第十九話 辺境伯と息子と孫
「ビューストレイム辺境伯閣下においてはご機嫌麗しく──」
一〇年ほど前に俺と揉めた子爵が俺の前で礼をとっている。
「うむ、それで?子爵よ、俺に何か用か?」
「我が愚息の事故現場より我が家の剣の残骸と、遺骨を引き上げました」
「ようやくか、長かったな」
「魔の森に入りたい兵士や冒険者など、そうはおりませんので。それにその頃から強力な魔物が徘徊しているとの噂が流れており、それを恐れる者が多く……」
事故は高所の崖から魔の森に落ちたこともあり、生存は不明だが絶望的で依頼したところで、危険な仕事になるので積極的に探すということはしない。子爵はそういうことにしていた。
実際は馬車を落として遠見を使える奴が、砕けた馬車に巻き込まれ、脚がちぎれ、頭が割れたのを確認している。
噂は俺にも報告が来てはいるが、目撃証言くらいで詳細はわかっていない。確か黒いモヤに覆われた二足歩行の魔物だったか? 常に移動しているのか、なかなか見つからないみたいだな。
「それにしても、よく遺骨が残っていたな」
「馬車に巻き込まれた左足部分だけが、残っていたそうです」
「それ以外は魔獣にでも、食われたか」
おっと、これは意地が悪かったな。
息子の最後を思ったのか、子爵が顔を青くしている。
「それで、恐れ多くも辺境伯閣下にお願いがありまして」
「なんだ?言ってみろ。叶うかどうかはわからんがな」
「──はい。息子の墓を作っても、よろしいでしょうか? 正式なものなどとは言いませんので、お願いできないでしょうか?」
墓だと? 何を言ってる。そんな物、許すわけ無いだろ。海にでも打ち捨てろ。
だが、俺の口から出たのは感情としてではなく、貴族としての言葉だ。
「なぜ、お前の息子の墓を建てるのに俺に願うんだ? お前の息子は不幸な事故で命を落としたんだ。ちゃんと子爵家の墓に入れてやって葬儀もしてやれ」
「は、はい、ありがとうございます」
「だから、感謝なんかいらねぇ。だがいいさ、俺も供養として顔を出そう」
今度は黙って頭を下げる子爵。
揉め事が起きて、すぐにその当事者が不慮の事故にあった。その死体の発見と遺体の引き上げに子爵は消極的だったんだ。他の貴族も何かあったと思うに決まっている。
これで俺が供養として出てやれば、もうわだかまりはないという証拠にもなるだろう。
「だが、俺も今年の視察に出なきゃならん。しかし、そちらの方面にも行く予定だ──ニクラス、子爵に視察のスケジュールを」
「はい、わかりました旦那様」
こいつはトシュテンの次男で、長男のロジェとは違い執事の才能があったので、俺の側仕えの一人として勉強させている。
「へ、辺境伯閣下、私などにスケジュールを教えても良いのですか?」
スケジュールさえ分かれば、道中何処ででも、計画立てて襲い放題だからな。
「ああ、知られたところで何も起きんだろ? ── ああ、でも起きるとするなら、そうだな賊共のほうが良いな。数千人でも数万人でも構わん。良い運動と掃除になるからな」
やれると思ったとしても、兵士や領民など使ってくれるなよ? 国力が下がる。出来る限りの金を使って賊共を集めて襲ってくれ、結果は俺の得にしかならんけどな。
「は、はは。まさか……ご冗談を」
「意地の悪い冗談だったな。悪い悪い、許せよ」
あの顔は一瞬、頭をよぎったな? 息子の敵として、恨みはあるだろうがあの息子と違って、こいつはそんな馬鹿じゃないから、考えたとしてもなにもしないだろうがな。
やってくれたほうがスッキリするが、色々とな……。
「──これは、あの辺境の地にも向かわれるのですか?」
「ああ、あれでも一応俺の息子だ。数年に一度くらいは見に行ってやらんとな」
「……返済の方は進んでいるのですか?」
「いいや、ないと言っても良いくらいだ。いくらあそこの農地が潤沢とは言っても、税収に村の食料、それ以外で得た分の利益は村人にも還元すると言ってある。あいつの懐に残るのはほんの僅かだろうさ」
「左様でございますか」
「あの村で価値あるものを発見できない限り、死ぬまであそこからは出てこれないさ。なにか一抱えもある宝石でも見つかれば別だろうがな」
「……は、はあ」
息子と言いながらも、貴族として容赦ない行動をして、それを冗談にして笑っている俺に子爵は動揺しているみたいだ。
それから子爵はニクラスとスケジュールのすり合わせをしてから、俺に礼を言い出ていった。
