僕の半分
「はい、ミャルガさんどうぞ」
「じゃーん、タカニャリ見るにゃ、『雨亡霊』特有の青い魔石だにゃ」
「うわぁ、すごく大きい……!凄いですねぇ!」
三葉の言葉にミャルガはえへんと胸を張る。
「ふふん、『雨亡霊』の中でも格別大きな個体、『亡霊王』と呼ばれるものにゃ。水は苦手にゃけど頑張ったにゃ」
「ジェイミーが『防護』張って、アルトとミレイユが『雷属性付与』した武器で戦ったの〜」
「みゃ、ミャーだって頑張ったにゃ……!」
「ミャルガは『雷電降臨』でお墓を焦がしちゃったから、お墓の持ち主に修理費を支払わなきゃいけないの……」
「みゃん……、討伐報酬くださいにゃん……」
しょんもりと肩を落とすミャルガに苦笑して、パーティメンバーを個室へ案内しようとしたところで声をかけられた。
ジェシカに知らされて、三葉は彼等に断りギルド長室へと足を運んだ。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「タク、あんたの嫁さん、亡くなったのが、娘を産んだ時……つまり25年前だと言ったよな?」
挨拶もそこそこに、部屋に防音魔法を張ったガルドルフは三葉にそう問いかけた。
「ええ」
三葉は質問の意図が読めないながらも素直に頷く。
「そして名前は『マナミ』で間違いないか」
「……そうです」
またもや頷く三葉に、ガルドルフは考え込むように顎髭をいじる。
「……これは、あんたにとって朗報ではないかも知れないが……あんたの嫁さんは、恐らくまだ存在している」
「……存在、ですか?」
それは奇妙な言い回しだ。
生きている、と言われるならばまだ分かるが、存在しているとはどういう事だろうか。
「およそ25年前、ある少女が天啓を受けた。その名はマリア・エルディヴァイン。……ロルフの父の妹……叔母にあたる」
「……へ?」
キョトンとした三葉にガルドルフが片手を立てる。
その表情は物語っている。『お前の気持ちはよく分かるが今は黙って聴け』と。
「当時14歳だった彼女は『大きな精霊力が私の中へ降りてきた』と言った」
「大きな精霊力……?」
「ところでお前、『精霊力』の発音を意識してるか?」
「え、精霊力……あっ。」
ほぼ自動で言語の翻訳される三葉は、意識をしなければ言語の正確な発音を認識できない。そして認識してみると、『精霊力』のことはマナと発音しているのだ。
「それで彼女が言うのは『精霊力』の事で、彼女は精霊から何か大きな力を授かったのだと誰もが思った」
実際に彼女は精霊を操る家柄で、彼女の『精霊使い』としての実力はその日を境にメキメキと上達したのだという。
「しかし実は、当時3歳だったロルフは随分と彼女を嫌がるようになったようでな。『お姉ちゃんが二人いる』と言って、近付くと火がついたように泣くもんで、親は手を焼いたらしい」
だが、当時マリアの上達ぶりに一族総出で拘っていたため、彼女を嫌がるロルフを家には置いておけず、少し離れた場所に住む親戚のミョルニルの家に頻繁に預けていたという事らしい。
そしてロルフはそのままミョルニルに懐き、大人になって冒険者になるまでそちらに居ついていたらしい。
道理で彼から実の親の話を聞いた事が無いと思った三葉である。
「俺は彼女に会ったこともあるが、確かにポヤポヤとした変わった女だ。だから『私のマナ』と言ったり『マナに代わる』と言った時もそんなに不思議には思わなかったんだが……これもロルフがな、一度だけ言ったことがあるんだ。今じゃ本人も覚えてねえけどよ。『マナじゃなくてマナミだよ』ってよ。『本人が言ってた』って」
「……まさか」
「俺も、確証があるわけじゃねえ。けど、確かにひどく気分屋な女だとは思ってたんだ。その時々で記憶も曖昧みたいだし、言う事も違う。……二人の人間が入れ替わってたと考えれば、少しは納得もできらぁな」
三葉は口元を押さえた。そんな事があるだろうか。
「聞く限り、それは二重人格の症状にとてもよく似てる……家庭のストレスから二重人格を発症しただけという風にも……」
「二重人格ってのがどんなもんか俺には分からんが、そいつは18で歳が止まったりするかい?」
「18……?精神年齢ですか?」
「いや、見た目から中身から、全部だ。あいつは18から全く歳を取らなくなっちまった。……それで、『聖女』なんて呼ばれるようになった」
ガルドルフがひらりと手を揺らす
「あんたの嫁さんが関係無い可能性もある。……だが、あんたが嫁さんと一緒に弔ったっていう装飾具がこの場にあるのが気になってよ……」
