第四十一話 第一部最終回 めでたしめでたし?
蘇った最後の記憶の旅から帰ってきて、全て理解した。
僕が転生して記憶があった理由は、魂と精神が呪われていたからだと。
悪魔の呪いにより魂と精神が強固に結びつき、精神に焼き付いた記憶が転生した後に記憶を蘇らせたからだ。
僕はふと、母さんに抱かれたアリーチェを見る。ああ、そんなに泣きそうになって、ごめんね怖かっただろう。僕がやったことなのに抱きしめてやりたいと思ってしまった。それは僕には二度とかなわない夢なのだろう。
呪いは今は発動していない。いないが、今の僕には手にとるようにわかる。
この呪いは正常な状態と呪いのかかった状態を繰り返す。
完全に狂ってしまえば、悪魔が好む新鮮な感情にはならないからだ。
ふとした日常、愛情を強く感じたり、与えられたりしたときになんの違和感もなく反転する呪いだ。
だから僕の正常なうちに、誰にも危害を加えていない今、僕は命を絶たないといけない。
もうボーンを使ってはだめだ。さっきは無意識のおかげで正常な部分がうまく働いて、妨害してくれたけれど、次はアリーチェたちに向かうかもしれない。
僕の上に大量に乗っているボーンたちの、魔力を抜いてただの重しにする。
その重みで骨にヒビが入るような痛みが走るが、もうどうでもいいことだ。
あとはやることは一つだ。魔力を外へと漏らさず僕の魔法で内側、魔力構造を破壊してしまえばいい。前世であの悪魔にやったことを僕の内部で発生させてやるだけだ。
物理的と魔力的で、破壊してくれるだろう。
感情も何もかも自分に向けてしまえば、家族に向かうこの呪いは発動しないはず。
魔力を暴走させて破壊することも考えたけど、そうすると体は防御反応により制御してしまい失敗するかもしれない。
だから、完璧に制御して僕を壊そう。
覚悟を決めたとき、ふと、アリーチェの笑顔が頭によぎり、顔を見たいという衝動に駆られる。
──が、それはだめだ。顔を見てしまうと呪いで感情が反転するかもしれない。
奥歯が砕けそうになるくらいに噛み締めて耐え、気をそらすため、頭だけになり木剣で串刺しになっている悪魔を、憎しみと殺意を込めてにらみつける。この感情ですら生きていたら悪魔にとっては食事に感じるのだろうが、睨まずにはいられなかった。
そして、もう、考えてすらいけないのだろうけど、最後だからこれだけは想わせてください。
父さん、母さん、愛してくれてありがとう。アリーチェ、愛させてくれてありがとう。
ずっと、ずっと、一緒にいたかった。
──ああ、これが最後のあいさつになるなんて嫌だなぁ、でも。
さようなら。
◇◇◇◇
アリーチェは、ずっと見ていた。自分の大好きな兄を。
その幼い心ではまだ理解できないものの、兄が何かを抱えていることを感じていた。
アリーチェは生まれてからずっと、見ていることしかできなかった。だけど、見ていることが幸せでもあった。
兄が一緒にいるときは、寂しかったり、悲しかったりする時はいつも最初に気づいてくれて、そのぬくもりで慰めてくれた。
ある日、見ていた兄が突然消えたように感じたとき、自分も消えたように思えた。
兄が胸に痛みを感じたとき、その痛みをなんとかしてやりたいと、母や父に無理を言って兄のところまで連れて行ってもらった。
結局何もできなかったけど、それでも兄は優しく笑いかけてくれた。
今も母と姉と自分が危ない時に、駆けつけてくれて助けてくれた。
ただ、ただ、兄が好きだった。
その兄が今目の前で消えようとしている。この前の消えたように思えた時とは違って、今度は本当に二度と会えないとわかる。
「やぁぁぁぁ!!! にいたん!!! にいたん!!!」
