなんて…そんなこと…..。」

マチルがそう引っ込みがちにしていると

「何もしなかったら、このまま帰っちゃうわよ。」

ルノは、もどかしそうに言います。

「でも、いきなり行ったって….どうしたらいいのか。」

せっかくの、ルノの後押しにも消極的なマチルは、やきもきした気持ちを抱えたまま紅茶を飲むほかありませんでした。そうして、時間は流れ、時計の針もお昼に近づいてゆきました。客席は、食事を終えたテーブルも目立ちはじめ、とうとう、ライとドルトも席を立ち会計を済ませて、ドアの方へと向かいます。

マチルは焦るような気持ちで、ライの姿を追いかけました。胸はどくんどくんと大きく鳴ります。カランと、ドアを開くベルの音と共に外へ出る瞬間、ライは、ちらりとマチルを見ると、にこりと微笑みました。マチルは思わず、どきんと大きく胸がはじけます。しかし、ライはそのまま外へ出てしまい、閉まった後のベルの音だけがカランカランと残されたように響くだけでした。マチルは急に悲しくなりました。もう、二度と会えないのかしら、と思うと、胸が張り裂けそうです。そんなマチルをさっきからずっと見ていたルノは

「本当に行かなくていいの?二度と会えないわよ。良い思い出で終わっていいのならいいけれど….。夢みたいな再開なんて、ありえっこないんだからね。」

と、もどかしそうに言います。

マチルは、ルノの言葉に胸をおさえ目を閉じました。胸の音は変わらず大きくどくんどくんと鳴っています。自分の気持ちは…自分の気持ちは…ガラッと、マチルは席を立ちました。もう一度会いたいという思いがマチルを強く動かすようです。ライに会いたい。でも、困らせてしまうかしら….。ううん、自分の気持ちだけでも伝えないと、何も分からないし、始まらないわ。マチルは、ライを追いかけに、外へ飛び出して行きました。店の外へ出ると、丁度、お迎えの車に乗ろうと歩道に立っているライ達を見つけました。

「待って!待ってください。」

マチルは、走りながら大声で呼び止めます。

ライは、マチルに気付くと、

「運転手さん、待って。」

と、車を待たせました。ライの所まで、走ってきたマチルは、はぁはぁと、息を荒くきらしています。

「どうしたの?こんなに走って。」

ライは心配して聞きました。

「私…伝えたい事があって。」

マチルは、ライをみて話し始めました。

「こんなに突然で、困ってしまうかもしれないけれど、私…あなたの事が…。」

「しーっ。」

マチルがそこまで言いかけるとライは、しーっと人差し指をマチルの口元にそっとあてました。そして、優しい笑顔を見せると

「僕は、君を見かけた時から、素敵な女性だと、気になっていたんだ。まずは、ガールフレンドでいいから、僕とお付き合いしてくれない?」

と、マチルに告白をしたのです。マチルは思いがけない展開に、びっくりしてしまい、頬もぽぉっと赤くなりました。すると、ゴホッゴホッと、ライがまた苦しそうに咳き込んでしまいます。

「大丈夫ですか?」

マチルは、ドルトがしたようにライの背中をさすりました。

「ありがとう。」

ライはマチルにお礼を言うと、

「体の事は大丈夫だよ、ね、ドルト。」

と、ドルトにも向けて話します。

「はい。しっかり治療すれば治りますとも。」

ドルトも笑顔で答えました。

「私、ライの事、もっと知りたいわ。」

「僕も同じさ。」

ライとマチルはお互い幸せそうに微笑むと、友達のような恋人のような軽いハグを交わします。外は、珍しく晴れた梅雨時の昼。湿った風が恋人達をより切なくさせるようです。

モーニングの不思議な魔法から始まったマチルの恋。まずは、想いが叶って良かったね。












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