三葉を見たガルドルフが頭を掻く。
「……つってもな。そのマリアも、俺の弟と結婚して今はマリア・アダヴェだ。まあ、俺は家は勘当されてんだが……お前も見ただろ。ウェイン。あいつの母親だよ」
「……母親……」
情報量が多過ぎて頭がグラつく。
つまり亡くなったはずの妻はこの世界で少女に乗り移っていて、彼女も既に結婚して子供がいるというのだ。
「……というか、ガルドルフさん、ロルフと親戚なんですか」
「血は繋がってねぇが、親戚とは言えるな。……まあ、俺は勘当されたんで家系図には載ってねぇが」
複雑である。
さらに言えばロルフとウェインの方が血が近い。
ロルフの叔母の息子がウェインという事は、彼等は従兄弟という事になる。
まあ、それは置いといて、と箱を退けるような仕草をしたガルドルフは話を続けた。
「そこにあんたの嫁さんが本当に関わってるのかは分からんし、会ったからどうって問題でもねぇかも知れん。……が、あんたが会いたいなら、連絡を取るくらい出来なくもない」
三葉はすぐに答えが出せなかった。
彼女が亡くなって20年以上。
会えるものならもう一度会いたいと、何度も思っていたはずだった。
けれど、弔った後にもこの世界へ巡って来てしまった彼女、少女に乗り移った彼女、18歳で歳を取らなくなった彼女は、本当に三葉の知る愛美なのだろうか。
「僕には……分からない」
この場で答えなど出ようはずがない。
三葉は今更ながら、彼女に会うのが恐ろしかった。
亡くなったその日、青白い顔を見た時の恐怖が蘇るようだった。
三葉の一番大切な人が壊れて変質していってしまう。
綺麗なまま、大切にしてあげたかったのに。
「タク!!」
ガルドルフの叫び声を聞きながら、三葉は音を立ててその場にくずおれた。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「ねぇ、三葉くんも一緒に行く?」
それが初めて愛美に声をかけられた時の会話だった。
学校の教室で放課後、何かの遊びの話をしていた彼女が唐突に振り返って三葉を誘ったのだ。
中学生当時の愛美は三葉にとってまだ『白石さん』だった。
三葉は本ばかり読んでいるようなつまらない少年だったと思う。
比較して朗らかで周囲の人とよく喋る白石さんは人気者で、三葉とは縁など無さそうなのに、よく話しかけてきてくれた。
「ねぇ、今日は何読んでるの?どんな話?」
「こっちとこっち、どっちが良いと思う?」
「ねぇ、次のテストの勉強もうした?」
大抵は取り止めもない話で、三葉の返事などあっても無くても同じようなものだったけれど、だからこそ三葉も気楽に返事ができた。
そうしてしばらく過ごしたあと、バレンタインの日にチョコレートと一緒にラブレターを貰った。
「絶対返事ちょうだいね。絶対よ?」
面と向かって三葉にチョコレートを渡しておきながらにまっと照れ笑いを浮かべた彼女は、足早に走り去りながらも何度も振り返って念を押して去っていった。
家に帰り、貰ったチョコレートを齧りながら貰った手紙を何度も読んだ。
手紙には丁寧な文字で白石さんが三葉の好きだと思うところを羅列してあって、読むだけで顔が真っ赤になるのにそれでも何度も読んだ。
部屋の床に転がってジタバタとあばれ、家族に文句を言われたりもしたかも知れない。
その辺りの気恥ずかしい記憶は、努めて忘れてしまった。
返事は手紙に書いて、朝一番に白石さんの下駄箱に入れた。
中には自分を好いてくれて嬉しいこと、自分も彼女を好きなことを書いた。
彼女の真似をして彼女のどんなところが好きかを書こうかと悩んだが、恥ずかしくてとても書けなかった。
手紙は二言程度のとても短いものになった。
彼女は下駄箱で手紙に気付いて、なんとその場で読んだらしかった。
うわぁ、とかきゃーっとかいう叫び声が聞こえたと思ったらバタバタと教室へ駆け込んできて、体当たりをするように抱きつかれた。
教室中の生徒に冷やかされたし担任の教師にはうるさいと叱られるしで散々だったが、彼女があまりに嬉しそうなのでどちらもどうでも良くなってしまった。
それからは、毎日飽きずに一緒に帰った。
一緒に帰ると言っても途中の十字路から家が反対方向だったのだが、三葉は毎日白石さんを家まで送ってから自分の家へ帰るようになった。
それからすぐ、白石さんは三葉を孝則くんと呼ぶようになり、三葉は白石さんを愛美さんと呼ぶようになった。
言い出したのは愛美だったと思う。