アリーチェは泣き叫ぶけれど、なにもできない。
アリーチェは兄といるだけで他に何もいらないのに、それが消え去ろうとしている。
兄自らの意思で、兄自らの力で。
アリーチェはそれがたまらなく悲しく、泣き叫ぶ。泣き叫び世界が揺れる。
『うるさいなぁ、あまり干渉してこないでほしいな。幼子よ』
アリーチェは不意に聞こえた声──アリーチェには分からなかったが恐ろしく冷たい声──にすがるように頼み込んだ。
兄を助けてほしいと、ただそれだけを願った。
『ルカくんがピンチだって!? ──おおっと、これは、すぐに行かないといけないな。まあ、まかせたまえよ! 君にも手伝ってもらうけどね』
アリーチェが兄というだけで、ただそれだけでその声にはぬくもりが生まれていた。
『すぐに行くよ』
◇◇◇◇
ああ、アリーチェの泣き声が聞こえる。馬鹿な兄だからアリーチェを悲しませてしまった。ごめんねアリーチェ。
僕は、体の内部で魔力を結晶化させ──
「ルカくん、まちたまえよ」
その声が聞こえた瞬間、地面から木の根っこのようなものが複数飛び出し、僕の体に乗っていたボーンたちをすべて吹き飛ばし、僕の体に巻き付いて地面に固定させた。
もう覚悟はできたんだ。止めても無駄だと僕は構わず魔力を使おうとしたけれど、魔力は全て木の根っこに吸い込まれていく。
「君に死なれるとぼくが困る」
「ア、アリアちゃん! お願いだ、僕は家族を傷つけたくない!!」
「分かっているとも、君の状況は理解した。まさかあの契約魔法の下に悪魔の呪いがあるとはね、僕にも隠すなんてそれをなした者に称賛を贈りたいよ」
やったのは僕だ、俺だったときの僕がやったことだ。記憶は戻ったが人格は代価として消え去ってしまったけど、確実に僕がやったことだ。
「なるほどね、まあそれは君の事情だ。詳しくは聞かないよ」
「だったら!」
「だから、まちたまえといっているんだよ。いいかい、その呪いは解ける」
「え?」
呪いが解ける……もう、諦めていたけどまた家族と暮らすことが出来るのか?
「ほ、本当に?」
「ああ、もちろん。どんな奇跡かはわからないけれど、解ける条件は揃っている。ぼくがいて、君に近しい魔力の持ち主、そしてその持ち主が世界樹の契約者になれば、悪魔が魂を掛けた呪いだとしても解けるさ」
「世界樹の契約者なんてここにはいない!」
僕は期待した分、さらなる絶望を感じた。
「いいや、いるさ。こっちにおいで幼子」
「にいたん……いなくなちゃいやなの」
「アリーチェ!? やめろ! アリーチェを僕から離してくれ!!」
ああ、アリーチェの顔を見てしまった。
──『その心は反転する』
ドクンと体の奥が脈打ち、また一瞬だけ感情が真逆に振れる。
魔法を発動しようとしたけど、僕を縛る根っこに吸い取られ発動しなかった。
──発動しなかっただけだ、またアリーチェに殺意を向けた事実に、僕の心にひびが入る。
「やめてくれ、アリーチェにこんな感情を抱くのはもう耐えられない」
「そうだろうね、幼子よ。だから一刻も早く、君がルカくんを助けるんだ」
「うん、にいたんをたすける、どうするの?」
「ルカくん、知っているかい? この大陸に契約がされていない世界樹が一つあることを、その契約にはハイエルフ並みの力がいることを」
「な、なにを言って……」
「そして、この幼子はずっとこの村にある君たちが聖木と呼ぶあの子の力を利用して、ずっと君を見ていたんだよ。契約者がいる聖木の力を無意識で使うことなんて、それこそハイエルフ並みの力が必要なんだ。泣き叫ぶだけで僕の眠りにも干渉できるほどの力だ」
たしかに前にアリーチェはずっと、僕を見ていると言っていた。アリーチェが聖木の力を使っていた?
