迷宮のすすめ
「タっくんやロルフさんは、迷宮って行ったことある?」
食卓で尋ねられ、三葉とロルフの手が止まった。
尋ねたのは愛美だった。
「僕、迷宮についてはあまり知らないんですが……」
「迷宮攻略は、主に冒険者じゃなくて探索者の仕事だな。……潜っちゃならないってこた無いから、俺も駆け出しの頃は練習がてら潜ったことはあるが……」
「練習、ですか?」
「迷宮内は魔道具『記録腕輪』をつけて行くと、瀕死の重傷を負っても最後に記録した場所まで戻ることができるんだよ」
「……ゲームみたいですね……」
「ゲームとは上手いこと言うな。『記録腕輪』に使われる『記録水晶』も元々迷宮内で発掘されるもんだ。迷宮自体がゲームを開催して人を集めてると言っても良いかもな」
ロルフが笑いながらグッと穀物酒をあおる。
「ただし、全く人死にが無いってわけじゃない。『記録腕輪』は一度使うと壊れちまうし、大量に持っていても同時に消費される。……つまり、『記録』の場所まで戻ってもそこから無事に帰れず死亡する探索者もいるって事だ」
「やだぁ、怖いわ……」
愛美が慄くように両手を口に当てるが、その目に好奇心が隠し切れていない。
「まあ、その辺は商売上手が居るもんで、安全な『記録点』ってのがところどころにある。そこでは『記録腕輪』も回復道具も売ってるからな。『記録点』で『記録』をしてればそうそう死ぬこた無い」
「あら、それなら一度くらい行ってみたいわ」
「ええ、本気で言ってる?」
「ロルフさんに護衛を頼んで、とかダメかしら?」
「俺に依頼するなら最低でも金貨5枚だな」
「あら、大変……」
「……けどまぁ、放っといたらあんた一人で突っ込んで行きそうだしな。素材全部貰うので手を打とうか」
「本当?優しいのね!」
三葉は、討伐する魔獣の種類によっては素材提供の方が高くつくことに気付いていたが何も言わなかった。
愛美が迷宮に行くとしたら護衛にロルフを連れて行けるのが最も安全な対策なのだから、彼女のために彼に苦労を強いるのならば素材くらい渡してあげても良いだろうと思った。
「ミツバは行かないのか?」
水を向けられて、焼き魚を食べていた三葉はぐっと喉を詰まらせた。
「僕が言っても君の苦労が増えるだけでしょう。……それに、仕事を放り出すわけにはいきませんから」
「そうか、残念だ」
ロルフとしても分かっていて声をかけただけなのだろうか。
三葉が断るとあっさりと誘いを引っ込めた。
「えーっ、行ってみれば良いのに」
「僕は怖いのも苦手だから……」
むう、と唇を尖らせる愛美の姿に苦笑する。
ロルフが一緒ならばそうそう死にかけることも無いとは思うが、魔獣を間近で見るだけでも充分に恐ろしかった。
「私とロルフさんじゃ、何をお話して良いかも分からないわよ」
「護衛って大体そんなものじゃない?」
「むう……」
それでも愛美はあれこれと理由をつけたが、結局三葉を誘い出すことはできなかった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「本当に行くのかい?」
「絶対危ない目に遭う前に帰ってくるから!」
次の日、ギルドの初心者用装備コーナーに来た愛美は、嬉々として装備を選んでいた。
随伴されているのはやはりロルフである。
「君は良いとして、マリアさんは知っているの?迷宮の中で突然入れ替わったりしたらどうするんだい?」
「うっ……」
ギクリと肩を跳ねさせたところを見ると、マリアに説明はしていないらしい。
「説明しておきなさい。必要なら個室を貸すから」
「うっ、だってマリアは知ったら絶対行きたくないって言うもの……!」
「それなら余計にダメだろう、勝手に行ったりしちゃ」
「うう……」
甘えたような声を出す愛美を個室に押し込むと、後ろからロルフが顔を出す。
「説明役も請け負おうか?」
「……良いのかい?」
「もののついでだ」
こうして、三葉は愛美を案外面倒見の良い男に任せたのだった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「で、どういうつもりなんだ?」
「どうって?」
「突然迷宮になんか行くと言い出した理由さ」
ロルフに尋ねられた愛美はキョトンとして大きな愛らしい目をぱちぱちさせた。
「あら、面白そうだからという理由ではいけない?」
「あれだけ一緒になりたがっていたミツバとの生活もそこそこにしてか?」
「だって、お昼間はタっくん居なくてつまらないんだもの。お料理も自分でしなきゃいけないし」
ぷくりとふくれる愛美はやはりどこか子供っぽい。
旦那が仕事をして稼いでいる間に家を切り盛りしてやろうという気にはならないものなのだろうか。
「それに、私も『ミツバ』になるんだから、タっくんの事は『タカノリ』って呼んでもらわなきゃ、誰のことだか分からないわ」
「……料理を自分でするのが嫌だとか言ってるうちは、あんたが『ミツバ』になる事は無いだろうよ」
「ちょっとぉ、タっくんが居なくなった途端、随分言ってくれるじゃない!」
「別に、あいつが居たところで言いたい事は言う主義なんだよ、俺ぁ。迷宮探索の件は、あんたの方があいつに言いにくい事があるだろうと気を使ってやっただけだ」
言われた愛美の表情がすっと引いた。
今までの大袈裟な感情表現が嘘のようだった。
「……随分わけ知り顔じゃない?」
「さあね、何でも分かるってわけじゃねぇよ」
「あら、何が分かるのかしら」
「……あんたが何も無しに迷宮行くような女じゃない事くらいか」
「……」
愛美がじっと黙るのを、ロルフは観察するように眺めていた。
「……分かったわ。私の負け。……迷宮には探したいものがあって入るのよ」
「探したいもの?」
「『精霊石』」
「魔石とは別物か」
「『精霊力』の宿った石という意味では近いわね。……でも、魔石では力が足りないのよ」
「……ふぅん」
その力をどうするつもりなのかと、ロルフは尋ねなかった。
「なによ、尋問はもうお終い?『ワンちゃん』」
「誰が『ワンちゃん』だ」
「あら、そうじゃない。タっくんの後ろついて回って『ワンワン』って犬みたい」
「この女……」
「あらぁ、怖い。……でもあなたは私を護衛してくれるわよねぇ、私に何かあったらタっくんが悲しむもの」
「……とんだ性悪だな」
「あなた人の事言えるわけ?御主人様の居ないところではお行儀が悪いって言いつけちゃおうかしら?」
「……っ、」
黙りこくったロルフに愛美が艶然と微笑む。
「それじゃ、精々私の説得お願いね?私は内側から見てるから、手を抜いたらすぐに分かっちゃうわよ?」
そしてそのままフッと視線を揺らした彼女はスッと目を閉じ、目を開いた時には既に状況把握に戸惑うマリアだった。
ブックマーク・評価・応援・感想ありがとうございます!
大変励みになります!
雲行きが怪しいですがお付き合いいただけると幸いです




