港にて
あの日はよく晴れていた。
少女はぼろぼろの麦藁帽子を被り、下ろし立ての制服を着て波止場を訪れた。肩にはクーラーボックス。手には釣竿を一本。照り返す日光に焼けた頬を汗が伝い、肩を動かして無造作に拭った。
港内に船は無い。元々、一日に二回しかフェリーが来ない島だ。漁師も今はみんな沖に出ている。猫一匹いない波止場を歩き、いつもの場所にたどり着いた。
思った通り、先客がいた。浅黒く日焼けした老人は、皺くちゃの顔をほんの少し此方に向けて、強く光る眼を細めた。
「おまえ、こんな所に一張羅着てくんじゃない」
「なんで。見せたかったのに」
「出発は明日だろうが。こんな暑い時に……汗臭くなるぞ」
「一匹釣ったらすぐ帰るから」
「そしたら魚臭くなるじゃねえか」
老人はウキを引き揚げる。針の先には、よく見かける雑魚がキラキラと輝きながら食らいついていた。ちっ、と小さく老人は舌打ちする。
「ちっちゃい」
「こいつでもう一回り大きいのを釣ってやるんだよ」
「最初から大きいの釣ればいいじゃん?」
少女は釣り針を遠く飛ばす。ぽちゃんと微かな水音が潮騒とともに響いた。
暫し、二人は釣りに興じる。互いにあたりも会話もなく、ただ波が寄せては返す。
「……向こうは寮だったか」
「ん」
「相部屋か?」
「多分、そうなる」
「仲良くしろよ」
「頑張る」
みゃあ、と何処かでカモメが鳴いた。不意に少女は水平線を見つめる。青い海に青い空。どちらも青なのに、その境目ははっきりと別れている。あの青の合間の遥か向こうに、明日少女は旅立つ。祖父を置いて。
「これで少しは静かになるな。家も島も」
「言っとくけど、騒がしいのはうちじゃなくてじーちゃんだからね。よく怒鳴るし」
「ふん」
「それに残念だけど、たまには帰ってくるし」
「……」
「毎日電話もするし」
「……連絡なんて月に一度でええ」
「じゃあ間を取って週一」
微かな手応えを少女は感じた。身構えて、まだ機ではないと力を抜く。隣の老人の方は、既に餌が取られたのか竿を握る手に力が篭っていない。
「勉強するのはいいが、体をぶっ壊さないようにしろよ」
「じーちゃんこそ。歳なんだからさ、あんまり日中から釣りしないほうがいいよ。熱中症なったらどうすんの」
「はは、心配すんな」
その時が来た。
少女は猛然とリールを巻き上げ、糸先を海中から引き揚げる。飛沫が散り、ウキが空を舞う。
釣り針には先ほど老人が釣り上げたのと同じ、青い小魚が食らいついていた。