名前で呼んで、と言われてさん付けをしたら嫌そうな顔をされたが、呼び捨てはとてもできないと言って許してもらった。
文化祭では文化祭委員、合唱祭では合唱祭委員、体育祭では体育祭委員をそれぞれやった。
利発な愛美が立候補者に手を挙げると、クラスが全体で三葉を候補者に入れようとするのでいつも2人が揃っていた。
どれも大変だったがお陰でいつの間にか三葉もクラスの中心のような立ち位置で笑っていた。
高校は2人で同じ学校を目指して勉強した。
三葉の方が学力が少しだけ高く、受験先のレベルも三葉の方に合わせていたので愛美は大変だっただろう。
高校の合格発表の日は2人で結果を見に行って、互いの合格を見つけてついその場で抱き合ってしまった。愛美は本気で泣いていた。
高校へ入ると呼び名が次第にタッくんと愛美に変わった。
初めて呼び捨てにした時は三葉は緊張でろくに舌が回らなくて、それでも呼んだ名前を愛美は嬉しそうに聞いていた。
高校生にもなると友達は自然と男女で分かれてしまい、別々に遊ぶ事も増えたが、それでも三日に一度は一緒に帰っていたように思う。
休日などは2人きりで出かける事も増えた。
水族館や映画館など、簡単に思いつくようなデートはひと通りしただろう。
愛美は特に水族館とプラネタリウムがお気に入りで、水槽や星に囲まれて2人でただひたすら手を繋いでじっとしていた。
親が居ない時など見計らって、部屋に呼んだり呼ばれたりした事もある。
勉強をするなどと言って机に教科書を広げたのにちっとも進められず、互いの指を絡め合いながら何度もキスを繰り返ししていたこともあった。
それより先のことは、進みたい気持ちとどう誘えば良いのか分からない気持ちで三葉はかなり挙動不審だっただろうと思う。
当時はネットなど無い中で先輩や友人の噂話などに耳を傾けて必死に情報収集などしたが、それが役だったかどうかは微妙なところだった。
三葉の誕生日、「今日、うちの親遅いんだよね」という典型的なセリフに誘われて内心冷や汗をダラダラかきながら愛美の家に行った。
三葉の頭の中は失敗をしないようにということでいっぱいで、その結果は愛美にとってあまり楽しい時間ではなかったのではないかと思う。
少なくとも女性を歓ばせるなんて事を考える余裕は、その時の三葉には無かった。
けれど全てが終わった後に三葉に向かって両手を広げて「ぎゅってして」と笑う彼女が愛しくて、ぎゅっと抱きしめて頭を撫でた。
「ふふ、タッくんあったかい」
と耳元で笑われて、三葉は余計に心臓がドキドキして全身が熱くなるような気がした。
大学は同じ場所には受からなくて、三葉は大学の近くに家を借りて愛美は実家から専門学校へ、それぞれ通う形になった。
それでもよほど理由が無ければ週に一回程度は会って遊び、次の日に予定がなければ愛美が三葉の部屋へ泊まって行った。
大学のレポートなどがあると週末に一緒にいてもお互いに机に向かわなければいけない事などもあったが、そんな時間も楽しかった。
大学を卒業してすぐに籍を入れた。
結婚式は身内だけでこじんまりとした式をして、写真を撮っただけで済ませた。
その時の写真をロケットにして、愛美は大事に部屋に飾っていた。
自分たちが幸せになるのだと、信じてやまなかった。
その日、仕事の最中に電話があり、残った仕事を同僚や先輩に頼んで慌てて病院へ駆けつけた。
つい先日まで、母子ともに健康なはずだった。
出産時に子宮が傷つき、出血が止まらないと言われて見た彼女の顔は真っ青だった。
「愛美!愛美!!」
紙のように白い彼女の手を取って何度も必死に呼びかけた。
まるで悪い夢のようだった。
「……あの子、おねがい。……おねがいね」
世界で一番好きな人が、苦しんでいるくせにそうして泣いて願うから。
そうして涙を浮かべたまま笑って逝ってしまうから。
三葉はその子を必死で育てる以外に、何もできることが無かった。
生まれたばかりの子供を抱えて、育休などまだ取れぬ時代だ。むしろ残業をして当たり前の中で必死に仕事をして、両親にもひどく世話になった。
それでも愛情を注いで育ててきたと思っていたが、18の頃反抗期の勢いでそのまま家出するように結婚してしまった娘を想うにつけ、子育てというものの難しさを痛感してしまう。
(僕がもう少し頼れる存在なら良かったのに……)
微睡の中で胸を締め付ける想いに、三葉はそっと涙を零した。
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