ニクラスが葬儀のスケジュールを組み込み、日程の練り直しをする。
俺は椅子に深く腰掛け目を瞑る。
実はエドワードの借金は次の収穫日に払い終わる分くらいは貯まっている。だが返済に当ててないのは、孫のルカのことがあるからだ。
あの子に植え付けられた契約魔法はひどく危うい。紙の契約書で例えるならばあちこち擦り切れていて文字も消えかかっているし、触れば崩れそうなほど、脆くなっている。だが確実に作用している。
どんな風に契約が曲がっているかわからんから、あの子の好きなようにさせるしかなかった。
最近では魔力が上がり抵抗できるようになったのか、大分良くなってきているとの報告も受けているが、万全を期すために契約はわざと引き伸ばしている。
わずかながら払わせているのは契約に反しないためでもある。
次の収穫日には金も貯まる。何かあったときのための一手として使えるだろう。そのためにトシュテンに契約の代理人としての役割も持たせているんだからな。
教会の存在は心配だが、あの神父は少し創造神狂いのとこはあるがマシな方だろう。契約魔法のことが教会本部に漏れると厄介なことになりかねんが、あの神父は教会に制約させられていること以外は、教会本部に義理立てする気はないらしい。
教会め、何が神の力が宿る場所だ。
俺達、魔術師の理論を適当に神の力に置き換えただけだ。お前らの魔法神理論は、ただ、契約魔法と生命魔法の使い手が現れたときに、神の意思だの何だのいって教会が独占するために確保したいだけじゃねーか。
ぐるぐると俺の思考がまわる。
ウルリーカにも悪いことをした。ルカがあんなことにならなかったら、とっくに巫女として、村人にも慕われただろうに、シスターのままでいさせてしまった。
ただでさえ嫌な噂があるのに、変な行動をする子供の所にハーフエルフがいたとなると、なにかしたと思われ、慕われるどころか恐れられるだろうからな。
聖木を独占したいがため、ハーフエルフを確保したい教会。
拘束されることを嫌うが、聖木の巫女という誉れがほしいハーフエルフ。
教会の独占を許したくはない、俺たち貴族。
土地は貴族、実際の場所は教会、両者の影響を与えつつ、ハーフエルフには好きにさせるという成り立ちで、聖木がある村の教会は出来上がっている。せめてもの抵抗で教会の名前は冠さないことになっているがほとんど無駄だろう。
「おまたせしました、旦那様」という、ニクラスの声で取り留めがない思考の海から抜け、現実に帰ってきた。
「スケジュールの練り直しはすべて終わったか。では、エルンストに新しいスケジュールと改めて、留守を頼むことを言わないとな。お前も息子を支えてくれ」
「はい、承りました。それと、母には私から伝えます」
「たのむぞ、今回もよろしくと伝えといてくれ」
「有難きお言葉を……母も、父と兄に会わせてくれることをありがたく思うことでしょう」
「やめろ、やめろ。そんなかたっ苦しい言葉、俺の都合でトシュテンを向こうにやったんだ、当たり前だろうが」
深々と頭を下げるニクラスを見ながら、こいつは本当にトシュテンの若い頃とそっくりだなと思った。ロジェが顔以外はまるで似てないのが不思議なくらいだ。
俺は、自分で追いやった息子たち家族のことを思う。
本当はあんな土地に長い間、住まわせるつもりはなかった。
軌道にさえ乗ればその功績で、俺の都だろうと、王都だろうと好きに生きさせるつもりだったんだがな……。
──ルカに最後に会ったのは、レナエルが喋れるくらいになったときか。
強迫観念を植え付けられ、得体も知れない恐怖に理解も出来ないし、それを普通だと思い込まされている孫に、せめてそれ以外では幸せであってくれと願わずにはいられなかった。
◇◇◇◇
「そっか、風魔法もブロック状に作り出して配置、その中だけで振動させる。これで変に音が漏れることもなく調整も簡単だ。いやー、風魔法だからって吹かせて音を鳴らすとばかり、考えていたなぁ。神父様の話を聞いてよかったな。これで単純な音は出せるようになった。振動数は固定させ、長さや高さを変えたりして音階の調整。これを組み合わせていけば、懐かしのピコピコ音が作れるじゃないか! よーし、今日のお風呂で早速試してみよう、アリーチェ喜ぶぞ!!!」
誤字脱字報告ありがとうございます。
今回は非常に難産でして、遅れてしまって申し訳ありません。
いつの間にか100万PV達成しておりました。ありがとうございます。