「わかるね。彼女が世界樹の契約者だ」
「でも、ここには世界樹は……」
「そうここにはない、だからぼくが手を貸そう。離れた場所にある世界樹と幼子の契約、ルカくんの呪いの浄化の手伝いもやってやろう」
「なんでそこまで?」
アリアちゃんが僕にここまでしてくれる理由が見当たらない。
「うーんそうだね、率直に言えばぼくは君がほしい」
「えっ?」
「二重に呪いがかかった上で、あれ程、繊細に魔力を扱っていたんだ。それが解けたとき、君はどんなに魔力を扱えるようになるんだろうね。ぼくはそれが見たいし欲しい。──だけど今は君の呪いを解くのが優先だね。なに、助けたことを理由に無理矢理、なんてしないさ」
告白のような台詞に僕は混乱したけれど、それには構わずアリアちゃんはアリーチェの手を取り、額同士を合わせた。
「いいかい? 君はただルカくんを助けることだけを願うんだ」
「にいたんをたすける」
「そうだ、それ以外はぼくがやってあげよう」
アリアちゃんから魔力が立ち上ったと思ったら、アリーチェからも呼応するように弱々しいが魔力が上がる。
そして、それが地面に吸い込まれていった。
ほんの一瞬後にアリアちゃんが額を離す。
「うん、契約完了だ」
すぐに終わったので僕は拍子抜けだった。
「もっと時間がかかると思ったのかい? 世界樹だって契約者が欲しいんだ。そしてその契約出来る者が純粋な幼子だ。むしろ向こうの方からお願いされたくらいさ。そんなことより、さっそく君の呪いも解くとしよう」
「アリーチェは大丈夫なんだよね?」
「もちろん、簡単に説明すると世界樹の役割は魔力のもっと基礎である、魔素の純化だ。まあ汚れをとってるとでも考えてくれていいよ。それで、ルカくんの魔力を幼子の魔力と同調させて、世界樹の力により君の魔素を純化。つまり、呪いの力を分離させるわけだ。契約者とその近親者だからこそ出来る秘技だね」
今度は僕とアリーチェの額を合わせようとしてきたので、一旦止めてもらい。
僕が何も出来ないように目隠しと猿轡をしてもらい、首も前を向けた角度で固定させた。
「ル、ルカくんは徹底的にやるんだね。まあ、安全に越したことはないか」
あらためてアリーチェが額を当ててきて、アリアちゃんは僕とアリーチェの背中に手を添える。
「いくよ。すぐ終わるけどね」
「うん、にいたんはずっといっしょにいるの」
アリーチェから温かい魔力が流れてくる、ぬるま湯に浸かっているような柔らかな感触に包まれていく。
それが全身に回り、全てが溶け出していく感触だ。
僕の中の呪いが、解かれていくのを感じる。解かれて少しずつ消えていく。
触れ合った額からアリーチェの純粋な愛情を感じる。そして僕もアリーチェにだ。
それでも感情は反転しない。ただただ、アリーチェが愛しい。
僕は目隠しの端から自然に出ていた涙が溢れるのを感じると、もう止められなかった。
体を縛る根っこを消して「さあ、もう大丈夫だ」いうアリアちゃんの台詞も耳に入らずに、アリーチェに抱きつき僕は泣き続けた。
「にいたん、もうだいじょうぶなの」そういって、アリーチェは僕の頭をなで続けてくれた。
父さんと母さんもこの状況にはついてこれなくとも、いつの間にかにそばにいてくれた。
「あああああ!! すごい!! すごいわ、るーくん!! なんて感情の波かしら! 怒涛のようだったわ! 怒りに! 憎しみに! 絶望に! 希望に! そして愛情に!!」
そんな穏やかな空気を破ったのは首だけになって串刺しになったはずの悪魔だった。
いつの間にか、前世で見た姿に変わっていて、自らの身体を抱きしめ恍惚の表情を浮かべている。
「てめぇ! いつの間に!」
父さんが魔力の通った木剣で、斬りかかるが先ほどとは違い、それはあっさりと手で受け止められた。
「父さま、いまはおとなしくしてください」
そういって、指を父さんの額に向けるとと父さんは崩れ落ちた。
「父さん!」
「エドワード!」
僕と母さんが叫ぶけど、目の前の悪魔は前に見たようにニコニコとしている。
「安心して少し眠らせただけよ。私はいまので分かったの。もう、るーくんの感情しか愛せないわ。それ以外はもういらないの。呪いが解けちゃったのは残念だけれど、これも私たちに課せられた乗り越えるべき試練ってやつかしら」
僕を見つめるその目の愛情と食欲が混ざった感じをうけて、背筋が寒くなった。
「るーくんが、私に美味しいごちそうをいっぱい食べさせてくれたから、体も復活できたわ。やっぱり、女の体じゃないとるーくんと愛し合えないものね?」
やはり、こいつを見ていると吐き気がする。
「こいつはここで!」
魔力を操り杭型の魔力結晶を生み出す。
前世では爪楊枝程度の大きさを命と控えに創り出した杭型の魔力結晶だったけど、今は自然に手の中でしっかりと握れるくらいの大きさを創り出せた。
「でもね、るーくんごめんなさい。すぐにでも愛し合いたいのだけど、この体はまだ作りたてで安定してないの。だから、私が戻ってくるまで待っていてね」
「まて!」
投げキッスをしてくる悪魔に、僕は杭を突き立てようと、飛びかかったがその前に悪魔の体は溶けるように崩れて、地面に吸い込まれていった。
「くそっ!」
地面に杭を突き立てるが、土を抉った感触しか、しなかった。
僕の呪いは解け、自由になり、あの時見た母さんとアリーチェの死は覆すことが出来た。
魔獣たちも打って出たおじいちゃんを中心に全滅させることが出来て、みんな怪我もなく無事に帰ってきた。
めでたしめでたしで終わる話だ。
だけど、悪魔を逃したことだけは心に棘が刺さったかのような、嫌な感じがいつまでも残っていた。




